軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

129 軍師の抗議

今日はジェフがお休みだ。

軍務副大臣になってから、ジェフは休みの日もしばしばお城に出ていた。暗殺部隊の件があってからは毎晩帰りも遅い。

ベッドで眠っているジェフの目の下には、うっすらとクマができていた。

(今日はゆっくり眠らせてあげたい)

私は音を立てずに寝室を出た。

バーサにお茶を淹れてもらって飲んでいると、早い時間なのに軍馬が我が家の門から入ってきた。

(また何かあった?)と急いで玄関に向かうと、慌ただしいノックの音。

「私が出るわ。あなたは下がっていなさい」

「でも奥様」

抗議するバーサを下がらせ、「どなたですか?」と声をかけた。

「王国軍軍師のダニエル・ドナフィーです。アッシャー副大臣はご在宅でしょうか」

「少々お待ちください」

「俺が対応するよ」

背後からジェフの声がして、振り返ると普段着に着替えたジェフリーが階段を下りてくるところだった。

ジェフに「彼は俺が軍を辞めるのに反対している人物でね」と言われて、(私は同席しないほうがいいわね)と判断した。

挨拶だけで部屋を出ようとしたが、軍師は「どうか夫人も同席して話を聞いてください。そして副大臣を翻意させるのに協力してくださいよ」と言う。

なので今、応接室でダニエル氏の向かい側に、ジェフと並んで座っている。

私のためにジェフリーが軍を辞めたいと言っているのだから、私を同席させたところでジェフの態度は変わらないのだが。

ダニエル・ドナフィー氏は三十歳ぐらいだろうか。色白でソバカスの浮いた整った顔立ち。細身の体を鍛えていないのは一目瞭然だ。軍服を着ていなければ軍人には見えないだろう。赤い髪を軍人には珍しく伸ばしている。知的な感じの人だ。

「ダニエル。久しぶりに休みが取れた俺を朝早くから叩き起こすなんて、どんな重大事件だい?」

「あなたのことですよ、副大臣。あなたが一身上の都合で軍を辞めるのは納得できないと言いに来たんです。宰相も軍務大臣も、あなたのことになると急に口が重くなる。なぜですか。なぜ辞めるんですか。病気には見えませんが?」

軍師は足を組み、ソファーにもたれかかってお茶を飲みながら甘い菓子も食べている。緊迫したやりとりとはかけ離れた態度だ。

軍師の地位は軍務副大臣より下だ。なのにこの悪びれない態度。なかなか興味深い。

「向いていないんだよ。俺は万を超す人間を動かす才能がない。軍の頂点には人を動かす才能がある人間が立つべきだ。それは前にも言ったろう」

「それ! それです! あなたのその意見のおかげで私が軍務副大臣、五年後には軍務大臣にどうだって打診されているんですが?」

「俺は君が向いていると思う。軍師としてとても優秀だ」

ダニエル氏がジェフの言葉には返事をせず、恨めしそうな目つきでジェフを見ながら焼き菓子を食べている。そしてお茶で菓子を飲み下した。

「ええ、私は優秀です。アシュベリー王国軍の中でも、私以上の作戦を考え出せる人間はいません。ですが、私には人望がないんです! 私は人望なんて欲しくはありませんし、大臣になんてなりたくないんですけどね! 私は作戦を練って敵の裏をかくのが大好きなだけなのに!」

「だが軍師にまで上り詰めたじゃないか。向いているという証拠だよ」

「いいえ!」

そう言いつつダニエル氏が自身の顔の前で右手をシャッと横に振った。

「あなたはとんでもなく人望が厚い。上は国王陛下、下は歩兵にいたるまでがあなたを尊敬して好いている。その後釜に人望の無い私が座れと言われているんですよ? この苦しみがわかりますか? 嫌われて反感を買うに決まってる。せっかくの作戦だって使われなくなるかもしれない。それだけじゃない。喉から手が出るほど出世したい連中からは、親の仇みたいに睨まれているんです。冗談じゃない。冗談じゃないんですよ! あなたが副大臣を辞めるなんて、私は認めませんよ! それに!」

興奮したダニエル氏が立ち上がり、一段と声を大きくして演説を始めた。

「あなたは才能がある人間が軍務大臣をやればいいとおっしゃるけれど、軍の上に立つべき人間は作戦が上手いか下手かは二の次だ。軍の頂上に立つ人間に求められるのは、兵士たちを心酔させる人柄です! 人望です! この人の命令なら命をかけて戦おうと思わせるものが必要なんですよ! 私にはそれがない!」

