作品タイトル不明
疲れるお茶会
王太后のお茶会で、私は話題の中心になっていた。
そして今、ひたすら疲れている。
質問はブライアン様とのなれそめから、経過についてで、その話題から話をそらそうとしても、すぐに戻るのだ。
「うらやましいわ。そろそろ、本格的に婚約者選びに入るとの噂で、皆注目していましたのよ。あんなに素敵な方ですものね」
「そうですわ。しかもブライアン様から是非にと請われたのですって? 昨夜の夜会で、人伝手に聞いたのですが、どういう経緯だったのですか?」
そんな調子で、あけすけに聞いてくるのものだから、返答に困る。頼りにしていたエマも、口をはさむ余地がまるでなく、心配そうにこちらを見ている。
ロイドとベルとダリルは、別室で帰宅を待つよう言われている。
助けになりそうなのは、兄だけなのだが。
兄はひたすら貴族令息スマイルで、それらをかわしている。
「ブライアン殿は近衛騎士団での上司に当たります。プライベートなことは、あまり話す機会がないので、私は全く蚊帳の外でした。突然の話に驚いております」
そんな感じに、すまして答えている。
まあ、兄と私が疎遠だと思われた方が良いので、兄の態度は正しい。だが、なぜか不愉快になる。
王族のお茶会は、もう少し控えめに、当たり障りなく話題を持ち出すものと習ってきたのに、このお茶会の会話は恐ろしく直球だ。
これも、主催者の王太后のお人柄からきているのだろうか。
馴染めない。
そこにノエルが別の話題を持ち出した。このざっくばらんすぎる座の雰囲気に気が緩んだのか、まだ教育が足らないのか。
「私、先ほどのお話に驚きました。お姉様だけ、遺贈をいただくなんて」
『お姉さまばっかり、ずるい』と言わなかっただけ、少しは気を使っているのかもしれない。でも、こんな剣呑な場で、財産の話を持ち出すとは。
背筋に嫌なものが這う気分だ。
案の定、王太后がすぐに話題に乗り、「そうよねえ。分けられるものなのかしら?」と言い出す。
母は、「さあ、どうでしょう」と苦笑しながら、ノエルの腕を扇子で軽く叩く。
「申し訳ございません。この娘はまだ社交デビュー前で、高貴な方々が集う場に顔を出すには、未熟でございます。このような場で愚痴を持ち出すなど、あってはなりませんわね。まことに失礼いたしました。そろそろ私たちは下がらせていただいてもよろしいでしょうか」
王太后はバッと扇子を広げ、母から兄と私に視線を移した。
「遺贈の内容については、何か聞いているのかしら。もし分けられるものなら、少しは妹君にも分けて差し上げたら?」
また背筋にゾクッと震えが走った。
私は、手に持っていたお茶のカップの中を覗き込み固まっていた。
すると、兄が答えを返してくれた。
「先ほどのお話では、遺言の公開まで内容を漏らすことができないそうでした。なので、遺贈の品がどういうものか、私たちにはわかりません。しかし、もし宝飾品などで、数があるなら、妹にも分けるのがいいと、私も思います」
そう言って私を見てほほ笑んだ。
「そうですわね。いただいた品物を見てから考えますわ」
私はそう一言だけ、斜め下に視線を落としたまま答えた。
心臓がバクバクしている。
母の退出に王太后が許しを与え、それと共に二人が立ち上がり、お暇の挨拶をした。すぐさま兄が私の手を取り、私たちもその後に続いてお暇の挨拶をして部屋を抜け出す。
部屋から出ると、私は兄を感謝の目で見上げた。
「助かりました。ありがとう」
「どういたしまして」
そのまま、私たちは黙って馬車に戻り、帰りは母とノエルと同じ馬車に乗り込んだ。
「ノエル。お前は、礼儀作法と保身術を学び終えるまで、ああいった場での発言は禁止だ」
「どうして?」
あの場の嫌な雰囲気を、全く感じ取っていないあたり、強いと言ったらいいのか、鈍いと言ったらいいのか。
母が、心配そうにノエルを見る。
