軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

117 ランダルからの客

馬車の外では戦闘の音が続いている。

軍人が九十人もいるから短時間で制圧できるのでは、と思っていた。だがなかなか決着がつかない。九十人の軍人と互角に戦うには倍以上の人間が必要なはず。

そしてそれほど多くの人数を襲撃のために集めれば、市中警備の第二騎士団、もしくは特殊任務の第三騎士団が知るところになるはず。数いる中には 金(かね) のために情報を漏らす人間がいるからだ。

なぜこの計画が早い段階で把握されなかったのだろう。

油が燃えるような臭いがしてきた。窓の外に火柱が立って、馬が怯えた声で鳴いている。炎は前にも、後ろにも。

どうする? 大公夫人を馬車から出したほうがいいだろうか。賊が制圧されるのを待つべきか。

馬車から出るのが早すぎれば、夫人をかばう私とミアさんの動きで本当の大公夫人が誰か見破られてしまう可能性がある。

「アッシャー夫人、私が馬車の外に出ます。敵を引き付けている間に大公夫人を連れて逃げてください。馬車に火がついてから逃げるのではまずいでしょう」

「わかったわ」

ミアさんがドアに手をかけ、外へと飛び出そうとした瞬間、馬車の屋根にドスン! と重いものが飛び乗る音。続いて大きな破壊音が響く。私は大公夫人をとっさに突き飛ばした。

さっきまで大公夫人がうずくまっていた場所に剣先が届いている。大公夫人は突き刺さっている剣に目を丸くして声も出せない。

剣は勢いよく引き抜かれた。屋根の上から大柄な男が馬車の右側に飛び降りた。私が左側のドアを開けるのと外からグイッと開けられるのが同時。ドアを開けたのはジェフリーだ。私はドアに引っ張られるようにして外に飛び出した。すぐさま大公夫人の手首を握って引っ張り出すと、彼女が小さく悲鳴をあげた。

大男が反対側の窓から剣を突き入れた。ミアさんが馬車の中に伏せて剣を逃れている。

「馬で逃げる」

「了解」

窓から剣を突き刺した男は五人の軍人に囲まれ、大剣を振り回している。

軍馬に夫人を押し上げるようにして乗せ、私とミアさんもそれぞれ差し出された馬に飛び乗った。

指揮官と大公夫人を乗せた馬、軍人が乗った三頭の馬が炎の壁を突き抜けてゆく。ジェフリーが続き、私とミアさんの馬も炎の壁を突っ走る。幸い炎の壁は薄い。

全力で馬を駆る。背後を振り返ると馬車に火が燃え移っていた。軍人たちは賊が私たちを追わないよう、足止め役で戦っている。

平民の住宅街を走り抜け、少し裕福な住民が住む地区に入った。道は土から石畳と変わっている。

前方の左右から剣を持った男たちが現れた。男たちは一瞬どの馬を襲えばいいのか迷ったようだが、すぐに私を目指して馬で駆け寄ってきた。大公夫人を乗せた馬が方向を変えて一目散に走って逃げていく。

私は現れた男たちに怯えて方向を変えたと思わせるため、大公夫人とは別の道を選んだ。ミアさんがぴたりと並んで馬を走らせる。私とミアさんに続いていたジェフが剣を抜いた。私の近くの男を斬り伏せ、続いて二人目に向かって剣を振り下ろした。

「後ろ!」

ミアさんが私に向かって叫ぶ。振り返ると、大剣を右手に下げて黒髪の大男が追いかけてくる。馬車の上に飛び乗った男だ。短時間に五人の軍人を倒して追いかけてきたらしい。

男はジェフより身長があり、身体は分厚く大きい。馬もまた大きく、じりじりと距離を詰めてくる。男の背後から追ってくる賊はいない。ジェフリーが私に向かって「大公夫人! お逃げください!」と叫んだ。

ミアさんと視線を合わせ、馬体に伏せるようにして速度を上げた。振り返るとジェフが大男と戦っている。

大丈夫。ジェフが賊に負けることなどない。引き返すな。心配で動きを鈍らせるな。そう自分に言い聞かせる。私は大公夫人を演じて目くらましの役目をするのみだ。

(ジェフ、どうか無事でいて)

心で祈りつつ城を目指す。あと少しというところでたくさんの木箱が道に投げ込まれた。

いったい何人雇った? 雇ったのは誰だ?

