軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

111 大公家の話

ハグルの特務隊を抜けてから、私は他王国の最新情報から遠い。だから大公夫人のことに限らず、クラーク様の最新情報はとても興味があった。

「大公夫人のご実家は、学者を何人も輩出しているランダルの侯爵家です。夫人も大変優秀だったと聞いています。しかし、ランダルはアシュベリーと同じように男系相続の国です。エマ様は侯爵家の四人の子供のうち一番学力に秀でていたそうですが、王弟殿下の婚約者に選ばれたため、勉学への道は断たれました。その後、王弟殿下が大公になり、エマ様は大公夫人になったのです」

一気に説明したクラーク様が果実水を品よく飲んだ。

「大公様とエマ様の間には現在、三人の成人したお子様たちがいらっしゃいます。令息、令息、令嬢の順です。二番目がエリオット様で、末っ子のご令嬢が特に優秀だったそうです」

「まるでかつてのエマ様と同じなのね?」

「ええ。エマ様は末っ子のご令嬢を跡継ぎにできないか、または学者として生きていく道はないか、周囲にかなり働きかけたそうですが、そうはなりませんでした。大公家の跡継ぎはご長男に決まり、末っ子のご令嬢はハグルの王族へと嫁ぎました」

それはそうだろう。国王の弟が法に背くような相続はできないし、王族の令嬢は国の利益のために嫁ぐのが最大の仕事だ。

「ご令嬢はハグル王国に十七歳で嫁ぎましたが、二年を経ずに心を病みました。療養という名目でランダルに戻り、そのままだそうです。今は引きこもり中。彼女の夫には跡継問題解決のため、もう別の女性がいるそうです」

「大公夫人が今になって女性の社会的地位の向上に躍起になっているのは末娘の件がきっかけなのか?」

ジェフの質問に、クラーク様が首をかしげる。

「そうかもしれませんが、今になって女性の地位向上を焦っても、他家に嫁いだ末娘が大公家を継ぎ直すことはできません。むしろ学者の道をひっそり続けられる状況なので、大公夫人が躍起にならなくてもいいはずです」

「襲撃されるほどの恨みを買ってまで、女性の地位向上を急ぐ理由はなんなのでしょうね」

「ランダルの友人も僕も、そこは謎です。先生、叔父さん、僕はそろそろ帰ります。今夜はごちそうさまでした」

クラーク様はノンナに門まで見送られて帰った。私が寝る前に髪の手入れをしながら考え込んでいると、ジェフに背後からそっと抱きしめられた。

「俺の奥さんは何を考え込んでいるのかな?」

「まだはっきりとした考えがあるわけじゃないの」

「何かあったら一人で突っ走らず、俺に相談をする約束だよ?」

「ええ、約束は忘れていないわ」

何かが心の中に引っかかっている。だけどまだ形にはなっていない。

「表向き、大公夫人が我が国にいらっしゃった理由は、『アシュベリーは女性の社会進出が進んでいるから見学したい』ってことだけど、本当にそうなのかしら」

「訪問の目的は他にあると?」

「勘、ですけど。少し調べてみたいのです。いいですか?」

「君がしたいように。兄上に聞いてみたら? そのほうが早そうだ」

「いいんですか?」

思わず声が大きくなってしまった。ジェフはエドワード様の仕事に私が関わることを、強く嫌っているのだと思っていた。

「君が知りたいことを兄上が知っていたら、効率がいいだろう? 君が早く疑問を解決出来たら、俺のところに早く帰ってくる。違うのかい?」

「その通りよ。ジェフ、いつもありがとう」

ジェフはいつでも私を自由に過ごさせようとしてくれる。私は、その思いやりに、毎回胸がいっぱいになる。

大公夫人の翌日の大きな予定は、平民が通う学校の見学だった。学校で学んでいるのは経済的にゆとりのある層の子女だ。それでも平民のために国のあちこちにたくさんの学校を建てて運営に多額の資金を投入している国は、周辺各国を見回してもそう多くない。

アシュベリーは商業国なので平民の教育は必要に迫られたことと、「国の繁栄に平民の教育は不可欠」と考えた国王がいたことで、ここまで学校教育が充実したと聞いている。

翌朝、エドワード様に話を聞いてみようと思いながら予定より早くお城に上がったら、城の中が微妙にザワザワしていた。

(何があった?)

