軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第20話:感謝の誤配

それは異様な光景だった。

ダンジョンの中層、比較的見通しの良い通路の陰で、私は息を殺してその一団を観察していた。

彼らは、3人組の若い探索者パーティーだった。

装備は新品に近く、身のこなしにはぎこちなさがある。

おそらく経験の浅い初心者であることは間違いない。

私の業務に、彼らの観察は、当然、含まれていない。

ダンジョンは常に死がつきまとい、誰かを、他人を、悠長に観察していられる余裕など、存在していないからだ。

それでも私が彼らを観察することにした理由は、彼らの不可解な行動にあった。

「……何をしているんですか、彼らは」

先頭に立つ剣を背負った青年が、壁に向かって石を投げているのだ。

一度ではなく、何度も、執拗に。

それも、音の反響で空洞やモンスターの気配を探るような、そんな繊細な投擲ではない。

まるで親の仇でも討つかのように、力任せに石を叩きつけている。

音が響く。

当然、周囲への騒音——モンスターを引き付ける可能性など考慮していない様子だ。

「よし、壁は崩れてこないな!」

「確認完了!」

彼らが大声で頷き合っている。

……強度の確認?

いや、あの程度の投石で崩れる壁なら、目視で亀裂が確認できるはずだ。

理解に苦しむ行動はそれだけではなかった。

次に彼らは、その場で唐突に屈伸運動を始めた。

深く、大げさに、膝を曲げ伸ばししている。

「準備よし!」

「関節、稼働域よし!」

ここは公園ではない。

いつモンスターが現れてもおかしくないダンジョンだ。

そこで無防備に背中を晒し、体操に興じるとは。

呆れていると、通路の奥からモンスターが現れた。

動きの遅い、泥人形のようなマッド・ゴーレムだ。

「来た!」

「『あれ』でいくぞ!」

彼らが身構える。

私は彼らがどう動くのか、警戒しつつ見守ることにした。

青年が剣を振るう。

マッド・ゴーレムの体を浅く切り裂く。

次の瞬間、

「下がれぇぇぇッ!」

悲鳴のような指示とともに、全員が脱兎のごとく後方へ走り出した。

10メートル、いや20メートルは下がっただろうか。

マッド・ゴーレムの攻撃を予想して?

だが、マッド・ゴーレムは、まだその予備動作にすら入っていない。

もしかして、ヒット&アウェイのつもりだろうか?

