軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

116 視察当日

大公夫人が回復してから二日後、いよいよ平民のための学校へ視察に行くことになった。

視察に行く日の朝早く、マイクさんに呼び出された。場所はお城のリネン室だ。ジェフリーもこの二日間帰宅していないから、これは何かあったのだと大急ぎで出発することにした。

ノンナが心配そうな顔で見送ってくれるから、その頬にキスをして抱き締める。

「心配いらないわ。なにかあったら必ずあなたに連絡するから。家で待っているのよ」

「わかりました」

馬に乗って駆け付けたいが、ぐっと堪えて馬車で向かう。御者を務めるリードには「なるべく急いで」と声をかけた。

呼び出されたリネン室はデルフィーヌ様の影役を引き受けたときに何度も使ったなじみの場所だ。

「早朝にお呼び立てして申し訳ございません。お久しぶりでございます、ビクトリア様」

マイクさんに慌てている様子がない。ジェフリーも大公夫人も無事なようだ。私はふぅっと息を吐いた。

「そんなよそよそしい言葉遣いは無用ですよ?」

「では気楽に話を進めます。大公夫人が襲撃されるかもしれないという情報が入りました。まだ何も証拠はありません」

すぐに本題に入った。マイクさんは有能かつ気配りの人だが、効率最重視の人でもある。こういうところがエドワード様のお気に入りとなった理由だろう。

「計画したのが誰か、その情報の真偽もわかりませんが、学校はあまりに人目が多く教室や廊下は剣を振り回すには不向きです。襲われるとしたら視察の行き帰りでしょう。よって、往復の馬車の中では、大公夫人の影役になっていただきたいのです」

「それはどなたからの指示ですか?」

「部長です。今回は時間がなくこういう形で依頼いたしますが、すでに陛下とデルフィーヌ様にはお伺いを立ててあります。『アッシャー夫人の判断に任せる』とお返事をいただきました。順番は逆になりますが、この件が終わったら正式に依頼した形にいたします」

大公夫人の影役を演じれば、外部の人間である私に見返りを出すということか。

私が必ず引き受けると踏んで仕事を振ってきたのだろうが、この先もなし崩しに第三騎士団の仕事を引き受ける展開は避けたい。

今度そこをきちんとエドワード様と話し合おう。私の後ろ盾でもあるデルフィーヌ様は頭脳明晰なお方だが、エドワード様が相手ではいいように操られてしまう可能性が捨てきれない。

私は私と家族のために、自分の立ち位置をはっきりさせなくては。

「 諸々(もろもろ) 、承知しました。私が大公夫人を演じるのは問題ありません。ドレスの中で膝を曲げていれば身長をごまかせます。しかし、大公夫人が私の真似をするのは無理ですね」

「ミアがあなたの代わりを務めます。大公夫人には侍女服を着ていただきます」

「ミアさん……彼女は復帰したのですか?」

「はい。怪我をした片目の視力はだいぶ戻りましたが、仕事を選ぶ状態です。今回は戦闘というより護衛役なので問題ないと部長が判断したことと……本人の強い希望であなたの代わりを務めることになりました」

ミアさんは第三騎士団の仕事で潜入中に怪しまれ、同郷の友人をかばうために大怪我を負った人だ。もともとはデルフィーヌ様の影役だった人だから、体型は私に似ている。なるほど、適任だ。

「大公夫人を別の経路でこっそり視察に行かせるという方法は?」

「それはジェフリーさんが却下しました。それなりの数の護衛を付ければ、目的地が知られている以上敵に見つかるからと」

「そうですね……。ジェフが帰ってこなかったのは、このためでしたか。わかりました。大公夫人が共に行動なさることも承知しました」

「助かります。では、ミアを呼びます」

ドアを開けるとすぐにミアさんが入ってきた。もう私に似せる準備を終えていた。茶色の髪を私と同じ形に結い上げ、ドレスも私が普段着ている物に雰囲気がそっくりだ。化粧で顔立ちも似せている。近くで見ても、親しい人でなければ私に見えるだろう。

「ミアです。あの時は大変お世話になりました。復帰後の初仕事になります。戦闘時、私が大公夫人に貼りつきますのでアッシャー夫人は大公夫人を心配することなく、お好きなように動いてください」

「わかりました。心強いわ」

ミアさんの顔にはやる気が満ちている。この人もきっと、この仕事が好きなのだ。

私たちは大公夫人の部屋に移動し、打ち合わせを終えた。

大公夫人が侍女服を、私は大公夫人の豪華なドレスを着る。身体のラインが出ないゆったりしたデザインを選んだから、多少の細工を施しただけで問題なく体型を真似ることができた。

