作品タイトル不明
ニコラスとのお茶会2
王の財産整理は、とんでもなく大変だろう。
その任に就いた者が不正をしていないか、調査が入るのも、言われてみれば当たり前の事だった。
「元々は、信頼できるものに預けて、マリア嬢に渡すまで保管させるつもりでいました。でも正直なところ、できれば私から直接マリア嬢に渡したい。マーカス様が私一人に託したように、これを託せる者は少ない」
兄がうなずく。
「そうですね。おい、マリア。お前なら誰に託す?」
唐突に兄が私に問いかけた。
「ここにいる四人には任せられるわ。でも、持っているのが人目に触れでもしたら、命に関わるはずよ。駄目よね。もしブライアン様がここにいれば、彼に預けるわ。たとえ襲われても、負けないでしょうから」
「いくらブライアン殿でも、お前やお前が大切に思う者を人質に取られたら、手も足も出ないぞ」
「……そうね」
じっと話を聞いていたニコラスが、急に顔をほころばせた。
「そういえば婚約なさったそうですね。おめでとうございます。しかもあのブライアン公子ですか。まったく、めでたいことです」
「ありがとうございます。騒動がやっと収まったばかりで、早すぎるとは思ったのですが」
ニコラスが首を振った。
「前の婚約者には隠し子までいて、マーカス様はご心配されておりました。ブライアン様は、こちらでも悪い噂を聞いたことがありません」
ということは......
ずっと前からジェイソン様のことも知っていたのかと驚く。
同じく兄も驚いたようだ。苦々しげに話した。
「ジェイソンは私の友人であり同僚で、私は彼のことをよく知っているつもりでした。それで何の調査もせずに、婚約を決めてしまいました。今は、当時の自分を殴ってやりたいですよ」
ニコラスは兄を慰めるような目で見つめていた。
「そこが人間の怖いところです。何を考えているか、自分自身でさえ分からないときがある。ご友人は何らかのきっかけで、ある時突然変わったのかもしれない」
兄が大きくため息をついた。そして黙って考えている。
兄も私も、そのきっかけが、メリーとの恋なのだとわかっている。
私は、恋をしないまま、結婚という大きな転機に踏み入ろうとしていた、かつての自分のことを考えた。
ブライアン様への恋を知った今なら、ジェイソン様との結婚など想像することもできない。
恋が人生を変えることを、今なら理解している。
考え込んでいた私の耳に、兄の自分に問いかけるようなつぶやきが聞こえてきた。
「俺が一度国に戻って、ブライアン殿に預けてくるのは...…不自然だろうな。帰国する理由を思いつけない。それにマリアたちが心配だ。でも石を身近に置くのは、リスクが大きい」
そして、しばし無言のまま時間が過ぎた。
ニコラスが気を取り直したように提案する。
「少し考えましょう。まだ時間はある。まずは時間を戻せるか試してみませんか」
私は石を指先で転がしながら、ぼんやりと考えた。石は、また鋭く光り始める。
「時間を戻す? 出来るのかしら……」
今回戻ったとき、それを知っているのは私だけだった。すると.……
私は顔を上げて、皆を見まわした。
「記憶を持ったまま、戻れるのは私だけよ。それに何も持っていけない。皆には何も分からないと思うわ」
「あ、そうか」
兄は気が抜けたような顔をする。
「それに、どのくらい戻るのかも分からないわ。前は半年くらい戻ったけど......」
そしてとても怖いことに気付いた。
「もし、また半年戻ったら、全てをもう一度やり直さないといけないわ。それも、また一人で。今回はうまく進んだけど、次もそうとは限らない。それにブライアン様が、私を好きになるかも分からない。そんなの……駄目よ」
ニコラスが、東家の天井を仰いで唸った。
「簡単なことじゃありませんね。気楽に考えていました。申し訳ない」
また沈黙してしまった。
私はチャックとブライアン様の瞳を思い出してみた。効果はてきめんで、すぐに気持ちが上向く。
「チャックが持って帰ってくれたらいいのにね。私、チャックのことは、とても信頼しているのよ」
思いっきり明るくそう言ってみた。
すると兄がいきなりこちらを振り向いた。
「そうだ、チャックに持って帰ってもらおう」
「何を言い出すの?」
私は思わず大声を出してしまった。
いくら何でも、犬のチャックに頼むのは無理。私は場を明るくしようと思って言っただけなのに、兄の言い方には本気が滲んでいる。
「明後日、外交団がチャックを連れて帰国するだろ。チャックの首輪に仕込んで持ち帰ってもらおう。外交団なら護衛がしっかり付くし、襲ってくるものはいないだろう。ジョエル殿下の愛犬なら、安全に国に戻れる。それに、挙動不審になることもなければ、変な気を起こすこともないよ」
そう言って笑い出した。
なぜかニコラスも一緒になって笑い出した。
「やんごとなき身分の犬ですか。それは盲点だ。確かに無事に国に届けられるでしょうね」
……えっ、それでいいの?
そう思ったのがわかったのか、兄が笑いながら言う。
「チャックに悪さする人間がいると思うか?」
「珍しい犬だなと思って、欲しくなるかもしれないわ。まあ、外交使節を襲って護衛騎士団を相手取ろうと思うことは、めったに無いだろうけど」
「大丈夫だろう。騎士団の責任者は俺も知っている人物だ。ブライアン殿がしっかり人選してくれている。クルス家の護衛として残ったメンバーの方が強いけど、あっちもかなりだよ。だから自信を持って言える。おまけに国境までは、ベルシアの騎士団からも護衛が付く」
それなら大丈夫そう。
ちらっと周囲を見ると、皆賛成しているようだ。
「でも石はどこに?」
「あの豪華な王家の紋章入りチャームだよ。あの中に隠したらいいさ」
兄はあっさりと言う。
首輪の真ん中に下がっている豪華なチャーム。
あれがもし奪われるとしたら、たぶん護衛や外交団からチャックが奪われた場合だろう。
もしそうなれば、リース国から盗賊の討伐団がやってくる。ベルシア国内なら、ベルシア国もすぐに兵を送るだろう。
つまり、かなり安全なはず。ようやく私もその案に同意する気になった。
「では、その首輪のチャームを、半日ほどお貸しいただけないでしょうか。そこに石を隠します。他にも後日お渡しするものがあります。石に関する内容で、私がマーカス様から聞いて書き留めました。それは極秘なので、暗号化しています」
それはニコラスの孫娘に贈った本の中に潜ませてあるそうだ。それを書きなおしてくれるという。
「手紙はぜひ、自筆のままお渡ししたいのですが……」
そう独り言のように言い、こちらを見る。
「私は外交官経由で、ブライアン様に手紙を送る予定です。その中に同封したら大丈夫ではないでしょうか」
「それはいい。恋文ですね。それを疑うものはいないでしょう」
お茶会の最後に、私はお願い事を持ち出した。
「マーカス王の形見をいただけないでしょうか。ほんのちょっとしたものでいいのです。祖母のお墓に供えてあげたいと思います」
「それはいいですね。何か見繕いましょう。どんなものがいいでしょうね」
「本当にちょっとしたものでいいのです。髪を結んでいた紐とか、ピアスとか、そんな小さなものがいいですね」
ニコラスが少し首を傾げた。
「マーカス王が髪を結んでいたのを、なぜご存じなのですか」
「それも石の力だと思いますが、マーカス王と祖母のエリス、それに従者と祖母の侍女が一緒に過ごす場面を見ているのです。その時マーカス王は赤茶色の髪を後ろで一つに結んでいましたわ」
ニコラスが、口を開けたまま、こちらを見ている。