だとしたら、距離を取りすぎだし、私には攻撃の絶好のチャンスを捨てているだけにしか見えない。

彼らはその後も近づいては一撃を加えて全力で逃げるという、恐ろしく効率の悪い戦闘を繰り返した。

スタミナの浪費が激しい。

時間もかかる。

見ているこちらが疲れてくるような、酷く不格好な戦いだった。

「……もう充分だ」

観察はした。

結果、わからないということがわかり、さらに関わらない方がいいということもわかった。

何もしていないのに、謎の疲労感がある。

幸い、彼らはマッド・ゴーレムの処理に夢中だ。

私は彼らの視界に入らないよう、大きく迂回するルートを選んだ。

彼らがその後どうなったかは、私の知るところではない。

生き残るためにできることをすべてやっても、死んでしまうこともある。

ダンジョンとはそういう場所なのだから。

予定していた探索を終え、私は今日も無事、地上に戻ってくることができた。

探索者になってだいぶ経ち、ダンジョンにもだいぶ慣れてきた。

だが、慣れは油断を生む。

緊張感は維持しておく必要がある。

とはいえ、ダンジョンの外に出てまで緊張感を維持していたら、疲れが取れない。

私は深呼吸をする。

ダンジョンの湿気とカビに満ちた空気を体内からすべて吐き出すように。

そして、外の新鮮な空気を体内に満たすように。

そうしてから、私は探索者協会のロビーに向かう。

夕方の混雑を迎え、ざわついていた。

私はカウンターで魔石の換金を済ませ、本日の業務終了を確認する。

「帰ろう」

今日はスーパーで惣菜を買って済ませようか。

ここ最近、自炊するのが当たり前になっていたが、今日ばかりはそんな気持ちだった。

おそらく原因は、ダンジョン内で見かけた謎の集団による、謎の疲労感によるものに違いない。

そんなことを考えながら出口へ向かおうとした時だった。

「あ! いた! あいつだ!」

ロビーに響く大声。

私には関係ないとばかりに進んでいると、興奮した様子の声が、なぜか私を追いかけてくる。

ちらりと横目で見れば、あの、関わってはいけないパーティーだった。

私は無視して立ち去ろうとしたのだが、彼らの足の方が速く、回り込まれてしまった。

彼らは私の前に立ちふさがり、満面の笑みで告げた。

「ありがとう! マジで助かった!」

「あんたのおかげだぜ! すげえな、あの『秘策』!」

彼らが口々に叫ぶが、私には彼らが何を言っているのか理解できない。

「……人違いではありませんか? 私はあなたたちと接触した覚えはありませんが」

「接触はしてねえけどさ! 見てたんだよ、あんたのことを!」

たぶん、リーダーらしき青年が、興奮気味にまくし立てる。

「あんた、いつもやってるだろ? 石を投げて壁を確認したり、念入りに準備運動したり、モンスターと距離を取ったり!」

「……は?」

思考が停止する。

石を投げる。

準備運動。

距離を取る。

それらの単語は、確かに私の業務ルーティンに含まれている要素だ。

石を投げるのは、音響による空洞やトラップの確認、あるいはモンスターの陽動のため。

準備運動は、身体機能の正常な動作確認のため。

距離を取るのは、安全マージンの確保のため。

だが、彼らがダンジョンで行っていた、あの奇怪なパントマイムのような行動と、私の業務が結びつかない。

「オレたち、見様見真似でやってみたんだよ! そしたらマジで無傷だった! 『石橋を叩いて渡る戦法』ってやつだろ!?」

「壁の強度確認! あれ重要だな! 崩れてこないってわかるだけで安心感が違う!」

「それにあのスクワット! あれで気合が入ったおかげで、逃げ足が速くなった!」

「距離を取るのも最高だ! 敵の攻撃が絶対届かないとこまで下がれば、怖くないもんな!」

彼らの言葉を聞いて、ようやく理解が追いついた。

彼らは、先日の上近少年と同じだ。

いや、上近少年と少しだけ違うのは、彼らは私の行動の意味や目的を理解せず、ただ目に見える動作だけを、それも拡大解釈して模倣していたことか。

彼らはそれを正解だと信じ込み、実行。

その結果——。

「……生存した」

過剰なまでの壁への攻撃は、偶然にも隠れていたモンスターを威嚇して追い払ったのかもしれない。

大げさなスクワットは、緊張で強張った彼らの筋肉をほぐしたのかもしれない。

そして、なりふり構わない逃走距離の確保は、敵の攻撃範囲から完全に脱するという意味で、最も確実な回避行動になった。

プロセスは滅茶苦茶だ。

非効率極まりない。

だが、彼らは五体満足でここに立っている。

「すげえよあんた! やっぱ臆病なくらいがちょうどいいんだな!」

彼らは私を称賛しているつもりなのだろう。

だが、私は複雑な気分だった。

「……私のやっていることは、他人から見れば、あんなに滑稽な動きに見えているのでしょうか」

もしそうなら、業務プロセスの見直しが必要かもしれない。

そんな自問が脳裏をよぎる。

「なあ、師匠! 他にもコツがあるなら教えてくれよ!」

「俺たち、もっとあんたの真似するからさ!」

調子に乗った彼らが、距離を詰めてくる。

私は一歩、彼らから下がった。

これ以上、彼らの勘違いに付き合うコストは支払えない。

それに、訂正したところで、彼らが理解できるとも思えなかった。

「……私は師匠ではありません。ただの他人です」

私は彼らに背を向けた。

「それに、あなたたちが助かったのは、あなたたちが自分の足で動き、判断した結果です。私に感謝するのは筋違いです」

「照れんなって! また明日な! 師匠!」

彼らの明るい声が背中に投げかけられる。

「あ、オレら、『蒼穹の翼』ってパーティーだから! よろしくな!」

私は振り返らなかった。

ドアを抜け、外に出る。

ダンジョンで決定した、関わらない方がいいという判断は正しかった。

話が通じないということが、ここまで疲れるとは。

これならダンジョンで神経を張り詰めていた方が、まだマシだった。

だが、

「…………」

私は小さく息を吐きだす。

解釈はどうあれ、彼らは生き残った。

未帰還者リストに名前が載るよりは、騒がしい感謝の方が、まだ後味は悪くない。

私はスーパーの方角へと足を向けた。

今日の夕食は、やはり惣菜で簡単に済ませよう。

だが、久しぶりにノンアルコールビールを開けてもいいかもしれない。

楽しい気分の時に呑む方が、ずっとうまいのだから。