軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ニコラスとのお茶会1

私はこちらをじっと見ているニコラスに視線を向けた。

「手紙にある通り、マーカス様は、マリア嬢に石の主になるかを選んでもらうつもりでした。この石の主は、小さな恩恵を得る引き換えに、責任を負うことになるから」

そう言ってから、私と周囲の四人を見回した。

「場合によっては、割に合わないだろうと思います。だがマリア嬢には必要だと思われました」

私は頷いて言った。

「実際に私は、ベルシア王家と夫の手で、殺されかけたのです。この石がなければ、今のこの状況はなかったはずです」

「そうですね。ベルシア王国に石は戻らず、次はクルス家が襲われたでしょう。マーカス様の遺産は殺害犯の夫のものになったはずです。改めて考えると気分の悪い話です」

ニコラスが顔をしかめる。

私も、それは嫌だと心の底から思った。そして胸の前で手を組んだ。

「よかった。マーカス様に感謝いたします。石にも」

ニコラスが微笑んだ。

「間に合ってよかった。私も心底そう思います」

ニコラスは二通の手紙を封筒に戻し、重ねて置いた。皆の目がその二通に注がれている。ただの手紙なのに、私はぬくもりを感じるような気がしていた。

「今回の遺贈は、恩人のエリス様へのお礼という名目で発表されます。これは王の遺言に明記されています。誰からの反論も受け付けない、隙のないものです。たとえ、王や王太后であろうとも」

ニコラスは私と兄を順に見る。

「ここまではよろしいですね」と言うので、私はゆっくり首を縦に振った。

「本当は王や王太后との調整が終わってから、お知らせに伺う予定でした。でも、こちらにいらっしゃるのに何もお伝えしないのは、かえって不自然です。これの公開後、遺贈に関してもめても、全て私が対応しますのでお気になさらず」

『もめても』と言う言葉に、遺贈される領地のことが気になった。もめるような場所なのだろうか。

「私に譲られる領地とは、どのくらいの大きさなのでしょう。もめごとになりそうな土地なのでしょうか」

「マーカス様直轄領フェルドの大きさは中規模程度で、現在の人口は約一万五千人、交易で栄える都市です。マーカス様の母上が持っていた領地と鉱山を、個人的に相続されました。当時は何もなかった領地です。それを王太子時代からずっと運営されてきました」

「まあ、本当に直轄地なのですね。一度見に行きたいですわ。行きの旅程で宿泊したどれかの領地でしょうか」

「そうですね。街道の最初の町です。マーカス様の別荘がありますので、そこを見ていただくのもいいでしょう。遺贈には別荘の改装費用も含まれておりますよ。細かいことは、後日詳細を詰めましょう」

言葉を一度切って、ニコラスが続けた。

「王は記憶がない間も、リース国に惹かれていたようです。よく別荘でお過ごしでした。交易がしやすいように税を軽くし、治安維持にも目を配っておられたので、非常に評判の良い領地です。これが現在の王に渡れば、そうはいかなくなるでしょう」

マーカス様からの手紙には、何もしなくて大丈夫だと書かれていたが、それはどういうことだろう。

兄も同じように考えたらしく、ニコラスに聞いた。

「ベルシアの領土をいただいた場合、マリアの立ち位置はどうなるのでしょう。ベルシア国は、それをどう扱うと思われますか」

「マリア嬢は名目上の領主で、統治は現在の執政官が行います。彼はマーカス王配下の優秀な人物で、私の友人です。任せていただいて大丈夫ですよ。マリア嬢は利益を受け取るだけです。遺言は正式な形式を踏み、権威のある立会人を付けていますので、覆すことはできません」

ニコラスはなぜか笑っている。

「遺言状には、『国及び王家が相続人に干渉することを禁ず』という、文言まで入っています。更に、領地から上がる利益からの還元の継続も宣言しています。教会への寄進、ベルシア国騎士団の遺族年金などです。それを取り上げられたら、教会も騎士団も貴族院も黙ってはいませんよ」

