作品タイトル不明
22.イベントを回避せよ
物憂げな表情で鏡を見たり、読む訳でもない本をただパラパラと捲ってみたり、胸に手を当て溜息をついたりと、この数日の私は見る人によっては恋わずらいだと勘違いされかねないのではないだろうか。
事実、私の侍女は「クリステラ様は恋をなさっているのかもしれない」等と侍女仲間に漏らしているのだけど、そんな事知る由もない私は今日も自室で胸に手を当てため息を吐いていた。
――勿論、恋わずらいでは無い。
あの日、ユーナさんから「もっと情報が欲しいから、物語やクリス自身について思い出したらどんな些細なことでも教えて欲しい」と言われたので、私はクリスとの違いや転生について考えていたのだ。
鏡を見ていたのは外見の違いを確認する為、本はユーナさんに借りた転生の物語で何かの参考にならないか何度か見返しているだけ。
……胸に手を当てて溜息をついていたのは、クリスの魅力的なボディーラインと比べて落ち込んでいただけだ。
メモをする為にユーナさんからノートを1冊渡されているけれど、まさか「胸のサイズが違います」とは書けないだろう。
ノートの表紙をパラリと捲り、真っ白なページに視線を落とす。あれ以来クリスの物語は思い出していなかった。
「……本当に…転生なのかしら…」
クリスの物語と実際に起こった出来事を1人で思い返してみるけれど、どの時もクリスと私の行動は全く異なっている。
…もしも入学式の日からクリスと同じ行動をしていれば、私はクリスになれたのだろうか。
「………」
そこまで考えて首を横に振る。
そもそもの性格が違うのだ。同じ様に振る舞おうとしても 歪(ひず) みが生じる筈だ。
「…やめよう」
思い出せない事をいつまでも考え込んでも仕方ない。ノートを片付け、代わりに教科書を取り出す。
2週間後に学力テストが行われるので、今は勉強に集中しよう。
このテストを乗り切れば長期休暇に入るので、やる気も十分出てくる。
と言っても勉強が苦手なクリスと違い私は学業には困っていないので、日々の予習復習をする程度で…
『――…予習・復習は勉強の基本だろう』
「………!!」
頭の中で声が響いた。
―――
「クリステラ」
廊下で声を掛けられて振り返ると副会長が立っていた。
「副会長…」
「ニャンゴ…」
「セイジ様!」
慌てて言葉を被せる。ただでさえ目立つのだから変な事を口走らず、用事があるならば早急に済ませて欲しい。
「…何かご用でしょうか?」
「もう時期テストだが、勉強の進みはどうだ?」
「………」
やはり同じ展開かと思いながら、持っていた教科書に挟み込んでいた用紙をセイジ様の前に掲げる。
「問題はありません」
「…小テストだな。……満点か」
そう、勉強は出来るのだ。対人能力以外では家に迷惑を掛けない様に努力はしている。
昨日の夜に思い出したクリスの物語では、赤点を取りそうなクリスがセイジ様に勉強会をお願いするのだけれど、そのストーリーは私には必要が無い。
「ふむ…意外だな」
小テストとはいえ満点の答案を人に突き付けるなど失礼極まりない態度だけれど、これでセイジ様と勉強会をする理由は無くなった。1人で静かに勉強が出来そうだ。
「ご心配ありがとうございます。それでは、失礼しま…」
「ピンクーーーーー!!!」
背後から聞こえてくる声に前のめりで倒れそうになる。そんな私にお構いなしに、声の主は周りの注目を集めながらこちらにやって来た。
「なぁお前、勉強出来るか!?テストがヤベェんだけど!!赤点取ったら休暇中に補習だって」
「グレン、静かにしてください…」
呼ばれた時点で気づいていたけれど、やはりグレンだった。補習の件を聞いたばかりなのか少し興奮している様子だ。
「頼む!勉強教えてくれ!」
「い、いえ…私は人に教えられるほど……」
「良かったな、クリステラは勉強が出来る様だぞ」
そう言って私の手から小テストの答案を取りグレンに見せるセイジ様。
なに勝手な事をしているんだ。
「20点!?満点じゃねぇか!俺3点だったぞ」
「3点…!?冗談だろ…?」
こればっかりはセイジ様の感想に同意だ。
確かテスト本番の赤点は100点中の30点未満だった筈だ。小テストでこんな調子のグレンをそこまで引き上げるのは…
「無理です」
思うと同時に口から出ていた。私には荷が重すぎる。
「そんな冷たい事言うなよー!頼む!勉強教えてくれ!!」
「わ、私に頼まないで下さい…!他の方に…」
「教師に聞いてもわかんねぇんだ。頼む!この通り!!」
そう言ってガバッと勢い良く頭を下げるグレンに、周りの生徒から驚きの声が上がった。
ヒソヒソと囁く声が私を追い詰める様に聞こえてくる。
「や、やめて下さい!頭を上げてください…!!」
「いーや、ピンクが勉強教えるって言うまで止めねぇ!何なら土下座でもしてやる!!」
「う……っ」
グレンの意味のわからない脅し文句に、結局私が折れる事になってしまった。