「ノエル、お茶会で財産の話を持ち出すのは危険なのよ。どんな罠があるかわからないし、誰が足を引っ張ってくるかもわからない。お腹をすかせた野犬の群れに、裸で身を投げ出すようなものなの。わかる?」
ノエルはぷくっと頬を膨らませている。
「だけど、皆さまとても優しくて、楽しい方々だったじゃない。お姉さまの婚約の話で盛り上がっていて、内容も雰囲気も、私が同年代の令嬢たちとお茶会するときと、似たような感じだったわよ」
そうなのだ。はっきり言って、品がない。
だが、この妹にそう言うわけにはいかない。危なっかしくて本音は話せない。
母を見やると、真剣に何か考え込んでいる。母が、兄に聞いた。
「今の状況で、危険はどのくらいあるの?」
「かなりです。一人にはならないでください。こちらの使用人に呼ばれても、絶対に確認を取ってから動いてください。話している言葉は、全て報告されていると考えてください」
母は、「わかったわ」と言ったが、ノエルは盛大に驚いている。
「あんなに優しそうな王太后様が怖い人だって、まだ思っているの? 実際に会ってみたら、慈母みたいな方じゃない」
母がノエルの肩を軽く叩き、自分の方を向かせた。
「実際に会ってみて、私は最大級の危険人物だと思ったわ。さっき、マーカス様の王宮で見せた冷たい表情を、あなたは見ていなかったのね」
ノエルは不満そうだ。
「ノエル、殺される直前に、相手が実は慈母ではなく、毒グモだったと気付いても遅いのよ」
母がノエルの肩を抱き寄せた。
「マリア、あんまり脅すものじゃないって、前も言ったわよ。まさか本当に殺されるわけではないでしょ」
そう言う母は、私の目の中にその答えを見つけたようだ。ノエルの肩をもう一度、ぐっと抱き寄せた。
兄が首をかしげながら私たちを見ている。
「まあ、あれだな。ノエルは十五歳にしては情緒面が遅れているようだ。母上、過保護にし過ぎではないですか。中身は十二歳程度か? それでは、社交界にデビューした途端に、笑いものにされるか、食い物にされる」
淡々とした物言いに、ノエルが反発した。
「ひどい。お兄様、以前はそんな風に言わなかったわ」
「そりゃあ、以前は小さい子供だと思っていたから……考えてみたら、もう一年もしないでデビューじゃないか。俺も同罪だ。いつまでたっても子供扱いしていた」
そう自覚し、へこんだ様子の兄を見て思う。私のことも同じ具合だったのだろう。こうと思い込んだ情報が、そのまま残ってしまうタイプのようだ。
「お兄様って、時々頭の内容を整理した方がいいようね。思い込みが激しすぎるのよ」
私の言葉に兄が顔を赤くして、ぐっと息をのんだ。
母とノエルがびっくりしている。
はっきり言い過ぎたが、兄には自覚してもらった方がいいと思ったので、にらまれても知らん顔をした。
馬車が離宮に到着すると、キャロルが迎えに出てきた。
「お疲れさまでした。離宮はいかがでしたか? ずいぶんとごゆっくりでしたが、そのまま王太后様のお茶会に向かわれたのですか?」
「ええ、そうなの。おいしいお茶をいただいて、とても楽しく過ごしてきたわ」
にこやかに答える私を見て、ノエルが口をすぼめている。
私はすぐに母に目配せした。
「そうね、さすがに王太后様のお茶会は普通と違うわね。とても楽しかったわ。ねっ、ノエル」
母と私の表情を伺い、ノエルはすねたような表情のまま、「楽しいお茶会だったわ」と言う。
ノエルを一人にしては危険だろう。私はそっとため息をついた。
その後部屋に入って使用人を下がらせ、ベルとエマと三人だけになってから、ようやく気の張りが解けた。
「疲れた。まいったわ」
思わずそう叫んだ。本当に疲れたのだ。
「お疲れさまでした。王太后様のお茶会は、一種独特でしたから、神経を削られたことでしょう」
エマの言葉にベルが聞き返す。
「どんな雰囲気だったのですか?」
「内輪乗りで幼稚でした。その中でマリア様たちは、品が良すぎて浮いていましたね」