馬が急停止して後足で立ち上がった。私とミアさんは同時に馬から飛び降りてナイフを手に構える。

「こいつは影武者だ! 他を探せ!」

私たちを取り囲んだ賊たちが馬に乗ろうとしたが、逃がすものか。

私とミアさんは二手に分かれて男たちの中に切り込んだ。ドレスが邪魔で動きにくい。振り下ろされる剣や大型ナイフをよけ、相手の目、喉、みぞおちを狙って手刀を当てる。その合間に襲ってくる相手にはナイフを使った。

ミアさんはまるでノンナのようだった。ナイフを両手に、軽々と宙を飛んで剣を避けつつ相手に斬り込んでいく。全部は殺さないでほしい。この事件の黒幕にたどりつけなくなる。

「殺さないで!」

「了解っ!」

高く低く、舞うように回転しながら、ミアさんは二本のナイフで男たちの腕や脚を切っていく。私は逃げ出そうとした男の背中を狙ってナイフを振り下ろした。六人の男全員が倒れたところで、地響きを立てて軍人たちが追い付いた。

「大公夫人は?」

「おそらく今頃はお城に」

それを聞いて安堵する軍人たちの中にジェフリーがいない。

「ジェフリーは?」

「いえ、見ていません」

まさかあの大男にやられたのだろうか。

無言で馬に飛び乗り、今来た道を駆け戻る。背後で軍人たちが叫んでいるけれど、振り返らない。背後から蹄の音が追ってきた。振り返るとミアさんだ。その背後に軍人たち。ミアさんの結い上げていた髪は崩れ、長い髪を後ろになびかせている。その顔とドレスは返り血で赤い。私は視線を再び前に向け、ジェフを捜した。

(大丈夫。ジェフは生きている。あんな奴に負けるわけがない)

祈るような気持ちで馬を走らせると、前方に銀髪のジェフが見えた。肩で息をしながら剣を構えている。私とミアさんが駆け寄り、馬から飛び降りた。ジェフの右頬にひと筋の切り傷が口を開けている。黒髪の大男は全身が傷だらけで立つのもやっとの有様。

「手を出すな! こいつは俺一人で十分だ」

ジェフの言葉に大男はカッとなったらしい。足元がおぼつかない様子ながら剣を振りかぶった。すかさずジェフが懐に飛び込んで大男を仕留める。ドサッと音を立てて大男が仰向けに倒れた。

