軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第101話:先回りの仮説と、向けられた疑念

特異地下資源管理協会と名を変えた建物のエントランス。

いつもより少しだけ遅れてやってきた私は、新設された保安検査場の列に並んでいた。

昨日と同様、持ち込むもののリスト及び、必要な成分データを記した書類を提出し、X線検査のトレイにバックパックを置く。

制服姿の保安職員が書類の項目と荷物の実物を一つずつ照合していく。

やがて彼は無言で頷き、私に許可証を手渡した。

ゲートを通り抜ける。

ここまでは昨日と同じだ。

だが、昨日と違う点もあった。

それは、私の他にもこの煩雑な検査を通過できた探索者が数名いたことだ。

彼らは、書類の不備で足止めを食らって苛立ちを募らせている他の探索者たちを振り返り、まるで深層を完全攻略したかのような誇らしげな笑みを浮かべている。

他者と自分を比較し、優越感を得る。

理解できない行動ではない。

しかし、ダンジョンで生き残るのには、何の役にも立たないものである。

そんなことに時間を消費するなら、準備にこそ時間をかけるべきだ。

ダンジョンは死が隣り合わせの不条理な空間だ。

変容が進んでいる現在、その死の気配は、以前よりもずっと近くにある。

私は彼らから視線を外し、意識を切り替える。

濃密な死の気配を漂わせるそこ——ダンジョンへと。

足を進めた。

中層の湿潤エリア。

首から下げた防毒マスクを顔面に密着させ、ストラップを均等に引き絞る。

昨夜、帰宅した後に判明した軽量固定用金具の劣化。

変容が原因であることはわかる。

しかし、それがどのようなものであるかの特定には、まだ至っていない。

ガスか、それ以外の何かか。

固定金具だけに影響があるのか、人体にはどうなのか。

答えが出ないままの探索に、不安がないと言えば嘘になる。

それでも今日、私はここに来た。

足裏から伝わる泥の感触と、岩肌に張り付く水苔の配置を視覚で捉えながら慎重に進む。

前方の泥が不自然に隆起し、 酸性粘体(アシッドスライム) が姿を現した。

昨日確立したばかりの手順へ移行する。

岩壁の低い位置にある突起を見極め、軽量固定用金具を咬ませ、特殊ワイヤーを張り渡す。

対象が体を伸縮させ、跳躍の予備動作に入る。

私はワイヤーの片端を握り、反対側の岩壁へと跳んで固定を終えようとした。

その瞬間だった。

手元から、張力が失われた。

いったい何が起こったのか。

見れば、ワイヤーが黒く変色し、溶解していた。

モンスターの酸によるものではない。

対象はまだこちらへ到達すらしていないのだ。

では、何か?

環境に充満する、未知の要素による劣化。

つまり、昨日、固定金具に起こっていたのと同じ現象に違いない。

目に見えないガスか。

あるいはそれ以外の何かか。

何にしてもダンジョンの変容が、ワイヤーに急激な劣化を引き起こしたと考えて間違いないだろう。

対象の巨体が、千切れたワイヤーの間をすり抜けて迫ってきた。

私は咄嗟に身を沈め、泥の飛沫を浴びながら斜め後方へ転がった。

対象が私のいた空間を通り過ぎ、着地して体勢を立て直す。

……撤退するか?

心拍数が上がる中、思考を走らせる。

……いや、しない。

自分ならやれるなどという、英雄的願望、あるいは希望的観測から導き出された答えではない。

昨夜、固定金具の異常を目にした時から、この事態は想定していたのだ。

一部の資材が環境の変容によって無効化されるならば、同じ環境で使用する他の資材にも同じことが起きる可能性は充分に考えられたからだ。

私はバックパックのサイドポケットから、別のワイヤーを取り出した。

昨日使用したものとは異なるメーカーの、耐薬品性と素材の構成比率が違うワイヤーである。

今日、ダンジョンに来るのが少し遅れたのは、これを購入するために、ホームセンターに寄っていたからだった。

対象が再び体を伸縮させ、こちらへ向かってくる。

私は別の岩壁の突起を利用し、新しいワイヤーと予備の金具で即座にトラップを構築し直した。

対象が跳躍する。

迫り来る粘液の塊が、張り渡されたワイヤーに激突した。

変色は、——ない。

溶解の兆候も、——ない。

ワイヤーは対象の強烈な運動エネルギーを正面から受け止め、その張力で巨体を空中で限界まで引き伸ばした。

装甲の役割を果たしていた粘液層が極限まで薄くなる。

私はサバイバルナイフを素早く抜き放ち、露出した核の奥深くへ刃を沈めた。

対象は光の粒となって霧散し、魔石が泥の上に転がった。

新しい資材であっても、確立した手順が機能し、予定通りの結果を得た。

初めて、私は変容に追いついた。

……いや。

事前に異常を想定し、対策を用意して現場に臨むことができていたことを考えれば、部分的に追い越したと、そう言ってもいいのかもしれない。

自分で組み立てた仮説がダンジョンの理不尽を上回った確かな手応えに、胸の奥で静かな高揚感が湧き上がるのを感じた。

だが、それも一瞬のことだった。

ダンジョンの中では、一瞬の気の緩みが致命傷になる。

私は周囲の気流と匂いに再び意識を向け、次の対象を探すために歩みを再開した。

遅れてやってきたのに、予定していた数の魔石を回収し、私は定時に帰路につくことができた。

地上へ戻り、ロビーの換金カウンターで魔石を提出し、明細を受け取る。

本日の収益は、想定通りに確保できた。

その喜びを噛み締めながら、私は今日の夕食のメニューを考えていた。

特売の鶏肉を買って、さっぱりと茹で鶏にでもしようか。

ネギと生姜を効かせたタレをかけるのもいいかもしれない。

スーパーに向かうため、協会の出口へと歩き出そうとした、その時、

「……そこの方、少しお待ちください」

背後から、低く硬い声がかけられた。

足を止め、振り返る。

そこに立っていたのは、紺色の制服を着た保安部門の職員だった。

彼は私を鋭い視線で捉えた。

「先ほどの換金記録——魔石の数と、その品質を確認させていただきました」

「なにか問題でもありましたか?」

私が問えば、彼は意味ありげな笑みを浮かべ、冷ややかな声で告げた。

「それはあなたのほうが、ご存知なのでは?」