出発の時間になった。ガラガラと音を立てて跳ね橋の太い鎖が繰り出され、王城の正門から大きな跳ね橋が堀に渡された。

使用人や出入りの業者が使う幅の狭い跳ね橋は一日の大半を堀に渡されているが、正門の跳ね橋は別格だ。よほどの人間が出入りする場合でないと使われることがない。その橋の上を我々が乗った豪華な馬車が渡る。

この馬車の扉には大公家の家紋が金色で描かれている。その華やかさゆえに遠くからでも要人が乗っていることがわかるだろう。馬車の周囲を固める護衛は、ランダル国から来た護衛とアシュベリーの軍人たちの合計九十名だそうだ。その数はいつもの二倍以上。

三個小隊に相当する軍人に囲まれて、馬車は街道を南へ進む。

出発前にジェフリーが皆に気を引き締めて警護に当たるよう訓示していたが、今、集団を統率しているのは若手の男性だ。さすがに軍務副大臣は同行しないようだ。襲撃の情報を聞いて、さぞかしジェフは気を揉んでいることだろう。

「襲撃されるかどうか、わからないそうね。曖昧な情報だけだったのでしょう?」

「何も起きないよう用心するのが我が国の責任でございますので」

「それはそうでしょうけれど。私までこのような服に着替えるなど……」

「お召し物は視察時にお着替えいただきますので。どうぞしばしの間、ご辛抱くださいませ」

「わかりました。従いましょう」

大公家次男のエリオット様は城に残っている。家族を分散するのはこういう場合の鉄則だ。大公夫人は私そっくりなミアさんを困惑した顔で眺め、視線をまた私に戻した。

「それにしてもあなたに化粧をした人は優秀ね。私によく似ているわ。そちらのミアさんもあなたによく似ていること」

「担当の者に伝えます。きっと喜びますわ」

私の分は私一人で準備をしたが、わざわざ教える必要はない。

「私に似れば似るほど、あなたは危険になるのよ? ちゃんと納得して引き受けたの?」

「もちろんでございます」

「そう……」

「あなたたちには迷惑をかけますが、平民教育で最先端を行くアシュベリー王国の学校をどうしてもこの目で視察したいのです。役人に任せていては、だめなのよ」

この視察に関しては私にもいろいろ思うところはあるが、黙ってうなずいておいた。

最初の平民用学校に到着し、授業を見学した後は次の学校へ。「歓迎の式典は不用。授業のみを見たい」というのが日程変更後の大公夫人側の要望だ。

二つの学校をじっくりと見学し、城を目指す帰り道。平民街を通る道の角を曲がったところで、馬車が停止した。急いで小窓から前方を見ると、樹皮がついたままの材木が何本も転がって道を塞いでいた。

窓の外を見ると、軍人たちは一斉に抜剣して周囲を見据えている。道の両側には二階建て三階建ての家々が密集している。襲撃の可能性があるときには使いたくない経路だろうが、大型の馬車が通行可能な道は限られている。敵もそれを考えてここを選んだのだろう。

ヒュンヒュンと空気を震わせながら 拳(こぶし) よりもやや小さい石が飛んできた。石は軍馬を狙っている。馬たちが驚き悲鳴をあげ、後脚で立ち上がったり跳ねたりして暴れている。軍人たちが振り落とされないよう馬を制御するのに気を取られたところで、周囲の家の陰から男たちが現れた。

事前に襲撃の可能性を聞かされていた軍人たちに動揺はない。私たちが乗る馬車を中心に守りを固めると、一人の大柄な軍人が声を張り上げた。

「襲撃者に告ぐ! 手を引け! 即刻投降せよ!」

「はぁ? あっ、失礼いたしました」

ジェフの声だったから、大公夫人の前で思わずはしたない声を出してしまった。

護衛の中にいたの? なんで軍務副大臣自ら戦闘に参加しているの?

ジェフの警告を聞いても、金で雇われている連中が警告で引き下がることはない。私はドレスをめくりあげ、腿に縛り付けているホルダーからダガーを取り出した。

「あなた……それ」

大公夫人が私の手元を二度見したが、説明はあとだ。ミアさんは「夫人、座席に突っ伏して小さくなってください。お顔を上げませぬよう」と声をかけながら左右の腿に縛り付けていたナイフを両手に持った。

ミアさんは両手使いだったのか! ぜひ戦闘の様子を見たいものだけれど、今回は無理だ。

外では剣と剣がぶつかり合う金属音と男たちの怒号が飛び交っている。馬車のドアを開けられることがあれば、私は囮になって敵を引き付ける。

私は大公夫人を背に、ドアに近い席に座り、うつむいた状態で待った。

さあ、いつでも来い。