軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

123 最低最悪の失敗とは

「私に聞きたいことって、なあに?」

まずはノンナとイルに椅子を勧め、私たちは四人で向かい合って座った。

「この手紙の差出人は、私がかつて所属していたハグルの特務隊の上司でランコムという人なの。おそらく自分のところに戻ってこいという話をするつもりだと思う。こういうことがあるたびに私は「まだハグルとつながっているのではないか」と疑われる。だから私はもう王都を離れて、この国の田舎に引っ越そうと思う。貴族社会とも王家とも関りを絶つわ。ジェフも同行してくれるけど、ノンナはどうする?」

「私も一緒に行くよ!」

ノンナは一瞬で興奮してしまい、立ち上がって両手を握りしめている。

「落ち着きなさい。よく考えてから答えてほしいの。クラーク様と、滅多に会えなくなるのよ?」

「でもクラーク様は、私が十六歳になったら婚約するって言ってくれた。私が田舎に行っても、約束を破るような人じゃないよ」

「ノンナは十六歳になるまで、あと二年半もある。本当にいいの? ヨラナ様かクラーク様の家に預かってもらうことはできると思う。そっちのほうが安心できるとは思わない?」

ノンナの顔がスッと無表情になった。

「思わない。クラーク様と結婚したら、その先はずっとクラーク様と一緒に暮らせる。お母さんと暮らす時間が二年半しかないなら、私はお母さんと暮らす方を選ぶ。田舎で暮らしたって、お母さんが狙われるかもしれない。私は結婚式の日まで、お母さんのそばにいたいよ。それと」

ノンナが手紙にもう一度目を落とした。

「この場所に、私はお母さんとは別行動で行く。お母さんに何かありそうなら私が助ける」

「それなら俺も行く。妹が頑張るって言うなら、兄ちゃんも頑張らなくちゃな」

「イルはお兄ちゃんじゃない。他人だよ」

ノンナが「何言ってるんだ」みたいな顔でイルを見るが、イルはヘラリと笑って相手にしない。

「そう冷たいことを言うなよ。シェン国では、俺が五年も面倒見てやったじゃないか、妹よ」

「イルは五年間、私のことヒヨコ呼ばわりして意地悪してたよ!」

ジェフも私も思わず「ふっ」と笑ってしまった。

「わかった。ノンナも田舎に連れて行くわ。アンダーソン家には、私とジェフからきちんと説明します。ランコムとの話し合いに同行するのも許可します。隠れて見守ってくれる?」

「えっ、いいの?」

「参加させないと言ったら、ノンナはどんな手段を使っても付いてくるつもりでしょ?」

「うん、まあ、そうだけど」

「あなたはもう十分に腕が立つ。今回はノンナを頼りにします。それでいいかしら、ジェフ」

「ああ、いいだろう」

反対されると思っていたのだろう。ノンナがポカンとした顔になった。

「本音を言えば、あなたをほんのちょっとでも危険に晒したくない。けれど、もうノンナの能力は十分に高い。私の娘だけれど、同時に私の仲間よ。参加を認めます」

ノンナがブルブルッと体を震わせた。それを隣で見ていたイルが「うわ、本物の武者震いを初めて見たな」とからかった。ノンナが無言でイルの肩をパシッと叩く。

ジェフが最後を締めくくった。

「ノンナ、イル。俺はアンナを守る。お前たちがすべきことは、自分の身は自分で守ることだ。よくよくの事態になるまで、姿を隠していなさい。戦闘にならない限り、出てくることを禁止する」

「んんんん、わかりました」

それから四人で何通りもの場合を想定して、みっちりと計画を話し合った。合間にノンナが質問をしたのだけれど、それがどれも的を射た内容で驚いた。いつの間にこんな知識を身につけたのかと思っていたら、イルが説明してくれた。

「ノンナはうちにいる頃、集団での戦闘を想定した練習をさせられていました。とても優秀でしたよ。うちの父も祖父も、『あの子がうちの子だったらよかったのに』って何度か言っていました。たぶん、本気で言っていたと思います」

「そうだったの。私はてっきり、一対一のシェン国武術だけを教わっているのだと……」

「実際の戦闘って複数で戦うことのほうが多いでしょ? だから我が家で教えるシェン国武術は、複数相手の場面を想定した練習が多いです」

本当に実践向けの訓練だ。やはり私もシェン国武術を習うべきだった。

打ち合わせを終えてイルを帰し、ジェフと話をしてからノンナの寝室に向かった。

「ノンナのベッドで一緒に寝ていいかしら。少し話をしたいんだけど」

「私は嬉しいけど、お父さんを放っといていいの?」

「いいの。ノンナと話をしたいの」

それからしばらく二人で無言になった。

「私とお母さん、最初はしばらく同じベッドで寝てたよね」

「そうね」

「私、小さい時はいつも一人で寝てたから、『二人でくっついて眠るとすごく温かいんだなって』って気づいたっけ」

「そうなの? 初めて聞く話ね」

「あの頃は、思ったことを上手に言葉にできなかったもん」

二人とも仰向けに寝ていたのだが、ノンナが私の方に向き直り、ペタリと体をくっつけてきた。

「あの頃はまだ私を産んだお母さんが恋しかったけど、そんなことを言ったらあの人の悪口を言うみたいで、言えなかった」

「そうだったの……。あの人なんて言わないで。お母さんと呼んであげなさい。おなかの中でノンナを育てて、すごく痛い思いをして産んでくれた人だもの。それにあなたのことを六歳まで育ててくれたわ」

