作品タイトル不明
125 キャラハン軍務大臣とコンラッド国王陛下
まだ私たちと戦っていたハグルの暗殺部隊を、百人以上はいそうな王国軍が包囲した。
暗殺者たちは状況を把握すると、全員が武器を手放して両手を上げる。
「全員、逮捕せよ!」
力強い声の主は、キャラハン軍務大臣だ。なぜ軍務大臣がここに?
敵の全員が動きを止めたと思ったが、ダンとヤコブが猛烈な勢いで塀に飛び乗った。そのまま屋根伝いに逃げようとしたのだろうが。
「弓兵!」
軍務大臣の声に応じて、二十名ほどの弓兵が屋根の上に立ち上がった。さっきから感じていた気配は彼らの分もあったのか。
矢をつがえてキリキリと弦を引き絞る弓兵を見て、ダンとヤコブが動きを止め、そのまま力なく焼け跡に飛び降りた。二人もまた、両手を上げている。
ジェフはキャラハン軍務大臣や王国軍を見て茫然とした表情だ。
「大臣、あなたがなぜここに……」
「無事でよかった。これでも情報を得てすぐに出発したのだよ」
「このような場に大臣自ら駆け付けるなど……」
「無謀だ、とお前が言うつもりか? どれほどの勝算があったのか知らないが、たった四人でこれだけの人数を相手にするとは、お前こそ無謀の極みだ、馬鹿者」
ジェフが言葉に詰まっている。その間にも暗殺部隊の男たちは縛り上げられていく。
暗殺部隊とランコムは縛り上げられ、囚人用の檻を積んだ荷馬車に詰め込まれていく。荷馬車の周囲は騎乗した兵士が囲んで、捕えた暗殺部隊が逃げないように見張っている。
ダン、ヤコブは最後に荷馬車に乗せられて扉に鍵をかけられ、私を睨みながら去っていく。どうぞお元気で、先輩。
兵士たちの動きを見守っていたキャラハン軍務大臣が「撤収!」と声を張った。
キャラハン軍務大臣が「さて」と言いつつジェフと私を見た。ジェフは黙り込んでいる。
「お前の上司として、心から残念に思うよ。なぜ私に報告しなかったのかね。真面目が軍服を着ているようなお前のことだ。何かしら理由があって、誰にも知らせずにここに来たのだろうが、上官の私は『お前じゃ頼りにならない』と言われているも同然だな。まあ、説教は後にしよう。陛下がお待ちだ。せめて陛下にはきちんと説明してこい」
「……承知しました」
「陛下にお目にかかる前に、着替えろよ」
私やジェフはもちろんのこと、イルも返り血に染まっている。ノンナだけは汚れていない。それに気づいたイルが感心したようにノンナに話しかけた。
「お前、返り血を全く浴びていないな」
「私はお母さんとの約束を守って、誰も殺していないもの」
「お前、あの状況でそんなことに神経を使ってたのか!」
「まあね」
ノンナがそれをできたのはイルの支援と補助があったからだが、相手を無力化することに関して、ノンナはずば抜けた才能がある。
「さあ、城に戻るぞ」
キャラハン軍務大臣の掛け声で私たちは城に向かった。
お城で湯を使い着替えをさせられ、髪がまだ濡れている状態で陛下の前に進んだ。謁見室ではない豪華な部屋は、どうやら陛下の自室らしい。部屋には陛下の他に、なぜかクラーク様がいた。
陛下はジェフを見て一度目をつぶり、安堵のため息をついた。悲しみのこもる表情でこちらを見ている。
「ジェフリー、君たちが他国の特務隊員に会いに行ったと聞いて、私はどれほど心配したことか」
「申し訳ございません。陛下は誰からその情報を?」
「クラーク・アンダーソンからだ」
陛下が答えて、(ああ、そういうことか)と納得した。つまりクラーク様に今夜のことを伝えたのは……。
私が隣にいるノンナを見ると、ノンナは気まずそうに視線を逸らした。
「お別れを言っておくべきだと思ったの。そうしたら詳しく説明しなさいってクラーク様が許してくれなくて。……ごめんなさい」
「先生、ノンナから話を聞いて、陛下にご相談申し上げたのは僕の一存です。ノンナを叱らないでください」
クラーク様がすぐにノンナをかばう。
陛下は黙って聞いていたが、静かに「私はノンナとクラークの判断に感謝しているよ」とおっしゃる。
しばしの沈黙の後、陛下はジェフに語りかけた。
