作品タイトル不明
114 嘘を見破る
サナへの尋問は、「ここから先はうちがやるから」というエドワード様の指示で打ち切られた。
「サナはランダルに送り返されるのですか?」
「そうなる。私も指示したのはリュエンデ様だと思っているが、サナは否定しているし証拠がない。リュエンデ様に我々が口出しできることは何もない。サナは大公夫人の殺人未遂を自白しているし君への暴行の現行犯だ。我が国はランダルに貸しを作れる」
エドワード様のおっしゃることはもっともだ。私は了承して城を後にした。
自宅の庭のベンチに座ってぼんやり庭を眺めていたら、ノンナが帰ってきた。エリザベス嬢の家に出かけていたはずだが、また馬車を使わなかったらしい。
「お母さん、ただいま帰りました。今日はもう通訳の仕事は終わったの?」
「お帰りなさい。大公夫人は少しだけ体調不良なの。ご子息のエリオット様がいらっしゃるから、通訳の出番はないのよ」
「ふうん。それで、なんでお母さんは元気がないの?」
ノンナは幼い時から私の変化に敏感だ。母親に捨てられた過去は、痛みが消えても傷を残した。いまだに身近な人間の様子によく気がつく。もう本能のようなものだろう。
ベンチの隣をポンポンと叩き、ノンナが腰を下ろしてから話を始めた。
「今日、嘘をついている人を見たの。私は他人の感情を読む訓練をたっぷり積んで、仕事の現場でも相手の嘘を見抜く経験を積んできた。だから、たいていの嘘は見抜くことができるの」
「嘘が見抜けるのはいいことでしょう?」
「場合によるわね」
「何があったの? 私にも聞かせて?」
ノンナの金色の髪を撫でながら思わず口の両端を上げてしまう。
「そうねえ。あなたはもう、子供ではないものね。今日ね、大切な人をかばって、『悪いことをやったのは自分の意思です』って言う人がいたの。でもね、嘘をついているのがはっきりしていた。その人が哀れで、少しつらいかな」
ノンナの肩に頭をもたれて目を閉じる。
サナは親に「貰ってもらえるならどこへでも嫁に行け」と言われて育った。美貌でのし上がるタイプではなかったから、何かの役に立てばと厳しい訓練を課せられた。その技術があったために敬愛しているお嬢様に捨て駒にされた。
サナは大公夫人の殺害未遂を自白している。下される刑が重いことは間違いない。考えても仕方がないことをぼんやり考えていたら、ノンナが私の肩を叩く。
「お母さん、嘘を見抜くってどうやるの?」
「真実を知らないほうが幸せな場合も多いのよ? それでも知りたい?」
「それでも知りたい」
「周りの人の嘘に気づいて、人間が嫌いになるかも」
「ならないと思うよ。お母さんは、嘘を見抜く方法を何歳で教わったの?」
「最初の授業は十歳。それから難度を上げながら十五歳まで。二十七歳まではずっと仕事で人の嘘を見抜いてきたわ。逆に私も相手に嘘を見抜かれない方法が上手くなった」
「ではその知識を十三歳の私に教えてください。私も手札を増やしたいです」
即答できなかった。ノンナにはクラーク様がいる。私やジェフもいる。だけど未来はいつどうなるかわからない。疫病で私たちやクラーク様がこの世を去り、ノンナだけが生き残ることだってある。
その日の夜、嘘を見抜く方法を教えるべきかどうか、ジェフに聞いてみた。
「俺はいいと思うよ。ノンナなら周囲の人間の嘘を見抜いても、人間に絶望したりしないような気がするんだ」
「そうだといいけれど」
「俺たちを見ていれば、人間に嫌気がさす前に『こんな人間もいることだし』って前向きになってくれると思うが」
ジェフは悲惨な家庭環境で育ったにしては人間を嫌っていない。ずっと守ってくれていたエドワード様の存在が大きいのだろう。
その夜、ジェフも同席してノンナに嘘の見破り方を講義することになった。ノンナは目を輝かせている。意外なことにジェフも。
「なんであなたまでワクワクしているのかしら」
「軍務副大臣としては、腕利きの君から教わることは何でも興味深い。ダメかい?」
「いいえ。ちょっと気恥ずかしいだけ。では私が知っていることを話すわね」
ハグルの養成所で教わった基本的なことはそう多くはない。指を折りながら話を始めた。
「一つ目。嘘をつく前に、人は上を見ながら考えることが多い。二つ目。嘘をつく時に緊張するため、瞬きが増え、瞳孔が開く」
三本目の指を折った。
「三つ目。普段より饒舌になる。後ろめたい気持ちがある人は、言わなくてもいい言い訳を言うものよ。四つ目。口調が早くなる。五つ目。鼻や口に手を持っていきがち。六つ目、緊張や恐怖を感じている人独特のにおいがする。ただし、嘘をつき慣れている人にはどれも当てはまらない」
「なんで?」
