軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

126 悩んでみればいいんだ

屋敷に帰り、皆で熱いお茶を飲んだ。

クラーク様が落ち着いた様子で「ジェフおじさんと先生に話があります」と言い出した。

「なんだい?」

「なるべく早くノンナと婚約します」

私とジェフは無言だったが、ノンナが慌てた。

「え? なんで? クラーク様、私が十六歳になったら婚約しようって言っていたのに」

「さっき、僕も現場にいたんだ。僕はハグルの暗殺部隊が投降するのを見届けて、ひと足先に城へ戻った。僕が陛下に事情を話して軍に動いてもらった以上、僕には責任があったからね。そして、あれを見ていて婚約を早めようと思った」

「私たちが戦っているところを見てたの?」

「僕が到着した時は、もう軍人たちが包囲した後だったから、少しだけ。ノンナ、君はもう、あんなことはやめてほしい」

ノンナが「は?」と驚いた。

「お母さんが危険でも、知らん顔しろってこと?」

「知らん顔なんて意地悪な言い方をしないで。普通はあんなところに君のような少女は参加しないでしょう? 僕が言いたいのは、自分の身を守ることを第一にしてほしいってことだよ」

あ。これはまずい。クラーク様は気づかずにノンナの一番柔らかい部分を傷つけている。

ノンナの顔から驚きが消えて無表情になった。

「普通、ですか。普通……ね。クラーク様はなんにもわかってない。なんにも」

「ノンナ? 僕は……」

「仕方ないですよね。クラーク様は幸せな私しか見てないですものね」

そう言って、ノンナが自分のティーカップを見ながら微笑んだ。まさに貴族の曖昧な微笑みだ。顔が可愛いだけに、ものすごく冷たい表情に見える。これは猛烈に怒ってるわ。ここは私が間に入らなければ。

「クラーク様、私がノンナに頼ったんです。ノンナはとんでもなく戦闘能力が高いのです。私は自分が教えられることをある程度教えましたけど、ノンナはシェン国で私が教えたことをはるかに超える技量を身につけました。だから今回、ノンナに頼りました。母親なら戦闘の場面に子供を連れて行くなんてこと、あってはならないことだと思っています。クラーク様がやめてほしいと思うのは当然です」

するとジェフが口を挟んだ。

「それはごく一般的な母と娘の場合、だな」

「ジェフおじさんはどう思うんですか? 納得してノンナをあの場に連れて行ったんですか?」

ジェフがとてもやさしい顔になった。

「クラーク、お前の心配はわかるよ。だけど、この二人を普通という枠に入れようとしないでほしい。入れようとしても入りきらないんだ。そして……普通の枠に入らないことを責めるのは、二人の人生を否定するのと同じだぞ?」

そこまでずっと黙っていたイルが「ははっ」と笑った。

「クラーク、お前はノンナに何を求めているんだ? 他の令嬢と同じ上品さ? しとやかさ? 従順さ? だったら他の令嬢と婚約しろよ。ノンナがお前にふさわしくないんじゃない。お前がノンナにふさわしくない男なんだ」

「なんだと!」

「やめろ」

低いジェフの声が二人の若者を止めた。

「ノンナ、クラークに自分の過去を話したことがあるか?」

「本当の親子じゃないことは話したよ」

「アンナに出会う前の話は?」

ノンナが首を振った。

「クラーク、二人でよく話し合え。ノンナ、クラークを見限るのはそれからにしてやってくれ。こいつが聞かされていないことまで、察して理解してくれと言うのは可哀想だ。本当のことを話して、わかってもらう努力をしなさい。まずはそこからだ」

「わかりました。ノンナ、君の部屋に行く?」

「いい。ここで話す。ここにいるみんなに聞いてほしいから」

そこからノンナが話したことは、私とジェフがなるべく忘れてほしいと願っていたことだ。

子育てに向いていない母親が、六歳まではどうにかノンナを育ててくれたこと。

外に出ることも母親に話しかけることも禁じられて、何もしゃべらず、一人で家の中ですごしたこと。

母親の帰りがだんだん遅くなって、やがて広場に捨てられたこと。

私がノンナを引き取って、姉妹のような親子のような暮らしがとても幸せだったこと。

二人でランダル王国に逃げ出してからは、黒髪のカツラを被って偽装し、母親と息子として暮らしたこと。転々と住む場所を変えて逃げていたこと。

途中からノンナは泣いていて、泣きながら話し続けた。

「カディスの海岸で泣いているお母さんを見て、お母さんだってすごく苦しいんだって思った。その時は何が苦しいのかわからなかったけど、今は知ってる。私もお母さんも、苦しいことに負けなかった。私やお母さんが味わった苦しみは、経験していない人には伝わらない種類の苦しみだと思う。クラーク様にはわかってもらえないと思って言わなかった」

