軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

107 私の物語

「君のことだからノンナを連れて行く以上は、危険はないだろうと思っていたが。そうか、大公様にも気に入られてしまったか」

「大公様の勧誘からは、デルフィーヌ様が守ってくださったわ」

「実は陛下から今回のことについて、おおよその説明は受けていたよ。『ちゃんと説明しないとジェフは捜しに行ってしまうだろう?』とおっしゃってね」

ジェフは少し不満そうだ。

「俺はそこまで君に夢中だと思われているんだな。……まあ、そのとおりなんだが」

「心配をかけました」

二人でソファに並んで座って、ここまでの話を全部説明した。ジェフリーは私の髪を指先で 弄(もてあそ) びながら話を聞いてくれた。左腕は私の腰に回し、頬を私の頭にくっつけている。これ以上は密着しようがないほど密着している。

「いくつかわからないことがある。周旋業者のエイブラムは、なぜそんなに簡単にワーズ侯爵家の隠し通路を君たちに教えたんだろう」

「私もそれが不思議だった。イルが薬の製造と 卸(おろし) で有名な家の息子だからだと思っていたけれど、それだけじゃなかったわ。ザハーロさんが『実は』と教えてくれたことがあるの」

ザハーロさんの名前を聞いて、ジェフが私の髪に触れていた手を止めた。仕事のためとはいえ、私がザハーロさんと夫婦役で行動していたのが気に入らないのだ。その件に関しては申し訳ないと思っている。

「ザハーロさんがまだ若くて裏社会の人間だった頃に、たまたまエイブラムの息子さんを助けたことがあるんですって。裏路地でお金目当てに襲われていたのを助けたそうよ。それ以来、エイブラムはザハーロさんに恩義を感じているみたい」

「なるほど。元大泥棒は義理堅い男なんだな」

「そのようね」

長い報告を終えて、冷めたお茶を淹れ直そうとした。だがジェフの手が私をがっちり抱え込んでいて動けない。

「ジェフ? お茶を淹れ直してくるわ」

ジェフは聞こえないかのように知らん顔だ。

「君はまるでおとぎ話の本だな。ページをめくるたびに想像もしなかった刺激的な話が始まる。結婚する前は『この人にはどんな物語が隠されているんだろう』ともどかしく思うこともあった。でも今は君が紡ぐ物語を聞くのが楽しみでもあり……」

ジェフがそこで言葉を途切れさせた。「心配でもある」と言いたいのだろう。けれど、そう言ってしまえば私を縛り付けることになるから言わないのだ。

「ジェフ、私の物語は、六年前に変わったのよ。誰も信じないで生きていた私の物語は、銀の髪の大男に愛されて二人で生きる物語になった。だから安心して。何があっても、どこへ行っても、私は必ずこうしてあなたのもとに帰ってくる」

「そうしてくれ」

「私がデルフィーヌ様の依頼を受けたこと、許してくれてありがとう」

「何度も言っているだろう? 君の翼を折ってしまったら君は君じゃなくなる。君が生き生きと暮らすことが、俺の望みだ」

「ジェフ……」

私の銀の 騎士(ナイト) はにっこり笑うと、軽々と私を抱き上げ、そのまま寝室へと移動した。

◇ ◇ ◇

翌日、修道院に顔を出した。院長から収支報告を受けている。

「奥様、奥様がレシピを伝授してくださった軟膏は、水仕事をする庶民だけでなく、傷を作りやすい騎士様や鍛冶職人、料理人、お針子さん、その他たくさんの人々に歓迎されています。予約注文をさばき切れない状況です」

「いま、予約待ちはどのくらいになるのかしら」

「半年先まで予約が埋まっています。それどころか、先日は軍の備品係の方がいらっしゃって、軍にまとめて納入してほしいと言われました。軍には順番を繰り上げて納品すべきなんでしょうね?」