「嘘をつき慣れている人は嘘をつくことに罪悪感がないからよ。息をするように自然に嘘をつくから、これらの兆候は見られない。工作員も同じく。この六つの他に、つま先の向き、腕の組み方なんかも見るけれど、それはまあ、この六つを見抜けるようになってから、かしら」
「ほええ」
ノンナが間の抜けた声を出し、ジェフが何か言いたそうに私を見ている。
「何かしら」
「君は相手の仕草をいつもチェックしているのかい?」
「そうね。無意識に確認しているわね。もう習性になっているから、誰としゃべるときでもそこは観察していると思う。なおかつ、相手が嘘をつき慣れているかどうかも探っているわね。でもあなたやノンナにはこの方法を使っていないから、安心して」
今度はノンナが手を挙げた。
「お母さんが同情していた人は? どうだったの?」
「大切な人をかばうとき、早口で必死だった。瞳孔が縮んで……少し酸っぱいようなにおいの汗をかいていた。緊張や恐怖を感じているときにかく汗のにおいだったわね」
「すぐわかるもの?」
「ええ、私は嗅覚が鈍らないよう香水のたぐいは一切使わないようにしているし、仕事で何度も似たにおいを嗅いでいる。今日話をした人は、嘘をついている人特有の兆候が全部揃っていた。ただ……私が把握したことはどれも正式な証拠にはならない」
記録されるのはサナの殺人未遂の自白と、私を襲ったという事実のみになる。リュエンデ様を守ろうとしていたサナの様子を思い出した。
国王の姪という立場で生まれたリュエンデ様は、そんなサナのことをどう思っていたのだろう。唐突にデルフィーヌ様が侍女のエリーを大切に思っていたことを思い出した。
「ジェフが爵位を 賜(たまわ) ることになったとき、私は正直、『爵位は重荷だ』と思っていたの。でも、今は少し違う。身分制度がある以上、貴族の爵位は身を守る 鎧(よろい) のようなものだと思うようになったわ」
「なぜ考えが変わったんだい?」
ジェフが意外だ、という顔だ。
「子爵の立場は一代限りというお話だったけれど、ジェフが軍務大臣になれば、おそらく爵位は上がって伯爵となり、一代限りではなくなるでしょう。それはノンナの鎧になると思う。私やジェフが急にいなくなったら、この子は自分の身は自分で守らなきゃならなくなる」
「俺たちになにかあってもクラークがいるだろう」
「……それもそうね」
ノンナがいるから言わないが、人生はいつ進む方向が変わるかわからない。ノンナがクラーク様と結婚するまで私とジェフが生きているとは限らない。爵位上がりの前なら、一代限りの爵位は返すことになり、ノンナは平民となる。
外務大臣の父を持ち伯爵家の一人息子であるクラーク様を狙っている貴族のご令嬢は多い。権力者が割り込んでくれば、想い合う二人の気持ちだけではどうすることもできない場合もある。やはりノンナには私が持っている知識を全て授けておく方が安心か……。
そこまで考えて苦笑した。幼くして火事で人生を終えた妹エミリーのことを、私は今も忘れられないでいる。そしてエミリーとノンナを無意識に同一視して、この先もずっと守らなきゃと考えてしまった。
「私、老いたわ」
思わず本音を漏らした。来てもいない先の不幸をあれこれ心配するようになったのは、老いを感じているからだ。私はまだ三十三歳だが、数年前と比べれば身体能力が少しずつ落ちている。特務隊から逃げ出した頃が、私の身体能力のピークだった。
「えええ? 老いてないよ。お母さんはすごく若いよ」
「君が老いたと言うなら俺はどうなる」
本気でそう言う二人を見て「ふふふ」と笑ってごまかした。身体能力が落ちていくのなら、少しでも低下が遅くなるように身体を鍛え、経験で能力の低下を補おう。弱気になるのはもっと先でいい。
ノンナが部屋へと引き揚げてジェフと二人になった。
「老いたことを言い訳にするのはまだ早かったわ。大公夫人が帰国するまでは、しっかり役目を果たさなくては」
「大変だろうが、君の出番ももう少しだ。頑張ってくれ」
「ええ。もちろんよ」
ジェフが少し迷うような雰囲気を漂わせながら私に尋ねる。
「相手の本心を探りながら会話していた現役時代、君はどんな気持ちだった?」
「私は……楽しかった。日々、対象者と勝負をしているような気分だったの。そういう意味では、私はとても工作員に向いていたのね」
「そうか」
ジェフが私に近寄り、無言で抱き締めてくれた。そしてもう一度繰り返す。
「そうか」
私の頭をそっと撫でてくれる。私の銀の騎士は心配症だ。きっとまた何か私のことを心配しているのだろう。
この心配症の大男を、この先もずっと守って安心させてあげたい。
私はジェフの腕に手を重ねた。