作品タイトル不明
106 ジャグラーの二人
ショーの前座を務めるジャグラーのミリーとケニーは、顔立ちがよく似た双子だ。
その二人が出番の直前に、観客から見えない場所で身体を寄せて立ち、苛立った雰囲気で会話している。私は離れた場所から二人の唇を読んだ。
今まで相当数の団員の会話を読んできたが、なかなか当たりが出ない。話を盗み読みするのは、双子でもう何人目だろうか。
「そんなに怒るなよミリー」
「だってあの二人は連れ去られたのよ? もうここにいる意味がないよね?」
「まあな」
「ランダル王国でここに潜り込んで、もう二ヶ月よ? こんな暮らしを二ヶ月もしてきたのに!」
「仕方ないだろう。あんな強そうな男たちが十人も来たんだぞ? 見ている以外に手があったか? 俺はあんな集団に立ち向かって殺されたくはない。いくらお嬢様の命令でもね」
(やっと当たりに出会った)と思わず口元が緩んでしまう。
こんな庶民の集団に、高貴な身分の二人が入り込んだのだ。必ず仲介か口添えした人間がいると思っていた。
二人のジャグリングの出番になった。ガラス瓶を高々と放り投げてやり取りする芸を見せ、それなりの拍手を貰っている。深々とお辞儀をして舞台袖に引っ込んだものの、二人は舞台の袖に入るとすぐにひそひそ話を再開した。
「それにしたってさ、どの面下げてお嬢様のところに帰ればいいのよ。やっぱりあの二人をさっさと始末しておけばよかったのよ」
「それはダメだ。『イーガル王国に入ってから始末しろ』って何度も念を押されてただろ?」
「お嬢様はアシュベリーの第三騎士団を怖がってたけど、本当にそこまで凄腕なのかしらね」
そこで少しの沈黙。沈黙を破ったのはミリー。
「ね、昨夜のあれが第三騎士団かな」
「俺にはわからない。素人に毛が生えた程度の俺たちとは違う世界の人間だってことしかわからないよ」
「だよね。この先どうする? 私は……」
ミリーはそこで言葉をのみ込んだ。一番大きなテントが揺らぐかと思うほどの大歓声、拍手、口笛、指笛が聞こえてきたのだ。
「なにごと?」
ミリーとケリーが同時に仕切りの布をめくって中央の舞台を覗いた。私もそっと近くの仕切りをめくった。大テントの中央では、ノンナが黄色い大玉の上に乗り、ゆっくり大玉を転がしながら笑っている。観客の手拍子に合わせ、大玉の上でダンスのステップも踏む大サービス中だ。双子はずいぶん驚いている。
「うそぉ! なんであんなことができるわけ?」
「お前は最後まで大玉を動かせなかったよな」
「ケニーだって一度も成功しなかったじゃない! あの子、何者よ?」
「貴族みたいな外見だけどなぁ」
「まさか! どこの世界に大玉乗りしながらステップを踏めるご令嬢がいるのよ」
「例えばの話だよ。待て待て、あの少年も普通じゃない。なんだあの完璧なバク転は。何回連続するつもりだ?」
双子は私の視線に全く気づいていない。本当に素人に毛が生えた程度だ。
「お嬢様はさ、フェルナンみたいなへなちょこのどこがよかったのかしらね」
「ほんとだよ。フェルナンは身分が高くても王位継承権なんて無いも同然だしさ。家が金持ちでも自由に使える金はほとんど持たされていないんだろ?」
「フェルナンに振られたからって、こんなに手間と時間をかけて命を狙う理由がわからないわ。侯爵令嬢のプライドってやつ?」
「手間と時間を使ったのは俺たちだけだろ。お嬢様はのんびり暮らしてるよ! ああ、うんざりだな。二ヶ月のただ働きになっちまったよ」
双子の兄妹は暗い顔だ。
「どうする? ランダルに戻る? 私、アシュベリーが気に入ったわ。王都なら働き口がありそうじゃない?」
「そうだなあ。ここを抜け出して王都に戻るか? 俺もお嬢様の使用人は、もういいかな」
「いつまでも『お前らを拾ってやった恩を忘れるな』って言われてもね。散々働いて恩は返したって言いたいよ」
そこまで言ってミリーとケニーは休憩所に戻って行った。
その日のショーが終わってから、ノンナとイルは団長と団員たちの前で空中ブランコに挑戦することになった。こんな機会はもうないだろうから、私も見物させてもらうことにした。
「網は張ってある。背中から落ちれば怪我はしないから」
「はあい」
「まずはブランコを大きく揺らして、それに慣れてから……」
心配して何度も説明してくれる先輩ブランコ乗りの団員に、ノンナとイルはニコニコとうなずいている。怖がる気配が全くない。まあ、本当に怖がっていないのだが。二人の様子に先輩ブランコ乗りが困惑している。
「君たちみたいな自信過剰な子供が一番危ないんだよなあ。まあ、網があるから死ぬことはないが。そこまで怖がらないと、逆に不安になるよ」
気を揉む先輩を安心させるように、イルとノンナが話しかけている。
「大丈夫です。俺もノンナも高いところが好きですから」