デルフィーヌ様の私室に急ぐ。途中で来賓と王族の居住区域から走ってきた警備兵を捕まえた。

「何がありましたか?」

「大公夫人が室内で倒れました。今は医務室です」

「医務室? 医者が駆け付けたんじゃなくて?」

「医務室です」

礼を言い、医務室に向かった。つまり治療にあれこれ道具が必要なほどの大怪我か、解毒にどの薬が必要かわからない毒物の可能性ってことか?

医務室の前にはランダルの護衛が立っている。護衛に話しかけようとしたところでエリオット様が医務室から出てきた。エリオット様は険しい顔で私の前に立った。

「すまないがあなたは外してほしい。面会は私とランダルの者だけにしたい」

「かしこまりました」

踵(きびす) を返し、デルフィーヌ様の部屋へと急いだ。

「ああ、来てくれたのね。アッシャー夫人、大公夫人が倒れたの」

「大公夫人は体調不良ですか? それとも誰かに襲われたのでしょうか」

「まだわからない。侍女が夫人を起こそうとしたら、倒れていたらしいのよ。まだ朝早いのに窓が大きく開いていたそうだから、そこから賊が入ったのではないかと警備兵は言っていたわ」

「大変なことになりましたね」

「ええ。とんでもなく大変なことだわ」

デルフィーヌ様のお顔には濃い憂いが張り付いている。

「現場を見たいのですが」

「いいわ。第三騎士団の調査は終わっています。警備の者には私に頼まれたと言いなさい。これを見せれば通れます」

渡されたのは手のひら大の黒檀製の丸い板。表面にはアマリリスの精緻な絵が描かれ、金糸の房飾りがついている。誰の用事で来たのかを証明するデルフィーヌ様の紋章だ。

すぐに大公夫人が泊まっていた部屋へと向かった。途中の通路には普段より多い警備兵。ドアの前には二人。その二人にアマリリスのご紋章を見せた。

「デルフィーヌ様のご指示で参りました。中に人はいますか?」

「大公夫人に同行してきた侍女たちがいます」

「侍女たちには出てもらい、私がいいと言うまで室内に入れないでください」

こういう場合は遠慮がちに言うのではなく、王妃様の威光を笠に着た態度の方が話が早い。二人の警備兵は顔を見合わせたが、「少々お待ちを」と言って一人が中に入った。中から抗議するような女性の苛立った声が聞こえてくる。まあ、そうなるでしょうね。

警備兵が戻ってきた。

「一人はどうしても残ると言い張っていますが」

「そう。それで結構。では中に入ります」

殺気立った顔の若い侍女が一人、怯えている顔立ちの侍女が三人の合計四人。殺気だった顔の侍女が私に詰め寄った。

「室内はもう散々調べたではありませんか。ここには貴重品がたくさんあるのです。奥様の許可なく私たちが持ち場を離れるわけにはいきません」

「ええ、わかっています。しかしこちらも原因究明の責任があります。王妃様のご許可を得ております。どなたか一人、残って貴重品と共に奥の部屋で待機してくだされば結構です。そうですね、あなたが残ればいいでしょう」

食ってかかってきた気の強そうな侍女を指名したが、怯えた顔の侍女の一人が困った顔で声を出した。

「私が残ります。サナと申します。奥様のアクセサリーの管理は全て私が任されております。私が残ってもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

サナは二十歳くらいか。淡い茶色の髪に赤みを帯びた茶色の瞳。うっすらとそばかす。サナを残して他は退室した。サナは洗面器ほどの大きさの、豪華な宝石箱を抱えて隣室に移動した。さっそく部屋の中を点検する。第三騎士団が調べた後なら、見るべきものはもうないだろう。天井から床までの大きな窓はもう閉められているが、開けてバルコニーに出た。

バルコニーの手すりを目視するが、金属の鉤を引っかけたような痕跡はない。真上にはここに下りるような場所もない。屋根ははるか上。屋根からロープなどで下りてくるにはかなりの腕とロープを回収する手間か仲間が必要。ロープをそのままにしておけば侵入したことがすぐに発覚してしまう。私なら選ばない方法だ。

視線を感じて控室を見ると、気弱な侍女が室内から私を見ている。「窓の外を見るな」とは言っていないから仕方ない。にっこり笑いかけてみたが、オドオドと視線を逸らされた。

部屋に戻り、控室をノックしてから開けた。

「ありがとうございました。確認は済みました」

「もうよろしいのですか?」

「ええ。お邪魔しました」

歩き出した私をビクビクした様子で見送ろうとするサナ。私はドアノブに手を伸ばしたところで素早く振り返り、サナが振り下ろしてきたナイフを避けつつ彼女の首に手刀を入れた。