軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

128 クラークの気迫

夜、クラークが帰宅すると、エバが声をかけてきた。

「エドワードがあなたに来てほしいそうよ。話したいことがあるんですって」

「エドワードおじさんが? そう。わかりました。このまますぐ向かいます」

一刻も早くエドワードの話を聞きたくて、クラークは馬車を急がせた。

「急に済まなかったな、クラーク」

「いえ。問題ありません。急用ですか?」

話は目の病のことだろうとなんとなく察しをつけているが、そうとぼけて聞いてみた。だがすぐにクラークの言葉は打ち返された。

「私と部下が歩いているところを見ていたらしいな」

「ええ、何かご用事があるのだろうと声をかけませんでした」

「ダムディンに目の病のことを質問したそうだね。お前はもう気づいているんだろう?」

(もうそこまで知っているのか)

「ダムディンは私を診察しているからね。お前と話をしたしばらく後で『もしや』と思って報告してくれたんだ。『 迂闊(うかつ) なことをしてしまった』と、反省していたよ」

「いえ、あの医師は一般論を説明してくれただけです」

「私の目は急激に悪くなる方の病なんだ。いずれ細い筒の中から景色を見るような状態になるらしい」

こんな場合は何と言葉をかければいいのかと、クラークは口を閉ざして迷う。

「お前は将来、城の中でどうなりたいと思っているんだい?」

「文官として出世したいと思っています」

「お前が目指すのは文官止まりか?」

「笑われるのを覚悟でお話ししますが、宰相になりたいと思っています」

「お前の父親は外務大臣だ。今の能力と今後の努力次第では、外務大臣になれる可能性は高いだろう。なぜ宰相を目指すのかな?」

クラークが宰相を目指すのは、ノンナとビクトリアを守るためだ。だがエドワードに本音を話すのは迷う。話しても、冷遇されているらしい諸制度維持管理部部長のエドワードなら「なるほど」で終わる気がした。

黙り込んでいるクラークを見ていたエドワードが意外なことを言う。

「宰相になっても、ノンナとビクトリアを守るには力が足りないと思うが」

「えっ。どうしてですか!?」

その目的のために、多方面の知識を貪欲に吸収してきたクラークは仰天した。そんなはずはない、とも思う。

「宰相は国王に次いで大きな権限がある。だが、それゆえに贔屓がないかどうか、貴族たちは鵜の目鷹の目で宰相の采配を監視している。少しでも身びいきがあれば、宰相の座から引きずり降ろされる。つまり、お前が将来ノンナと結婚して宰相になったとしても、妻や義母のために何かを有利に運ぼうとしたところで、まず思うようには動けない」

言われたことをもう一度頭の中で繰り返し、クラークは(確かに)と納得する。

そして今まで必死に勉強していたことが的外れだったのかと脱力した。

そんなクラークを、エドワードは無言で見つめている。しばらくエドワードの書斎は静まり返った。

部屋の静寂を破ったのはエドワードだ。

「だが、第三騎士団の行動は公にされない。秘密裏に事を運ぶのが通常だ。誰がその 長(ちょう) かさえ、知っている人間は片手にも満たない。しかも、現在の第三騎士団の長は文官出身者だ」

(そんな少しの人間しか知らないことなら、なんで諸制度維持管理部のおじさんが知っているんだ?)

「ビクトリアはハグルの工作員だったんだよ。それもトップの成績を修めるような凄腕の工作員だった」

「先生がハグルの工作員……。まさか」

信じられずにクラークは笑うつもりでエドワードの顔を見た。しかしエドワードの顔に冗談を言っている気配がない。すぐに(そんなことがあるわけない)と否定したくなった。今回の件に関してノンナからは「お母さんとお父さんが悪い奴と対決しに行く。お母さんはずっとそいつらから逃げていた」とだけ聞いていた。

母のエバはビクトリアとノンナが姿を消し、その後にジェフリーと共にシェン国へ渡った頃、「お父様がね『ビクトリアはランダルの権力者に気に入られたけれど、その人が嫌で逃げているんじゃないか』と言うの。そうかもしれないわね」と言っていた。

(全てに自信が無かった僕に温かい言葉をかけてくれて、励ましてくれて、ノンナを 慈(いつく) しんでいる先生が? あれはみんな工作員の仕事のためだったのだろうか。それはない。絶対ない。先生の優しさは本物だ。それに、そうだ、ジェフおじさんがいるじゃないか)

「おかしいですよ。エドワードおじさんは先生が工作員と知っていて、ジェフおじさんとの結婚を許したのですか?」

「彼女はもう工作員ではない。組織を抜けたんだよ。抜けたから見せしめとして命を狙われているんだ」

「今回の事件も、そういう背景だったのですか?」

「そうだ。今のハグル国王が生きている限り、ビクトリアは命を狙われるだろう。ただ、ハグルの暗殺部隊は主力の人員を我が国の軍に捕縛された。今現在、ビクトリアをどうこうできるほどの者は残っていない。しかし、彼女を狙う連中の元を断ったわけではないからね。この先も全く安全というわけではないんだ」

なぜそう断言できるのだ、と聞こうとしてクラークは突然理解した。

エドワードの目が急激に見えなくなっていく病であること。

自分の将来の計画を聞いてきたこと。

目標を知って「宰相ではビクトリアたちを守るには力が足りない」と断言したこと。

先生の過去を知っていること。

今の長が文官出身者なこと。

それらの情報がクラークの頭の中でカチリとひとつの形を作った。

「エドワードおじさんが第三騎士団の長なのですね。そして目の病が悪化したときに備えて、僕を第三騎士団に引き入れようとしているわけですか」

エドワードが満足げに唇の両端を持ち上げた。

「私は今、とても安堵しているよ。ここまで情報を与えてその結論にたどり着かないなら、お前を誘う意味がないからね」

「今のお話だと、第三騎士団の長になれば先生やノンナを守れるように聞こえますが、僕が長になれるかどうかの保証はないですよね?」

「私はお前にその資質があると思っている。今のやり取りでいっそうそう思った。お前の努力次第だが、宰相になるよりは第三騎士団の長になるほうが早いと思うが?」

エドワードの答えを聞いて、クラークは素早く計算する。

(ハグルの国王は現在五十二歳。王として実権を握っていられるのは長くてもあと十年くらいか。ハグルの第一王子が二十七歳。国王の崩御まで国王が変わらないかもしれないが、過去のハグルの王位継承の歴史を考えると、遅くとも十年後には第一王子が政治的な実権を握るだろう。

第一王子が父親の下した暗殺の命令を引き継ぐかどうかは不明だが、現在の暗殺部隊が壊滅的な状況なら、部隊の立て直しのために人材の育成を急いでも最低五年は必要になるのでは? 残り少ない暗殺部隊を、先生の暗殺に割く確率は低い。つまり、次の危険まで、数年の猶予が見込めるわけだ)

「僕を第三騎士団に入れてください。お願いします」

「そこに入れば、家族にも本当のことは言えない。世間的には窓際に置かれたと思われるぞ?」

「どれも問題ありません。僕の最優先事項は、ノンナと先生を守ることです。それに……エドワードおじさんが思っているより、僕は権力を持つのが好きなのです。宰相の座を目指していて気がつきました」

それを聞いたエドワードがわずかに目を見開いた。エドワードの前に座っているのは、自信のなさそうな気弱な少年ではなかった。

権力を手に入れよう、その権力で大切な人を守ろうと、気迫を 漲(みなぎ) らせている聡明な若者がそこにいた。