軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王太后のお茶の誘い

「どうかされました?」

「従者は金髪の若い男でしたか?」

「ええ、優しそうでしっかりしたお人柄に見えました。しきりに周囲へ目を配りながらも、祖母の侍女と話が弾んでいました」

言いながら、つと胸が痛くなる。

その先を思い出すのが辛い。

「それはたぶん、私の兄でしょう。マーカス王の書記官をしておりました。兄が亡くなり、私が伯爵位と、マーカス王の側近としての仕事を引き継いだのです」

私は、ニコラスの顔をまじまじと見つめた。そういえば、何となく似ている。

髪の色は違うけど。

「あの、侍女は祖母と一緒にお兄様のことを待っていたようです。大叔母の話から推測しただけですが、たぶん」

ニコラスは下を向いたまま言った。

「では、マーカス王の形見と一緒に、兄の指輪を持ち帰っていただけないでしょうか。私が形見として持っておりましたが、一緒にエリス様のもとに収めていただけると嬉しいです」

「はい。承知しました」

そのままニコラスは、私たちを馬車まで見送ってくれた。

「では、チャームと首輪を、キャロルに預けてください。チャームだけ盗まれるのを防ぐように、留め付けの調整と、首輪の鍵を追加しておきます」

そう言ったあと、ニコラスが何事かに気がついたようで、突然に表情をこわばらせた。

「王太后の馬車です。いきなりなんの真似でしょうね。相手の出方を見ないと」

馬車が二台、私たちの馬車の横に止まり、一台から母とノエルが出てきた。

母は手を振りながら、私の方にやってくる。ノエルはその後ろを付いてくる。

王太后はゆっくりと、もう一台の馬車から降りている。その後から数人の女性が下りてきた。

護衛の騎士たちや、騎馬の貴族も数人いて、結構な大所帯だ。

「王太后様から、お茶のお誘いがあったのよ。残念ながら、エリックとマリアは白水宮に行っていると伝えたら、迎えに行こうとおっしゃって、一緒にここまで来たの」

扇でせわしくなく顔に風を送るので、髪の毛がふわふわと舞い上がっていて、いかにも忙しそうだ。

私が面食らっているところに、王太后がゆっくり近付いてきた。

顔にはゆったりとした、楽しげな微笑み。

その裏で何を考えているのかは、まるで分からない。

私が挨拶すると、私の後ろにいるニコラスと城のホールをじっと見た。

「夫の宮殿に来るのは久しぶりだわ。もう懐かしいような気分だけど、後一か月もすれば、ここは空っぽになるのよね」

少し目を細めて言う王太后は、一瞬寂しげな表情を見せた。

「ところで今日はどんな話をしたのかしら。ただ城を見てもらうだけで、呼び出したりはしないでしょう?」

やはり、何らかの情はあったのかと納得しかけたところに、鋭くきり込まれ、ビクッとした。

切り込まれた相手は私ではなく、ニコラスなのに。

ニコラスは今までの会話など、全くなかったかのように、愛想よく微笑んでいる。

「マーカス様からの遺贈についてお話させていただきました」

「遺贈?」

「はい、遺言書として最後に追加されたものがございました。マリア・クルス嬢への遺贈の遺言です。問題がないか、慎重に調査を進めておりました」

「マリア嬢に遺贈? 確かにマーカスの遺言なのね」

「はい。遺言内容は、公開期日まで秘匿されておりますが、一応遺贈の件についてお伝えしておくべきかと思いまして、ご足労願いました」

王太后がぎゅっと眉をひそめる。

「私や王には、何の打診も無かったわよ。国の資産を勝手に動かされるのは困るわ。宰相や財務部への調整が必要よ」

ニコラスは思いっきり嬉しそうに微笑んだ。

「いいえ、ご心配なく。マーカス様個人の、私有資産からの遺贈です。ですから、国の資産を動かすことはございません」

「そう。ならいいわ」