ノンナは「んんんんん」と言って眉間にシワを寄せている。

「私、クラーク様と結婚の約束をするまでは、産んでくれたお母さんのことを恨んでた。でも今は恨んでない。恨まなくなったのは、恋しいと思う気持ちが薄れたからだと思う」

「そう……」

誰にも言っていないが、私の行き先が貴族の家ではないことくらい、両親は薄々気づいていたと思う。八歳の子供を前払いで買い取らなくたって、貴族ならいくらでも成人した使用人を雇える。

それに、私が仕事を始めてからの仕送りは、貴族の使用人ではとても無理な額だった。まともな仕事じゃないことはわかっていただろう。

ノンナが私と手をつないできた。

「お母さんは八歳で家を出なきゃいけなかったんでしょ? 親を恨んでいないの?」

「恨んではいなかった。だけど……寂しかったかな。私はしっかりしていたから、親は安心してますます私に目を向けなくなった気がする。だから……」

「だから?」

「私を見つけて組織に引き入れてくれたランコムを、私は家族のように慕っていた」

「あの手紙の人だよね。じゃあ、なんでその人から離れたの?」

今のノンナなら、理解してもらえるかな。

「私はランコムを喜ばせたかったし褒めてもらいたかった。ランコムは私に特別優しかったから、私は彼を兄か父親みたいに思ってたの。ランコムに褒めてもらうために他の子の何倍も努力したわ。そして仕事でトップの成績を修めるようになったけれど……ある日、ランコムにとって、私は家族じゃないんだって気づいてしまったの」

「どういうこと?」

「彼は私の家族が死んでいることを隠して、仕事を与え続けた。それを知ったとき、目の前の景色から色が抜けて見えるぐらい傷ついた。親に仕送りをする必要がなくなり、ランコムが家族じゃないことを実感して、『もう、ここにいる理由がない』って思った。だから自殺したように見せかけて、アシュベリーまで逃げてきたの」

ノンナが無言で私の肩に顔をくっつけた。

「あなたに出会って、一緒に暮らして、私はどれほど救われたことか。ノンナを助けたつもりで、助けられていたのは私なの。あなたという家族がいたから頑張れた。ノンナは私の命の恩人なのよ」

ノンナの返事はない。そうだ、これだけは言っておかなくては。

「私が本当の母親なら、娘を危険な場に行かせたりしないわよね」

「なんでそんなこと言うの! お母さんが危険な時に家でじっとしているなんて、絶対に嫌! シェン国でどんな厳しい練習でも弱音を吐かなかったのは、お母さんを守りたいと思ったからなんだよ? それに、お母さんは私の本当の母親だよ!」

「ありがとう。ノンナ、でもここから先は母親としてではなく、仲間からの言葉だと思って聞いてほしいの」

ノンナが上半身を起こして、私の顔をジッと見た。

「万が一私とジェフが危険になったら、助けてください。でも、これだけは忘れないでほしい。あなたが死んで私たちが生き残ったら、それは最低最悪の失敗です。まずはあなたが生き残ること。それを一番の目標にしなさい。それだけは約束して」

ノンナが真剣な顔でうなずいた。

「わかった。私は必ず生き残る」

「約束したわよ。じゃあ、もうこの話は終わり。寝ましょうか」

それからしばらく、ノンナは眠れないようだった。それでもそのうち穏やかな寝息を立て始めたのを確かめて、私はベッドを抜け出して夫婦の寝室に戻った。ジェフはベッドに腰かけて待っていてくれた。

「お帰り。どうだった?」

「わかってくれたと思う。私たちはノンナの参加を許したけれど、本当にこれでよかったのかしらね」

「あの子を出し抜いて俺たちだけで行って、万が一のことがあったら……あの子は役に立てなかった自分を責めて一生苦しむだろう」

「そうね。私もそう思う」

「戦闘にならないことを願うよ」

「ええ、本当にね」

三日後の夜、私とジェフは厨房のドアから屋敷を抜け出した。人の気配も視線もないのを確認して、塀を乗り越えて外に出た。

ノンナは遅れて出てくることになっている。イルは現地集合だ。

今度こそ、ランコムとの関係を断ち切らなくては。