兄が苦笑した。

「それはまた、ずいぶんと念入りに縛ったことで。マーカス前王の有能さが偲ばれます」

そう言ってから、声を出して笑い出した。

「ぜひ生前にお目にかかりたかった。お話を聞けば聞くほど、好ましいお方ですね」

ニコラスは兄と私を見て、少し寂しそうな表情を見せた。

「まるで、お二人こそがマーカス様の孫のように思えます。私はこの宮殿の後始末が終われば、フェルドに引っ越します。元宰相も、元騎士団長も同様です。現在の政権組織にも影響力がある人物たちですから、そうそう勝手なことはできません」

「それは、それは。喧嘩を売ったら、ただでは済まなそうですね。それなら王家は気軽に干渉できない。いい手です」

兄が腕を組んで言う。感心しているようだ。

「今の王家の政策には少々不満が出ています。マーカス王の時と比べて、あらゆる部分で摩擦が発生しているのです。そのしりぬぐいをマーカス様が密かに行ってきましたが、今後はどうなるでしょうか」

ニコラスは物思わし気な表情をしていたが、軽く頭を振って、話を切り替えた。

「ところで、石に時間を戻すことが出来るとは、驚きです。もしそうなら恐ろしいほどの力で、小さな恩恵どころの話ではないでしょう。試してみたいですね」

「石は王家の元に戻っていますから、無理ですわ」

私がそう言うと、ニコラスは黙って胸ポケットから小さな包を取り出した。

布を開くと、その中からあの石が!

驚いてニコラスに目を戻すと、「どうぞ、あなたの物です。本物の主の手に戻すべきでしょう」とその布ごと、こちらに押しやる。

私はそっと指を石に伸ばした。

石はほんのりと光り始め、私が指で摘むと、はっきりと光を発した。

兄もニコラスも、「うわっ」と声を上げた。

あまりに光るので、私はすぐに石を布の上に戻した。すると石は静かに光を収めた。

「本物ですね。どうしてここに?」

「王たちが持っても光らないし使えない。それなら偽物でも同じことです。夜会で手薄になっている間に、入れ替えました」

ニコラスの言葉に、兄が口を挟んだ。

「これをマリアが持つのは危険ではないですか? 間違えて触ってしまったら、一発で露見しますよ」

兄はニコラスに対して敬語で話している。やはり、ニコラスを目下として扱うことはできないのだろう。どう見ても、伯爵位くらいは持っていたような貫禄がある。

ところで、石が変化している。

以前触った時と比べて、光がずっと強いようだ。これだと、隠して持ち歩くことは難しいのではと思う。

「全く。こんなに光るとは思っていませんでした。ぼんやりと輝く程度だと聞いていたのに。年寄りの記憶は、全く当てにならないな。凄い輝きですね」

ニコラスが困ったように首を振って続ける。

「マリア嬢の扇子の要に戻せばいいと思っていたのです。一度疑われたものは、二度は疑われないものですからね。それにマリア嬢の役に立つかもしれないし、本来は主が常に持ち歩くものです。ところで、この光は隠れるのでしょうか」

「私が」と言ってベルが進み出た。

ピンで器用に扇子の留め具を外し、銀の蕾に石を包み込む。そして扇子を私に手渡した。

私が持つと、ほんの二ミリほどの隙間から光が漏れた。やはり、以前より強くなっているのだ。

「駄目ですね。以前よりずっと光が強いようです。この隙間から漏れるわ。ニコラス様に持っていていただくわけにはいかないのでしょうか」

私がそうニコラスに聞くと、彼は困ったように首を振った。

「私は、この宮の引き渡しの責任者です。ここを引き払う前に、それこそ何から何までチェックされるので、身近には置きたくない」

「確かに、隅々まで徹底的にチェックを受けるでしょうね」

近衛騎士の兄には、そういう知識もあるのか、すぐに納得した。