軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

113 ビクトリアの尋問

首を振ることしかできない相手から話を聞き出すのは時間がかかる。

そう思っていたら、木製のカップに入った水が運ばれてきた。同席している医師がそこからガラスのコップに液体を注ぎ、味を確かめながら飲んだ。

医師が「問題ありません」とエドワード様に伝える。毒見だろうか。エドワード様が私を見て穏やかな声をかけてきた。

「水ぐらいは飲ませてやりなさい。さるぐつわを外してもいいよ。ここで彼女が舌を噛んでも死ぬことはできない。舌を噛んだらすぐに彼が手当てをする。適当な報告をランダルに伝えれば済む」

「そうですか。わかりました」

私がサナの背後に回って、彼女のさるぐつわを外した。

興奮状態が続いていたからか、医師が飲むのを見ていたからか、私が水の入ったカップを彼女の口に当てると、ためらうことなくゴクゴクと水を飲んだ。

「では質問を続けます。答えたくなければ答えなくてもいいけれど、その場合はさっき聞いたように、我が国に都合のいい調書を作るだけよ。サナ、あなたは誰のために私を襲ったのかしら。大切な誰かのためにやったのでしょう? でも、私なんかを襲っても意味があるとは思えないのだけれど?」

テーブルを見つめていたサナが、言葉を選ぶようにゆっくりと低い声で話を始めた。動いているのは口だけで、表情は全く動かない。顔立ちが整っているだけに、人形がしゃべっているように見える。

「私のお給金は大公様から支払われていますが、大公様は私の顔さえご存知ないと思います。私はリュエンデお嬢様に仕えておりました。リュエンデお嬢様は聡明でお優しい方です。私を可愛がってくださいました。今はお心の病で引きこもっていらっしゃいますが、お輿入れの前は、本当に穏やかでお優しい、ほがらかな方でした」

「あなたの実家は? 調べればわかるけれど、手間を減らしてくれるかしら」

「ミッドラン伯爵家です。私は四女で、貰ってくれるところがあればどこへでも嫁ぐように言われて育ちました」

エドワード様に目を向けると、小さくうなずいている。サナの身元はすでに確認済みらしい。

「リュエンデお嬢様は奥様の犠牲者です。私がおそばに上がるようになった時にはもう、奥様に逆らうことなく、学問に取り組んでいらっしゃいました。でも本当は……本当は学問なんかお好きではありませんでした。奥様に厳しく叱られるから仕方なく取り組んでいらしただけ。奥様はお嬢様にひたすら知識を詰め込んで……。だからお嬢様はハグルに嫁ぐことを喜んでいらっしゃいました。『やっと地獄から解放される』と繰り返しおっしゃって」

そこまで言ってサナは暗い顔で黙り込んだ。

今この話をしたということは、「だから私は大公夫人を殺そうとした」と言外に続いているのだろう。サナの説明で抜けている部分は容易に想像がついた。

「つまり、実家に戻ってその地獄が再開されたから、リュエンデ様は『母を殺せ』とあなたに命じたのね?」

それまで無表情だったサナが慌てた。

「いいえ! 私の一存で殺そうと思いました! 眠っている奥様のお顔にクッションを押し付け、もう少しというところで、他の侍女が起きてきたので失敗しました」

「ふうん」

首を絞めてもナイフを使っても他殺とわかってしまうから、病死に見せかけるためにそんな方法を選んだのか。サナに教える必要がないから言わないが、クッションや羽枕で窒息死させたところで、遺体の顔にその痕跡は残る。詳しい者が見れば他殺とわかるのに。

この人、戦闘技術はあるけれど暗殺の知識はそれほどない。

「せめて奥様の面子を潰してやろうと思い、あなたに襲い掛かったのです。あなたを殺すつもりはありませんでした。でもあなたがあまりに強くて、手加減などできませんでした。あなたに怪我を負わせることもできないまま私が殺されては 犬死(いぬじに) だと思い、全力で戦ってしまいました」

何も考えずに聞いている分には、リュエンデ様を思うあまりのサナの暴走と聞こえるけれど、奥様の面子を潰すためだけに自分の命をかけるだろうか。お嬢様を真に思うなら、ここは余計なことをせずに命尽きるまでお嬢様に寄り添う道を選ぶのが普通ではないだろうか。

お嬢様を一途に思うサナの立場で今の話をもう一度頭の中で組み立てると、答えが浮かび上がってきた。

「すぐバレるような嘘を私についても無駄よ。もし大公夫人を仕留められなかった場合、この国の誰かを襲って騒動を起こせと、そこまでリュエンデ様に指示されたのでしょう? たとえあなたが死罪になろうがやり遂げろと、そう命令されたのよね?」

