軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

127 クラークとエドワード

ノンナに「わかってない」と言われた翌朝。

窓の外では風が強く吹いている。風は冬の訪れを感じさせる冷たい風だ。クラークは朝食を食べながら母親のエバと話をしていた。

「クラーク、最近、お城でエドワード様と顔を合わせる?」

「いえ。北棟へは行くことはほとんどないのです。エドワードおじさんが文官部屋に来ることもありませんし。どうしてですか?」

「ブライズ様から聞いたのだけど、体調を崩していらっしゃるそうなの。頭痛と眼痛が増えたとおっしゃっていたわ」

「頭痛と眼痛ですか……」

「ブライズ様はエドワード様にお仕事を控えるか引退してほしいと頼んでいるみたいだけど、本人はこの先どうするか何も言わないらしいわ」

いつも陽気な母が顔を曇らせている。

エドワードの妻ブライズとエバは普段から頻繁に行き来していて、家族のことをよく話題にしているらしい。最近はクラークの婚約話で楽しくお茶をしたと聞いたばかりだ。

「今日、おじさんの様子を見てきますよ。そんなに具合が悪いんですか?」

「詳しいことはわからないけれど、ブライズ様が仕事を辞めたらどうかと言うくらいだからねえ……」

そんなやり取りがあって、クラークはエドワードの仕事部屋を訪れることにした。

諸制度維持管理部のある北棟に向かっていると、前方左手からエドワードが部下の男性と二人で話をしながら歩いてくる。二人とも深刻な表情だ。声をかけるのはやめた方がいいかなと、クラークは足を止めた。

(また出直そう)

そう思った時、部下の男性がエドワードの腕を軽く引いた。腕を引いた男性も引かれたエドワードも、慣れた感じだ。エドワードの足元に枝が落ちていた。それを踏まないよう腕を引いたらしい。落ちていたのは肘から先くらいの、結構な大きさの枝だ。朝から吹いている強い風で、どこからか転がってきたのだろう。

(あれ?)と思う。今朝母が言っていた「頭痛と眼痛が増えたとおっしゃっていたわ」という言葉を思い出した。

「もしかして、あの枝が見えてない……とか? それはさすがに考えすぎか?」

クラークは医務室へと方向を変えた。医務室は広く、医者、助手、見習いが働いている。

誰に声をかけようかと様子を見ていると、背後から「何かご用ですか?」と声をかけられた。振り返ると、イルに似た雰囲気の男性だ。

「医務室にご用でしょうか」

「はい。ちょっと症状のことで教えてほしいことがありまして」

「私でよければお話を伺います。どうぞこちらへ」

案内されて大部屋の壁際に置いてある椅子に座った。壁にくっつける形でテーブルが置かれ、四脚の椅子も置いてある。そして席を囲むように 衝立(ついたて) が三枚配置されていた。

「質問をどうぞ。ここなら大きな声を出さない限り、他の人には聞こえません」

「ありがとうございます。文官のクラーク・アンダーソンです」

「ダムディン・アルタンゲイルです。ここでは主に薬の調合をしていますが、治療もしています」

クラークは知らないことだが、第三騎士団が尋問に薬を使う際はこのダムディンが担当している。

ダムディンはアンダーソンという姓を聞いても、エドワード・アッシャーとは結びつかない。アシュベリーには治療の場数を踏みに来ているのであって、この国の貴族の人間関係には興味がなかった。

クラークは「知り合いが」という 体(てい) でエドワードの症状を説明した。

「本人を直接診てみないと何とも言えませんが、その人は何歳ですか?」

「四十歳くらいです」

「もしかしたら視野の欠損が始まっているのかもしれませんね。四十歳すぎると、わりとある眼病なんです。たいていはゆっくり進むからそんなに心配はいりませんが、ごく稀に急激に進む場合もある病です」

「どちらなのか、医者に診てもらうことが大切ですね」

するとダムディンはわずかに困った顔をした。

「今のところ、どちらの治療法もまだ見つかっていないんです。私はいつかその病にも効く薬を作りたいと思って研究をしているのですが、なかなか難しいです。私の母国のシェンでも、治療法を研究しているところです」

「シェン国のご出身ですか。それで、その病の症状はどの程度まで進むのでしょう」

「失明することもあります。ですが、寿命を終えるまで視力を保っていることもあるので、あまり悲観しないでほしいです」

丁寧に礼を言って、クラークは文官の部屋へ戻った。

今聞いた情報を誰かに伝えるつもりはない。本人から直接聞いていない以上、エドワード本人に確かめるつもりもない。だが、忘れるつもりもなかった。

ダムディンにイルの知り合いなのかと聞こうかと思ったが、本題には関係ないのと他人に余計な情報を与える必要はないと割り切って口にしなかった。

エドワードの様子と今聞いた話は、母にも言わないつもりだ。

ジェフリーの進退がどうなるかわからない今、アンダーソン家の次期当主としては、この手の身内の情報は外に出してもいいことがない。母は交際範囲が広い上に、やや口が軽い人だ。

(言わずに済む話は言わないほうがいい)

クラークはそういうところがエドワードに似ている。

クラークがダムディンから話を聞いている頃、エドワードは宰相のコリン・ヘインズと話をしていた。コリン・ヘインズはヨラナ・ヘインズの息子である。

「そうか。病は進行しているか。だが君は現場に出ているわけじゃない。急いで職を退くことはないだろう?」

「それはそうなのですが、失明した場合は全ての書類を誰かに読み上げてもらわねばなりません。緊急事態にそれでは後手を取ることになります。隊員たちの表情や体調も目視で確認できなくなります」

「まあ、それはそうだが……」

「早急に若い芽を育てなければなりません。私の後にこのマイクを据えるとしても、マイクがその次を指導して育てるべき状況です」

「部内に人材はいるのか?」

「特殊任務に秀でる者は多くいますが、各国の情勢を広く捉えて特殊任務部隊を指揮するのに向いている者がいるかというと、少々不安があります」

「そうか。では君と同じように、文官から引き抜く方がいいかもしれないな」

話の方向が決まって、エドワードとマイクが外に出た。視野の両端が見えなくなっているエドワードに、マイクがピタリと並んで歩く。そのマイクが「そういえば」と話を切り出した。

「先ほど、クラーク様が北棟の近くにいました。私とエドワード様を見て足を止め、こちらを見ていましたね」

「では私が君に腕を引っ張って合図してもらったところも見ただろうか」

「おそらくは」

「ブライズがエバに何か言ったのかもしれないな。私の様子を見に来たのだろう。目のことを身内にも言うなと口止めするのもおかしな話だから、そのままにしておいたが。……そうか、クラークか。彼がいたな」

「若い芽、ですか?」

「うん。あれは大人しそうに見えてかなりの負けず嫌いで努力家だ。頭が切れるし周辺各国の言語にも通じている。身近な人間は身近過ぎて思いつかないものだね」

そう言いつつエドワードは小さく何度もうなずいた。

その日の夜、クラークはエドワード・アッシャーに呼び出された。「仕事のことで聞きたいことがある」と。