「私は君を兄のように慕ってきた。この城の中で、不安なく本音を晒せるのは君だけだった。君の目にはそんな私は、いつまでも心許ない若者に見えるのだろうね。私が君に甘え続けた結果、頼られるどころか相談さえされない国王に成り下がったのだな。君にそうさせたのは私だ」
ジェフは何も反論せず、黙っている。
「君は過去に二度、責任を取って職を辞そうとした。だがその都度私が君を引き留めた。私がジェフリーを特別扱いをし続けたのは、君を手放したくないという私の甘えだ。その甘えが、君にさらなる重荷を背負わせたのだ」
「陛下のせいではありません。全ては私の判断です」
「その判断とは、貴族の立場も役職も……国も、全てを手放すことなのか?」
少しの沈黙の後、ジェフが「陛下」と話を始めた。
「私は陛下のご厚情に応えることができません。軍務副大臣には、私よりも向いている人間がいます。副大臣に向いていない私が、五年後に大臣となって、何万という兵士の命を預かるわけにはまいりません。国にとっては大きな害になります。今夜のことを片付けたら、今度こそ副大臣を辞職しようと思っておりました。陛下のご期待に背く以上、貴族籍も手放す覚悟です。繰り返しますが、陛下のせいではありません。私の資質の問題です」
それを聞いたコンラッド陛下は絞り出すように声を出した。
「ジェフリー。お前を副大臣にと強く推したのは私なのだよ」
私は口を出さなかった。
陛下のおっしゃっていることは、半分当たりで半分は外れだと思いながら聞いている。
ジェフリーは私と生きることを望んだ。今回のことを陛下に知らせれば、私が「ジェフを損なう存在」と思われるから陛下には何も言わなかったのだ。
出世を望む人たちが働くお城では、ジェフの行動は理解されないだろう。が、特務隊をエースの位置で抜けた私にはジェフの気持ちがわかる。頂点に立つことと引き換えに失われるものは必ずある。何も失わずに組織を上り詰めることなんてできない。
ジェフと私は、組織の上にいることで失うものが大きいと判断した、似た者同士の夫婦だ。
陛下が「ジェフリーの考えはわかった。明日、会議を経て答えを出すよ」とおっしゃって退室され、ジェフが「俺たちも帰ろう」と言ったところでクラーク様が駆け寄ってきた。
「ジェフおじさん!」
「ああ、クラーク、今夜はありがとう。おかげで誰も怪我をしないで終わらせることができた」
「勝手なことをして、悪かったと思っています。ですが……僕はノンナを守らずにはいられませんでした。陛下に訴えたことを後悔はしていません」
「わかってる。クラークはクラークで正しいと思ったように行動する権利がある。怒っちゃいないよ」
「どうか、ノンナのことを叱らないでください」
「ああ、叱らないよ。ノンナもクラークも、大人になったな」
そう言って笑顔になったジェフは私の肩を抱えて、歩き出した。私たちの後ろにはノンナとクラーク様が続く。
部屋を出たところで、大勢の軍人たちが整列して待っていた。その中の士官の一人が「副大臣!」と声をかけて一歩前に出た。
「今夜あの場に向かったのは、志願した者ばかりです。出遅れて悔しがっている者が大勢おります!」
「そうだったか。私の事情に巻き込んで、すまなかったな」
「我々は!」
そこまで言って、若い士官が目を潤ませた。
「我々は、副大臣を尊敬しております。副大臣は身分で差別をなさることなく、努力と実力を公平に見て下さいました。我々は全員、副大臣の下で戦いたいと願っております。どうか、どうか我々を見捨てないでください!」
ジェフは「お前たち……」と言って優しい顔で微笑んだ。
「気持ちはありがたく受け取った。私はもう帰る。君たちも宿舎に戻りたまえ。今夜はありがとう」
そう言ってジェフは歩き出した。整列した軍人たちの前を歩くと、あちこちから「副大臣!」「辞めないでください!」「お願いします!」と声がかけられる。中には腕を目に押し当てて泣いている軍人もいる。
私の肩を抱えたジェフは何も言わず、前を向いて歩く。
城を出ると王家の紋が入っている馬車が用意されていた。馬車の中で、ノンナの肩を抱いているクラーク様は考え込んでいて、ノンナは放心しているように見える。
最後にイルが馬車に乗り込んで、私たち五人は我が家に向かった。