軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25.ジル3世

白に灰色混じりの長い毛を風に揺らしながら、人懐っこそうな犬はピシっとお座りをしていた。毛から覗く丸い目は遊んで欲しそうにキラキラと輝いている。

…その、傍らで、

「本当に申し訳ない!!」

「止めてください!頭を上げてください!!」

たかが男爵家の娘に頭を下げる我が国の尊き王子様。どうしてこんな構図になってしまったのか。

犬に押しつぶされただけで怪我もしていないし、制服も草や肉球跡が付いてしまったけれど軽くはたいたので目立ってもいない。

吃驚した、で済む話なのだけど、それではウィル様の気がすまないようだ。

むしろ今の状況に泣きそうなのだけど。誰かに見られていないだろうか、気が気でない。

その原因を作った犬は「わふん?」と気の抜けるような声を出しながら首を傾げていた。

「まさかこんな事になるなんて…。そうだ、一度校医に診てもらって…いや、城から医者を呼び寄せて…」

大事(おおごと) にするのは切実にやめて頂きたい。

今すぐにでも医者を呼び出そうするウィル様の思考を遮るべく、無理やり話題を変更する。

「あ、あの!えっと…犬!その…ウィル様が捜されていたジル様というのは、犬の事だったんですね」

あまりに不自然だっただろうか。彼は少し目をパチクリさせた後、前のめり気味な私の思いに気づいたのか小さく笑った。

「……そうだよ。ジル3世」

「3世…?」

「そう、僕が子供の頃に友達と拾った犬が初代ジルで、その孫なんだ。

初代はジュリア、その子供はジルフォート」

「あだ名を受け継いでいるのですね」

「それでこいつはジルリアン」

「じるりあん」

「ジルリアン」

何故だろう、一気に名前のテイストが変わった気がする。

1世はウィル様の友人が、2世はウィル様のお兄様…王太子が、3世をウィル様が名付けたという事なので納得した。確かにスイートストロベリーと並ばせたら良い塩梅だろう。

「ジル、おいで」

彼が名前を呼ぶとジルは嬉しそうに駆け寄ってきた。ウィル様が屈んで頭を撫でると嬉しそうに目を瞑る。

「長期休暇明けからジルも学園の警備犬に配属されるんだ。その前に君に紹介したくて」

「警備犬…ですか」

「そう。あの建物が警備犬の施設で、たまにこの辺で訓練してるのが見れるよ」

「そうでしたか…」

どんな事をするのだろうか少し興味をひかれる。

その様子に気づいたのかウィル様が嬉しそうにこちらを見上げた。

「犬は好きかい?」

「…はい、好きです」

犬も猫もウサギも鳥も好きだ。しかし残念ながら両親がそれぞれにアレルギーがあるため、屋敷で動物を飼った事は無い。

その事を伝えるとウィル様から何かを手渡された。ロープの塊…だろうか。それを見てジルがそわそわした様子でしっぽを振っている。

「だったらここでジルと遊んだら良いよ」

「え……?」

このロープは玩具だろうか。どう使ったら良いのだろうと考えていると、ジルはスタンバイする様に座りなおした。キラキラした目から圧を感じる。

「ジルを呼んであげて」

「…じ…ジル様…?」

「犬にまで敬称?」

「じ、ジル…?お、おいで、ジル…っ!」

恐る恐る名前を呼ぶとジルは「わん!」と返事をして勢い良く私の元へ…

「…っ―――!?」

「あぁ!!また…っ、ジル!待て!戻れ!ステラを押し倒すな!!」

勢いに負けて再度転倒。今度は仰向けに転がされたので、夕暮れの赤い空とジルの柔らかな毛が視界に飛び込む。傍らで金色の頭がジルを抑え込んでいるのが見えた。

「…………」

「ジル!いい子だから待て!お座り!」

「わんわん!」

「わんじゃなくてこっちに…!」

「わふん!」

「あ、そっちじゃない!」

「…っふふ、あはっ」

上半身だけ起こして茫然と見ていた1人と1匹のやり取りがなんだか可笑しくて、頭に草をつけたまま笑ってしまった。

「ごめんなさいジル。これが欲しかったんですね」

そう言ってロープを投げるとジルが嬉しそうに噛みついた。使い方はこれで合っているのだろうかと窺う様にウィル様の方を見ると、先ほどのやり取りで疲れたのかウィル様はしゃがみ込んで下を向いていた。

いや、疲れたのではなくもしや笑った事に怒っているのではないだろうか。

「あ、あの、ウィル様…。も、申し訳ありま…」

「ん!?なんで謝るの?」

勢いよく上げられた顔は夕日に照らされて赤い。困惑した表情だけれど怒っている訳ではなさそうなので、ひとまずほっと息を吐いた。

「その…また、失礼な事をしてしまい……。それに見苦しい姿をお見せして…」

「いや、そんな事……」

そこまで言って何かを思い出した様に言葉が止まった。

そのまま私に差し出される手、それを借りて立ち上がる。すぐ目の前にある青い瞳は夕日を映しだし不思議な色をしていた。

「ステラ」

ウィル様の右手が私の髪の毛に触れる。

「"もし 私(・) が王子なら、君の無礼なんて全て許してあげるのに"」

「…………え…?」

「………なんてね。葉っぱ、ついてるよ」

そう言って悪戯っぽく笑うウィル様の手には葉があった。転げた時についたのだろうか、慌てて髪に手を当て他に葉がくっついていないか確認する。

「………暗くなってきたね。そろそろ戻ろうか」

そう言うとウィル様はジルと共に歩き出した。その背中を見ながら先ほどの言葉に首を傾げる。

――物語か何かのフレーズだったのだろうか?

私は不思議に思いながら1人と1匹の後ろについていった。