軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

112 手段は選ばない

サナは私の手刀を受けながら上身体をのけ反らせ、首が受ける衝撃を逃がした。考える前に身体が動かなくては間に合わない技であり、ナイフを振り下ろしている途中でこれができる人は限られている。

衝撃を逃がしたとはいえ首に打撃を受けたのに、サナは攻撃の手を緩めない。ナイフで何度も私に斬りかかってくる。無駄のない動きだが、私はそれを全て避けた。サナが少しずつ焦りを募らせている。

ナイフを避けながら私はドアから遠ざかる。ドアの近くで闘っていては衛兵に気づかれてしまうだろう。衛兵がこの状況を見たら、彼らは他国の侍女より自国の子爵夫人の命を優先する。サナを死なせてしまうかもしれないし、サナが観念して自決しても困る。死なれては何も聞き出せなくなってしまう。

私を襲った理由を知りたいし、大公夫人が倒れたのはサナのせいなのか事故だったのかも確認したい。死なせるわけにいかない。だから小声で彼女を 煽(あお) って隙を作らせることにした。

「あなた、気が弱いふりをしていても殺気がだだ洩れだったわ。演技が下手すぎて、笑うのを我慢するのが大変だった」

「くっ!」

カッとなったらしいサナの動きが少し大きくなる。頭に血が上った人間は余計な力が入る。この程度の言葉でカッとなるなんて、技術に心が追い付いていない証拠だ。

ナイフを大振りするサナの呼吸が乱れてきた。私の首を横に斬りつけようとしたから、ナイフを避けてから拳をみぞおちに思い切り叩き込んだ。

「がぁっ……クゥッ!」

呻き声を漏らし、前のめりになったまま呼吸できないでいる。その背後に回って彼女の右腕を抱え込み、肘の関節をねじり上げた。この技はサナが抵抗しても我慢し続けても、肘関節の靭帯が切れる。サナはナイフを取り落としたものの、私の左側頭部に頭突きをしてきた。

ゴッ! という鈍い音と頭部への強い衝撃。仕方ない、このままもう少し様子見で闘ってみたかったが、サナの肘関節を締めていた腕に力を入れた。ゴキッと鈍い音がしてサナの身体から力が抜けた。

「ああああっ!」

サナは自分の悲鳴が漏れないように左腕を口に当てて叫んだ。やっぱりかなり訓練されている。もう闘えないサナを突き放し、彼女のナイフを拾う。刃渡りは十センチくらいの小さなものだ。刃はしっかりと研ぎ澄まされている。

床に崩れ落ちたまま荒い呼吸を繰り返しているサナに近寄った。手が届くところまで近寄ると、倒れた姿勢のまま私に足払いをかけてきた。まだやる気か。頑張るわねぇ。

「はぁ……はぁ……あんた、何者? 特務隊の人間?」

「いいえ。強いて言えば……王妃殿下のおつかい係、かしら」

サナの右腕はもう無力だ。彼女のナイフをドアの近くに放り投げ、今度は左腕を背中側にねじり上げて小声で話しかけた。

「これ以上抵抗すると、両腕を動かせなくなる。用を足すたびに牢番の世話になるの。それは嫌でしょう?」

サナが憎々し気に私を睨む。

「意地悪でごめんなさいね。人でなしの自覚はあるわ」

囁(ささや) く会話はそこまでにして声を張り上げた。

「衛兵! 衛兵!」

ドアがバッと開かれ、衛兵が駆け込んできた。足を止め、私とサナの様子に驚いている。

「ナイフで私を襲ってきました。この人のナイフはあそこにあります。連行してください。私もついて行きます。尋問に立ち会いますので」

「アッシャー子爵夫人が……尋問に立ち会うのですか?」

「ええ。王妃殿下のご指示です」

そこまでの指示は受けていないけれど、この程度の嘘は許容範囲だろう。

床に押さえつけられたサナは、自ら舌を噛まないようさるぐつわを使われ、縛り上げられた。衛兵に彼女を引き渡してから、開かれたドアから室内を覗いている三人の侍女たちに声をかける。

「あなたたちも取り調べを受けることになります。拒否権はありません。サナは他国の王城内で刃物を振り回し、子爵夫人の私を襲いました。同僚のあなたたちに全く責任がないとは言わせませんよ。人が来るまで、ここで指示を待つように」