ノンナの青灰色の瞳から、次々と涙が落ちていく。

「私はお母さんの娘だけど、仲間でもある。お母さんが危ない時は絶対に助ける。私はお母さんのためだと思えば、どんな訓練だってつらいと思ったことはないよ」

そこでノンナはグイッと涙を拭った。

「今回のことは、お母さんに頼まれたから参加したんじゃない。仲間を守るために自分の判断で参加した。クラーク様は親や親友が危ない目に遭っていても、知らん顔をするの?」

「それとこれとは……」

「同じだよ。お父さんはお母さんを縛り付けたりしないよ? 自由にしていいって言う。お父さんは心配性だけど、自分が心配する苦しさよりお母さんの自由を大切にする。私、今、よくわかった。私とクラ……」

「そこまで! ノンナ、そこまでよ。口から出た言葉はもう取り返せないの。あなた今、感情に支配されている。もうやめなさい。クラーク様、今夜はもう遅いのでお帰り下さい。もうすぐ朝になってしまいます」

「わかりました。失礼します」

硬く青ざめたお顔で、クラーク様が帰った。

「俺もそろそろ帰ります。俺は近日中に陸路でシェンに戻ります。ノンナ、さっきはお前の味方をしたけど、あれはお前が悪い。言葉で伝えてもいないのに『わかってくれ、察してくれ』って腹を立てるのは乱暴だよ。じゃ、おやすみ。別れの挨拶には来ないよ。お互い無事に生きていたら、また会おうぜ。じゃ、ジェフリーさん、ビクトリアさん、お世話になりました」

ノンナが部屋に戻り、私とジェフは互いに眠れそうになくてお酒を飲むことにした。

「ノンナの過去を聞いて、クラークはショックだったろうな。あいつはまあ、箱入り息子だ。言葉を重ねても、ノンナの気持ちを理解できないかもしれない」

「ノンナがどう考えるか、ね。もしかすると婚約は解消になるかも」

「本人の気持ちに任せよう。政略結婚じゃないんだから、二人の気持ちが離れたらその時はその時だよ」

それにしても、と思う。

「ノンナは私が思っていた以上に私を見ていたわね。そして正しく理解してくれていたわ」

「そうだな」

「子供って、大人が思うよりずっと正しく見抜いてるのね」

「特にノンナは人の気持ちに敏感だからな」

「ええ」

私はランコムに会うと決めた時、万が一に備えてノンナを頼った。私たちが揃えば負けないと思ったからだ。こんなことにノンナを巻き込んだことを、反省はしているけれど後悔はしていない。きれいごとを言って殺されるより、皆で力を合わせて生き残る方を私は選んだ。ノンナ、クラーク様、こんな母親でごめんなさい。

まさかランコムが部下に裏切られていたとは。暗殺部隊が総出で私を殺しにくるとは。

「アンナ、ランコムが裏切られることまで予想するのは無理だったぞ?」

「ジェフったら。まるで心が読めるみたいなことを」

「はは。やっぱりそう考えていたか。それと、君の初仕事は何歳だった?」

「十五です」

「十五歳の時の君と今のノンナ、どっちが優秀だ?」

「知識はともかく、戦闘能力だけなら、比較にならないぐらいノンナが上よ」

「やっぱりそうか。ま、婚約の話はクラークとノンナに任せよう」

「ええ」

今でこそ打てば響く関係の私たちだけれど、こうなるまでは何度もすれ違ってきた。

逃げる私、避ける私を、ジェフは諦めなかった。

気がついたら私はジェフを好きになっていて、ジェフがいない暮らしをつらいと思うようになっていた。

「クラークも悩んでみればいいんだよ。それでもノンナがいいならどうすればいいか、自分で答えを出すだろう。あいつはきっとノンナを諦めないと思うよ。前も言ったが、フィッチャー家の流れを汲む男は粘り強いんだ」

私の愛する大男は、そう言って笑った。