王太后が鼻でふっと笑った。扇子で隠した横顔に、急に酷薄そうな表情が覗く。私は衝撃で身体が震えた。

優しげな貴婦人のお面がはがれ、本性が覗いた瞬間だった。彼女が今までの事件の黒幕だと、一瞬で納得した。

固まる私には気付かずに、二人の会話は続く。

「でも、なぜマリア嬢なの? クルス伯爵ではなく」

「これは、申し上げても問題ないと思いますのでお伝えします。エリス様が遺産を譲った方に、と指定されております。それがマリア嬢でした」

王太后は母に向かって聞いた。

「そうなの?」

聞かれた母は慌てて思い出しながら、ポツポツと答えた。

「お義母様個人の遺産は、マリアが相続しています。長女ですし、結婚も控えておりましたから、持参金代わりといいますか」

「それならマリア嬢に渡ることになるわね。私たちからクルス家に何か贈ろうと思っていたのに、先を越されたわ」

兄が前に出て、礼儀正しく挨拶してから、改まった態度で話し始めた。

「前回のお茶会でも、そうお伺いしましたが、私たちには過分すぎるお気遣いです。マーカス様からの遺贈だけで十分ですので、それ以上はお構いなく」

王太后は鷹揚に微笑んだ。

「故人の思い通りにしましょう。あの方も、きっとお喜びよ。そう思わない?」

取り巻きらしき貴族たちにそう言って、王太后は扇子の影で、クククッと笑った。それは私の耳に、嘲笑のように響いた。

多分、気のせいではない。

結婚を約束したのに、その孫娘に遺産を贈ることしかできない夫に対してだろうか。

合わない夫婦だったのだろうと、改めて納得してしまう。

マーカス王から感じる温かみと、王太后の冷え冷えした空気感は全く相いれないものだ。

「ところで、マーカスの私設騎士団はどうなるのかしら。解散するなら、こちらとしても受け皿を用意したいわ。いい人材がいるものね」

「はい、ようやく、そちらの方面にも手を付け始めたところです。整いましたら、まとめてご連絡をお送りします。解散の予定で進めており、各々の行く先は個人に任せるつもりでおります」

「そう。わかったわ」

二人の話が終わったようで、王太后がこちらに視線を移す。

正直、今日は一緒にお茶を飲みたい気分ではなかった。

「ローズ公爵家のブライアン殿と婚約されたそうね。そのお話を聞きたいと、皆にせかされているの。急なお誘いですけど、少しご一緒にお茶でもいかが?」

本当に急で困惑するが、断る余地などなさそうだ。

言い方や態度に、押しつけがましい圧がある。

王族だからだと括ってしまうと、リース国王家の方々に失礼に当たる。これはやはり、彼女のお人柄なのだろう。

幸い、エマが母たちに同行しているので、彼女に助けてもらえる。そう思って、何とか気持ちを立て直した。

「はい。お誘いありがとうございます」

そう言ってにっこりと笑えた自分を、自分で褒めた。

馬車に乗ると、兄がロイドとダリル、ベルに声をかけた。

「今日の話をどう感じた? 俺はニコラス殿を信用できると思った。この先マリアは彼と長い付き合いになる。ベルシアに対して、難しいかじ取りが必要だろうな」

ロイドが、先頭を切って話した。

「私はマーカス前王も、ニコラス様も信用できる方だと思いました。遺贈に関しては、厄介事もあるかもしれませんが、半年前のお嬢様の状況では、何らかの私財がなければ心もとなかったでしょう。その判断は正しいと思います」

ベルはとても複雑な表情で言う。

「ジェイソン様に遺産が渡ると聞いたときに、体が震えました。腹が立ちましたが、石の力がなければ、私たちはジェイソン様の悪事に気付かなかったはずです。それが一番ショックでした。色々と難しかろうが、今の方がずっといいです。私もできる限りお嬢様をお助けします」

ダリルは、「私も同じように感じました。進むしかないと思います」とだけ言う。

本当に、ダリルは静かで控えめだ。