「そこで胸を張るなよ、ダニエル」

ジェフリーが苦笑している。どうやら彼に人望がないというのは本当らしい。

「優しいあなたのことだ、兵士たちが戦いで命を落とせば心から苦しみ悲しむでしょうよ。ですがね、副大臣。それは数千数万の人間に慕われた者の役目です! 責務です! 軍人たちに愛されて、美味しいとこどりだけして辞めるなんて、あなたに命を預けて戦おうとしている兵士たちに申し訳ないと思わないんですか? 最後まで役目を引き受けてくださいよ。部下の死に苦しみ悲しむところまでを含めて、軍の頂点に立ち続けるべきなんだ!」

一気にまくし立てたダニエル氏は、壁際で控えていたバーサに「お茶のお代わりをお願いします」とカップを差し出した。

工作員時代、私は多くても三人、たいていは一人で仕事をこなしていた。

だから今のダニエル氏の言い分を聞いて、心を直接 拳(こぶし) で叩かれたような気持ちになった。

そう、ジェフリーは間違いなく人望が厚い。

責任感が強く、面倒見がいい。どんな時も穏やかで、誠実で、率先して行動する人だ。

お茶のお代わりを飲み干し、私に向かって「夫人! 頼みますよ! この人には六十歳まで軍務大臣を務めてもらって、私の立てる作戦を成功させてもらわなければ困るんです!」と、最後はジェフをこの人呼ばわりしてから帰った。

静かになった応接室で、ジェフが苦笑している。

「変わってるだろ?」

「変わっていますね」

「アシュベリー王国軍の中では『奇人』と言われているんだ。名前を呼ばずに『あの奇人が』と言えば通るほどに浸透している」

「ふふっ。見えるようです」

だが、奇人ダニエル氏が言ったことはもっともだ。

ジェフほど部下に慕われる軍務副大臣はいない。本人が望んだかどうかは関係なく、慕われた側には責務があると私も思った。

「ねえ、ジェフ。今はまだ軍務副大臣を辞めなくてもいいかもしれないわ。いろいろ考えたのだけど、ハグルの暗殺部隊が私を狙っていずれこの国に来るとしても、あと数年は先だもの」

「なぜ?」

そこで私は私が知っているハグルの内部事情を説明した。

結婚してもうすぐ七年。今までは何も聞かれなかったのでハグルの組織のことを話題にしたことはなかった。だが今となっては、私を全力で始末しようとしている元の組織に義理立てする必要はない。

「ハグルの暗殺部隊の一軍は、ずっと三十人以下です。二軍も同じく三十名以下。この前の戦闘で一軍のほとんどがいなくなった今、ハグルの特殊任務部隊は暗殺専門の二軍を必死に鍛えているはず。一軍でも手に負えなかった私たちを今の二軍で始末したかったら、最低でも五年は必要です。ただ、五年後には私の体力や腕が今よりは落ちているでしょう。それまでに次の軍務大臣候補を育てて推薦する手もあるわ。ダニエルさん以外を探す時間もあると思う」

「なるほど。短く見積もっても、まだ三年か四年は時間があるわけだ」

私だけ逃げるのはいつでもできる。

今度は逃げる際にノンナを連れて行くつもりはない。ノンナはクラーク様に委ねるつもりだ。どんなにノンナが嫌がっても、ノンナにはノンナの人生を歩いてほしい。

それと、おそらくジェフは嫌がるだろうけれど、ジェフが数年遅れで私に合流する手もある。

上司にも部下にも愛されるこの人を、私のせいで軍務副大臣を辞めさせるのは私も常々胸が痛かった。ダニエル氏の話を聞いた後ではなおさらだ。

私とジェフそれぞれが考え事をしながら、それでも二人で一緒に貴重なジェフの休日を過ごしていた。

昼食を終え、「馬を走らせに行くか?」とジェフが提案して、「いいわね」と言ったところで今度は馬車が入ってきた。

アンダーソン家の馬車だ。

「マイケルは今、イーガルの人間が来ている最中だから、エバだな」

「どうしたのかしら。バーナード様が体調を崩されたのではないといいけれど。最後にお会いしたとき、咳をなさっていたのよ」

降りてきたのはやはりエバ様だった。玄関まで迎えに出た私を見ると「ビクトリア、聞いて!」と言って私の手を取り、涙ぐんだ目で私を見つめる。

使用人たちの前で話を始められる前に、私とジェフでエバ様を挟むようにして応接室まで案内した。

エバ様はお茶と一緒に出された水を一気に飲み干すと、沈んだ声で話し出した。

「クラークが何か大きな失敗をしたらしいの」

「クラーク様がですか? どんな失敗ですか?」

「何を失敗したのかはわからない。けれど、今日からクラークは諸制度維持管理部に異動になったのよ。ジェフには悪いけれど、クラークは同期の文官の中でも最優秀と言われてきたのよ。それがどうして諸制度維持管理部? 理由を聞いたら『ちょっと失敗しちゃってね』としか言わないのよ」

私はジェフと顔を見合わせた。