「そうねえ……」

軍を優先したら、他の予約客は一年待ちくらいになりそうだ。

「軟膏を作る人手を増やしましょう。修道院に住み込んでいる女性たちだけでなく、通いで働く女性も雇いましょう。早番と遅番を作って、二交代で作業すればいいんじゃないかしら。それでも間に合わないようなら、工房を増設しましょう」

「ええ、私もそれがいいと思っていました。ではその計画を修道院のほうで進めてもよろしいでしょうか?」

「そうしてください。助かりますわ、院長様」

シェン国でほとぼりを冷ましていた五年の月日は、ひと粒の種になった。種は芽吹き、葉を茂らせ、追い詰められていた女性たちの糧になっている。シェン国行きを考え出してくれたエドワード様には、本当に感謝している。

「ではその方向でお願いします。私は羊牧場に顔を出してきます」

「行ってらっしゃいませ」

マイルズさんは羊たちが寝起きする羊舎の掃除をしていた。

「マイルズさん、こんにちは」

「おや、久しぶりですね。どうしました?」

「少しお話がしたいのですが」

穏やかな笑顔だったマイルズさんの目がキラリと光る。

「ほう。どんな話かな?」

「実は最近、とある高貴な方の依頼を受けて昔の仕事に戻りました」

「昔の仕事、ね。まあ、だいたいのことは想像がつくが」

「マイルズさんの想像は当たっていますわ。でも、詳しいことは知らないほうが安全です」

「だろうなあ。それで、話ってのはなんだい?」

言葉を選びながら、お願いをすることにした。

「マイルズさんが第三騎士団と関係があったことは知っています。今も繋がりがありますか?」

「ないよ」

「即答するんですね」

「俺が中途半端に第三騎士団の仕事を引き受けたばかりに、あんたはノンナと国を出た。あんた一人ならそこまで心配はしなかったが、幼い子供を連れて逃げて暮らすのはどれだけ大変だったか。それを思って俺は何年も後悔したんだ。あんな後悔はもう二度としたくない。だから第三騎士団とは縁を切ったし、今後も関わるつもりはないんだ」

私を見る冬の空のような水色。その目が「嘘はついていない」と語っている。

「では、私が昔のような仕事をするかもしれない場合、手を貸してくれますか?」

「仕事によるな。あんたには申し訳ないと思っているが、俺は国を裏切るつもりはないんだ」

「それは心配いりません。私の夫は王国の軍務副大臣ですもの」

「そうか。それならもちろん協力しよう」

「心強いです」

そう言って右手を差し出すと、マイルズさんが大きな手で握手してくれる。

「こんな老いぼれに頼みごとをするってことは、あんた、本当に一匹狼なんだなあ」

「まあ、そうですね」

「ノンナは使いたくないか」

「ええ。本人はやりたがるでしょうけれど、あの子は近い将来、しっかりした立場の方に嫁ぐ身の上ですから。危険な仕事には関わらせません」

「あの子が嫁ぐ……想像がつかないんだが」

「もう十三歳ですからね。嫁ぐまでの数年なんて、あっという間です」

「そうだな。俺が軍を引退するまでもあっという間だったよ。よし、わかった。楽しみをくれてありがとうな」

私が微笑むと、マイルズさんは姿勢を正し、口調を変えて私に敬礼をした。

「これからの夫人は牧場の主であり、裏方仕事の上司ですね。楽しみにしております」

「口調は今までどおりで結構です。どうぞよろしくね、マイルズさん」

明るい気持ちで牧場を後にした。

家族を守るためだけに生きていくつもりでいたが、おそらくこれからはデルフィーヌ様の仕事もこなすことになるだろう。

この国の母として生きているデルフィーヌ様。あの方のお役に立てるなら、家族を守るときと同様に持っている手札を存分に活用するつもりだ。

私の物語はこの先も続く。まだ見ぬ物語の展開を、私は楽しみにしている。