「私も相手がイルなら大丈夫です。まずはやってみますから、気をつけるべきところがあったら、教えてください」
「あ、ああ、そうだな。まずは見せてもらおうか」
ノンナとイルは高い足場にスルスルと上ってブランコの棒をつかむと、迷う素振りもなく足場から飛び出した。二人はそれぞれ空中ブランコを大きく前後に揺らしている。私の近くにいる団員たちが驚いた。
「うわ、全然ためらわないで飛び出したな」
「でもさすがに、飛び移るのは無理だろう」
「まあね。飛び移るのもキャッチするのも、何十回も練習してやっとだろうさ」
イルが逆さの状態になったところで一回目のどよめきが生まれ、ノンナがブランコから手を離したところで二度目のどよめき。先輩団員たちの予想を裏切り、ノンナとイルは軽々と一回で飛び移りを成功させた。
驚いている皆の頭上でイルがノンナの手首をつかみ、ノンナはイルの手首をつかんでいる。
団員さんたちは静まり返り、口を開けて眺めている。空中でノンナをキャッチしたイルが脚を曲げ、膝の裏側あたりでブランコにぶら下がった状態で叫んだ。
「すみませーん! どうやって元に戻るか、聞くのを忘れてましたぁ!」
「私、下りまーす!」
そう言うなり、ノンナは自ら網に向かって飛び降りた。
網に向かって背中を向けて飛び下り、大きくバウンドした。空中でくるっと回転して両手両足を網に着地する。笑いながら網の上を歩いて移動するノンナの姿に、いまだに団員が沈黙している。
しばらくして、沈黙していた団員さんたちが、一斉にしゃべり出した。
「なに? 天才?」
「実は経験者?」
「あれだけ可愛くてあれだけ動けるなんて、これは……」
「スター誕生だな!」
「 不死鳥(フェニックス) 遊戯団始まって以来の大入り満員になるぞ!」
小声で始まった会話は次第に声が大きくなり、テントの中は大騒ぎになった。興奮した団員たちがノンナを囲んで騒ぎ立て、そのまま夕食の時間になだれ込んだ。ノンナはニコニコしながら団員たちとおしゃべりをしている。
私は皆にお茶を配りながら食事中のミリーとケニーに近づき、そっとささやいた。
「お嬢様からの使いが来ています。みんなが寝静まってから、テントの西に生えている大きなブナの木のところまで行ってください」
ミリーとケニーは一瞬で顔が強張った。
二人から離れながら、私はザハーロさんと視線を合わせた。ザハーロさんは厨房の皿洗いをしながら口元だけで笑っている。
◇ ◇ ◇
翌朝、 不死鳥(フェニックス) 遊戯団の団長が大声を張り上げていた。
「どこだ? ノンナとイルはどこに行った? あの両親は? 全員いない? 荷物ごと? なんでだよ! うちの大スターになるはずだったのに! まだ賃金も支払っていないんだぞ? どういうことだよ!」
「団長、ミリーとケニーもいません。二人の荷物は残っています」
「あの双子はどうでもいい! ノンナを捜し出せ!」
「あなた?」
ゆったりと出てきたのは団長の妻だ。
「なにか理由があってあの一家は出て行ったのよ。あの子は諦めましょう」
「だがお前!」
「逃げた一家を捜している時間なんてないわよ。ここでしっかり稼いで、その収入でイーガルまで移動しなきゃならないの。あなただってわかってるでしょう? 諦めましょう。当てにした団員に逃げられるのなんて、今まで数えきれないほどあったことじゃないの」
「あ、ああ……そうだったな」
妻に逆らえない団長は、大スター候補を思い浮かべながら、しょんぼりと引き下がった。
◇ ◇ ◇
王城の奥まった部屋。
呼び出された私は、デルフィーヌ王妃、コンラッド国王、そしてこの集まりを依頼したローレンス・アシュベリー大公の四人で穏やかに会話している。
「ビクトリア、素早く娘を見つけてくれたこと、礼を言う。本当に助かった」
「最初に目星をつけたところにいてくれて、助かりました」
「フェルナンとサブリナをかくまっていた二人を引き渡してくれたことも、重ね重ね助かった。おかげで誰が仕組んだことかもわかったよ」
「それはよろしゅうございました」
私は曖昧な微笑みを浮かべている。コンラッド国王がローレンス大公に声をかけた。
「大公、サブリナは軽薄な行動を取ったが、あまり乱暴な処遇は感心しないが」
「ご安心ください。愚かではありますが私の娘です。何年か山奥の修道院に入れるだけでございます。重病で婚約も結婚も見送ったことにしますので」
「それがいい」
デルフィーヌ王妃が私に笑顔を向けてくれる。
「あなたを推薦した私は鼻が高いわ。アッシャー夫人、ありがとう」
「お役に立てて幸いでございます」
「あなたが有能なものだから、ローレンス様があなたを欲しいとおっしゃるの。それはしっかりお断りしたから安心してね。あなたは私の大切な友人であり、先生ですもの」