「そんなことは……命令されていません」

元気のない声で否定するが、視線の落ち着かなさが「そのとおり」と白状している。

「あなたが不始末を起こして大騒ぎになる。その理由を聞かれたらあなたは『大公夫人がリュエンデ様に学問を無理強いするから』と答える。その結果、大公様が大公夫人を抑え込むだろう……リュエンデ様はそう考えたのかしら?」

「違うっ! 私の一存です! お嬢様のために私はっ!」

思わず小さくため息をついた。

「大公夫人が自分の願望を娘に押し付けたように、リュエンデ様は自分の願いをあなたに押し付けたの。どんなに母親を嫌っていても、一番嫌っている部分が似てしまったようね」

「違うっ! お嬢様はそんな人じゃない! 何も知らないくせに! お嬢様がどれほど苦しみながら勉強していたか知らないくせに! わかったようなことを言うな!」

強く否定しているが、顔は怯えている。エドワード様を見ると、完全な無表情。だが、席を立たないところを見ると、まだ私が尋問してもいいようだ。

サナを哀れに思う。大切にお仕えして自分の命まで捧げようとしているお嬢様は、サナを使い捨ての道具としか思っていない。そうでなければ、こんな無茶なやり方をさせるはずがない。

我の強い母と娘。憶測だが、リュエンデ様が嫁ぎ先で心を病んだのは、やっと厳しい支配から逃れられると思ったのに、嫁いだ先でも支配されたからかもしれない。リュエンデ様には柳に風と受け流す柔軟さと 強(したた) かさがなかったのかもしれない。全ては「かもしれない」だ。

「質問を変えます。あなたのナイフ使いは、どこで学んだの? 実家の伯爵家かしら?」

サナがコクリとうなずいた。

「どこへでも嫁に行けと言って育てた割には、ずいぶん変わった花嫁修業をさせられたのね」

「うちは……うちは代々、武の家柄だから」

「何歳から訓練を受けたの?」

「五歳からです」

五歳から対人戦を仕込まれ、貰い手があればどこにでも嫁に行けと言われ、何かの役に立つだろうと鍛えられたサナ。敬愛するリュエンデ様に仕えれば、「お前の命を懸けて私の母親を始末してこい」と言われてしまう。

サナにノンナを重ねてはいけないと思いながら、胸が痛む。目を閉じ、首を振って同情を振り払った。

「ランダル国内で馬車を襲わせたのも、リュエンデ様なの?」

「知らない。本当です。私は何も聞いていません。だから野盗みたいな連中に馬車が襲われたとき、とても驚きました」

サナの目をずっと見ているが、嘘を言っているようには見えない。

つまり、偶然襲われたのでなければ、末娘のリュエンデ様以外に、大公夫人の命を狙う人間がいるということだ。大公夫人はあちこちから命を狙われているらしい。

「そこまででいいだろう。この者にはしばらく眠ってもらおうか。薬を自分で飲むか? それとも注射されるほうがいいか?」

エドワード様の声には有無を言わせない迫力があった。サナは「薬を飲みます」と答えて、白衣の男性が差し出した薬を自分で飲んだ。サナはどこかへ連れて行かれた。医者はサナに同行していなくなり、室内は私とエドワード様だけになった。

「なかなか上手いじゃないか。君は尋問の技術も学んでいたのかい?」

「いいえ」

「そうか」

そう言ってエドワード様は私に背を向けたが、立ち止まり、振り返った。

「ジェフはご存じの通りの堅物だ。この先、君が弟を尋問することはないだろうが、万が一そんなことがあったとしても、ほどほどにしてやってくれ」

思わず苦笑してしまった。

「ジェフを尋問することなどありません」

「そうかもしれないな。君はジェフを尋問するぐらいなら、さっさとジェフの前から消えることを選びそうだ」

それだけを言うと、エドワード様は出て行った。

(それは違いますよ)と心の中で反論した。ジェフを尋問することはないし、黙って姿を消すこともない。

やっと手に入れた幸せを手放す事態にならないよう、ジェフに感謝と愛を伝えながら毎日を生きている。ジェフと共に生きていきたい。

今の生活がどれほど貴重でありがたいことか、私は知っている。

私も部屋を出ようとして、サナが飲んだカップを何げなく手に取った。カップの底に、わずかに白い粉が溶け残っている。指先に粉をつけて味見をした。

シェン国のエンローカム家で味見させてもらった薬と同じ、わずかな苦みと甘みがした。注射する薬とは効果も値段も違うが、自白効果がある薬だ。

なるほど、サナが妙にスラスラしゃべると思ったら、途中から薬が効いていたのか。