三人の侍女は真っ青な顔で何度もうなずいている。私は近くから駆け付けた別の衛兵に彼女たちの見張りを頼み、連行されるサナと一緒に移動した。衛兵は北棟の地下室へと進む。私が初めて立ち入る場所だ。

地下室はあちこちにランプが掛けられていて、窓がなくても十分に明るい。行き止まりの部屋のドアが尋問をする場所らしい。サナは両腕を後ろに回して縛られている。肘の靱帯が切れた状態で後ろ手に縛られれば酷い痛みがあるはずだが、顔を歪めているだけで一切声を出さない。

尋問室の中央に簡素な机と椅子が二脚。部屋の隅にもう一つ机と椅子。

サナは中央の椅子に座らされ、縄で椅子に縛り付けられた。すぐに目から下をスカーフで隠したエドワード様と白衣の男性、記録係らしい男性の三人が入ってきた。

エドワード様が私に話しかける。

「活躍したそうだね」

「取り押さえることができて、安堵しております」

「尋問に立ち会いたいのかな?」

「はい。ぜひ」

「まあ、いいだろう。だが、我々の尋問は立ち会ってもさほど張り合いはないよ」

すると医師と思われる白衣の男性が口を挟んできた。

「あの薬を使うんですか?」

「ダメなのかい?」

「予算は足りていますか?」

「ああ、そっちか。そうだねえ。使い捨ての下っ端ごときに高い薬を使うのはもったいないと言えばもったいないか。だけど、大公夫人の関係者を拷問したら後から面倒くさいことになるじゃないか。そうだなぁ。それなら……衛兵、君たちは外してくれ」

衛兵たちが部屋から出て行った。あら? この流れはもしかして……と思っていたらエドワード様が私を見る。

「どうだい? 君が尋問してみないか?」

「承知しました」

私でよろしいのでしょうか、という謙遜は無駄なので省いた。

エドワード様の目に珍しく感情が現れていた、この人、間違いなく私が尋問する場面を楽しみにしている。おそらく、サナが何を自白しようが内々に処理され、大ごとにならないのだろう。

私はサナの向かいの席に座り、彼女の顔を見た。サナは私を睨んでいるが、気にせず尋問を始めた。

「では私が尋問します。舌を噛まれたくないから、さるぐつわはそのままです。首を振って『はい』か『いいえ』だけを答えなさい。答えない場合、あなたの雇い主が責任を問われることになるわ。誰が雇い主かはすぐにわかることよ」

サナの視線が少し動いた。

あの状況で私を殺したら、サナは間違いなく死刑だ。捨て駒となる覚悟がなければあんな愚かなことはできない。命令した人間によほどの忠誠を誓っているか、よほどの弱みを握られているかだ。

「あなたが捨て駒になったところで、あなたの命ではとても責任を取りきれない事態になったの。大公夫人の面目は丸潰れです。それはランダル王国の面子が潰れることでもあるのよ。アシュベリーの特殊任務部隊はとても有能です。あなたに命令を下した人が誰かなんて、必ず調べ出すわ。そうなればあなたの雇い主は終わりです。あなたが滞在先の王城で他国の貴族を殺そうとした以上、命令を下した人は、身分が高い人であっても一生を牢獄で終えるわね」

サナは机を見ているが、私の話に耳を傾けている。

「でも、あなたが正直に事情を話せば、アシュベリーは貸しを作る形で収めるはずよ。この事件は表沙汰にならず、あなたに命令を下した人はこの先も平穏に暮らせます。どうする? 雇い主の人生を終わらせたい? それとも助けたい?」

サナが誰かに弱みを握られて捨て駒になったのなら、自分の道連れとして命令を下した人の失脚を望むだろう。しかし忠誠を誓った相手のために騒ぎを起こしたのなら……ここは迷うはずだ。サナの目が忙しく動いている。

「あなたは大切な人のために、この騒ぎを起こしたのでしょう?」

少し間が空いてからサナがうなずいた。よかった。

サナの事情がどうであっても、アシュベリー王国はランダルに対して表立って騒ぎ立てたりしないだろう。だがサナにそれを知らせる必要はない。私は事件の背景を知ることができればいい。

サナ、人でなしでごめんなさいね。私は私の大切なもののために生きる。守りたいもののためなら、嘘くらい平気でつく女なのよ。