「デルフィーヌ様……ありがとうございます」
ローレンス・アシュベリーが未練たっぷりの表情で私を見ているが、気づかないふりをしておこう。
「アッシャー夫人には全くその気がないのかね?」
「はい、大公様」
「むうう。実にもったいない。なにか望みを言ってくれないかね。謝礼も断られてしまっては、私も面子が立たないというものだ」
「それでしたら……」
「なんだい?」
少し考えて、軽い感じに伝わるように願いを口にした。
「あの双子を私に預けていただけませんか?」
「そんなことでいいのかね?」
「はい」
「欲のない……」
こうしてミリーとケニーは解放され、今は黒ツグミの店内にいる。双子の顔には殴られた跡が複数ある。雇い主を聞き出すために手荒な手段が使われたようだ。
二人を前に、私とザハーロさんはしばらく沈黙していたが、沈黙に耐えられなくなったケニーが最初に、続いてミリーが、ランダル語で話し始めた。
「すみませんでしたっ!」
「私たち、断れなかったんです! お嬢様に言われたとおりに動いただけです。あの二人が遊戯団に隠れてイーガルに逃げる計画は、お嬢様が考えたんです。俺たちはお嬢様が考えたセリフでフェルナン様に話しかけて、遊戯団に口利きしただけで!」
「でしょうね。それでね、私は大公様からあなたたちの命を預かっているの」
私がそう言うと、二人の顔に不安と希望の両方が宿る。
「この二人、俺の店で働く気はあるかな。アシュベリー語を身につけるのが条件だが」
ザハーロさんがそう言い、私がそれを通訳した。
「アシュベリー語、話せるようになります! ケニーと二人で働かせてください!」
「俺も頑張ります! だからどうか命だけは助けてください!」
「……と言ってるけど? ザハーロさん」
ザハーロさんは、なぜかこの二人が気になるらしい。
「店を大きくするなら、使用人も必要だ。この二人を雇うよ。こいつらは昔の俺と同じだ。生きるために汚い仕事を引き受けていたところが他人事には思えないんだよ。使い捨てされていることにも気づいていない。馬鹿なんだ。一度は助けてやりたい」
「それはかまわないけど、本当にいいの? この二人、人を殺めたことがあると思うわよ?」
「それも俺と同じだ。やり直すチャンスを一度だけ与えたいんだ。あんたには正直に言うが、俺は……そうやって救ってもらったことがある」
「そう……。わかったわ」
私は二人の目を覗き込みながらランダル語で話した。
「ザハーロさんが店を大きくするから人手が必要なの。あなたたちが真面目に働くなら、チャンスをあげる。でももし、私やザハーロさんを失望させるようなことをしたら、どこに逃げても追いかけて捕まえる。そして大公様に差し出す。それがどういう意味か、わかるわよね?」
「はい! はい!」
「じゃ、アシュベリー語を覚えながら、ザハーロさんの手伝いをしなさい。彼はちゃんと賃金を払ってくれる。彼はあなたたちを奴隷扱いはしない。ああ、言っておくけど、どこへ逃げても探し出すっていうのは、言葉の 綾(あや) じゃなくて、本気だから」
「それはもう、俺たちは十分にわかりましたので」
「私も誓いますから」
こうしてミリーとケニーはザハーロさんの使用人と決まった。話が一段落したところで、私は気になることを聞き出すことにした。
「ねえ、ザハーロさん、お店を任せていたジェイコブって人、古い知り合いなの?」
「古くはない。そうだなあ、半年前ぐらいから頻繁に店に通ってくれていた客だよ。『仕事を探している』っていうから、たまに手伝いを頼んでる。真面目だし、気が利く。ジェイコブがどうかしたか?」
「あの人、素人じゃないわね」
「ああ、昔は悪い仲間とつるんでいたらしい」
「そんな程度の人間じゃないわ」
私が断言すると、ザハーロさんがギョッとした。
「あの人……第三騎士団の人間のような気がするの」
「は? なんで第三騎士団の人間が俺の店で働くんだよ。俺は第三騎士団に狙われるようなことは何もしてないぞ?」
「たぶん、私が黒ツグミに通っているからね。誰かに興味を持ったらとことん調べたがる人が第三騎士団にいるの。だから、この二人を雇ったらジェイコブさんは解雇した方がいいと思う」
ザハーロさんがまじまじと私を眺めている。
「あんた、本当に何者……いや聞くのはやめておく。知らないほうが気楽だ」
「そうしてくれると助かるわ。じゃ、約束通り、明日にでも金貨四十枚を届けます」
「助かるよ。以前から狙ってたバーが居抜きで売りに出てるんだ」
「そこにも通わせてね」
「ああ、待ってるぞ」
こうして『サブリナ失踪事件』は終わりになった。
後日、ランダル王国のとある侯爵令嬢が行方不明になったそうだが、レッド・ロビンことカミラ・ゴール経由で私がその話を知るのは、しばらく後のことだ。