「ジェフ! 怪我は?」

「かすり傷だけだ。さあ、城へ急ごう」

「ええ」

馬に飛び乗り、再び馬の鼻を城へと向けて三人で駆ける。軍人たちの犠牲の上に大公夫人の無事がある。それがなんともやるせない。

三頭の馬はジェフを先頭に走り抜けて跳ね橋を渡った。

「大公夫人は!」

「先ほど無事にお戻りになりました!」

ジェフの大声に門番が答えて、私たちは思わず息を吐いた。よかった。

「全く迷惑な……」

隣に降り立ったミアさんは無表情につぶやいた。

「己の信念を貫くのなら、己の国内でなさればいい。他国でこのような騒動を起こしてまで自国の教育を進めるなんて、間違っていますよ」

「そうね。大公夫人を守るために命を落とした軍人にも家族はいる。大公夫人にとって下々の命は軽いのでしょうけれど、これはあまりに……」

そこで声をかけられた。マイクさんだ。

「アッシャー夫人、影武者役をありがとうございました。陛下がお待ちです」

言われて自らを見れば、ミアさん同様に血しぶきを浴びていた。

「着替えてから参上いたします」

「わかりました」

ミアさんが素早く近寄ってきて「着替えをご用意します」とささやいて先導してくれる。行き先は北棟だった。

「私用のドレスにお着換えください」

「助かります」

ミアさんの案内で衣裳部屋らしき小部屋に入ると、見知らぬ女性がいた。彼女は素早く私たちの様子に目を走らせると「こちらへ」と浴室へと案内してくれる。

「アッシャー夫人、髪やお顔に血が飛び散っています」

「洗わないとだめね」

「すぐにお湯を用意します」

運ばれてきたお湯で汚れを落とし、渡されたドレスに着替えてデルフィーヌ様の部屋へ向かった。髪を結う暇はないがお許し願おう。ミアさんはここに残る様子。

マイクさんに案内された部屋にはデルフィーヌ様、陛下、ジェフリー、大公夫人、ご子息のエリオット様がいた。ジェフリーが駆け寄ってきて、私の全身に素早く目を走らせる。

「私は無傷よ。あなたこそ頬を縫ってもらって」

「それはあとでいい。君が無事ならこの程度の怪我は何でもない」

「アッシャー夫人! 無事だったのね」

「はい。デルフィーヌ様。私はかすり傷も負ってはおりません」

大公夫人は血の気の失せた白い顔。コンラッド陛下がエリオット様に向かって話しかけた。

「我が国でこのような騒ぎになり、誠に申し訳なく思います。まだ敵が夫人を狙っているかもしれません。警護の軍をつけますので、日程を繰り上げて帰国なさることをお勧めします」

陛下の表情は硬い。言葉こそアシュベリーの手落ちだと言っているが、襲撃の情報を聞いても視察を強行した大公夫人の側に原因があると言っているのは明らかだった。

大公夫人は無言。エリオット様が口を開いた。

「我々の判断が間違いでした。明日にも帰国の途に就きます。このたびはご迷惑をかけ、誠に申し訳ありませんでした」

エリオット様が深々と頭を下げたが、大公夫人はぼんやりした表情で視線も動かない。

「母上、部屋で休みましょう」

「大公夫人、そうなさって」

退室しろ、という意味だ。デルフィーヌ様の言葉を聞いて大公夫人が立ち上がった。大公夫人はエリオット様に抱えられ、ヨロヨロと部屋を出て行く。入れ替わりに別のドアからエドワード様が入ってきた。

「エドワード、今回の襲撃を計画した者の名前は聞き出せたか?」

「生け捕りにした襲撃犯に自白剤を使いましたが、本当の黒幕のことは奴らも知らないようです。直接の指示役は裏社会の人間たちから『ランダルからの客』と呼ばれているようです。男たちは全員、『ランダルからの客が高額の報酬で腕の立つ男を集めている』と聞いて応募したと言っています」

「ジェフリー、賊の人数はどのくらいいた?」

エドワード様の質問を聞いてジェフリーは少し考えている。

「ざっと見積もって百五十人はいたように思います」

「それだけの人数に高額な報酬の半分を前払いしていたそうです。現在、私の部下たちが『ランダルからの客』が何者なのかを捜査中です。思い当たる人物が一人いますので、時間はかからないかと」

エドワード様の言葉に陛下が小さくうなずいた。

「そうか。黒幕がわかり次第報告を頼む。私はすぐにランダル側に話し合いを申し入れる」

「かしこまりました。私は尋問を続けますので失礼いたします」

エドワード様が出て行き、デルフィーヌ様が私に顔を向けた。血の気が引いている。

「アッシャー夫人。無事で何よりでした。あなたにこのような仕事をさせたこと、あなたとジェフリーに謝罪します」

「デルフィーヌ様、私は自ら望んで引き受けたのです。ただ、ひとつお願いがございます。『ランダルからの客』が誰かわかったら、私にも教えてくださいませ」

ジェフリーが心配そうな顔で私を見ている。

「ジェフ、私はただ、相手のことを知りたいの」