作品タイトル不明
外交団帰国の夜会2
令嬢たちは凛々しいエマにも興味津々のようで、チラチラと彼女を見て嬉しそうにしている。
その視線を受けて、エマが爽やかに笑いながら言う。
「婚約披露のダイナミックなダンスが、素晴らしかったのです。ブライアン様はダンスの名手でいらっしゃるし、マリア様もお上手ですから、非常に見ごたえがありました。帰国されたら、きっと皆様からリクエストが出ると思います」
「まあ、すごい。その様子を拝見したいわ」
踊ってもらったという令嬢が、目をキラキラさせている。
贔屓の役者を応援するような感じだ。私は一気に、そのメイジーという令嬢が気に入ってしまった。
自分でも現金なものだと思う。
周囲を見回すと、いくつかのもっと剣呑な目つきの女性集団が、こちらを睨みつけている。
今までの会話が、周囲に伝わっていったようだ。
……あれが、エマの言っていたグサグサと刺さる視線ね。この令嬢たちとは全然違う。でも、あの呪文で立ち向かえるわ。
そんなことを考えながら、私の周囲にいる令嬢たちと楽しく雑談をしていると、王太子がダンスに誘いに来た。
前の夜会では、ほとんど会話もなかったので、これは少し意外だった。
「令嬢方と話が弾んでいらっしゃいましたね。私のところまで噂が流れてきましたが、ブライアン・ローズ殿と婚約されたとか」
「まあ、噂の流れるのが早いこと。婚約といっても仮で、正式な話し合いは帰国後です。そのためベルシア側には、お伝えしていませんでした」
王太子は苦笑している。
「ジョエル王子とブライアン殿は、この国の令嬢たちを虜にしたのです。二人とも魅力的だし、雰囲気が全く違うから、引き立て合うような具合でした。私など、全く影に隠れてしまいました」
「まあ、ご冗談を」
我ながら上手い返しだと、満足の笑みが浮かんだ。
でも王太子も素敵な男性で、夢で見たマーカス王も、十七歳当時はこうだったのだろうと想像する。
髪の色もよく似たツヤツヤの赤茶色で、瞳も濃い茶色。でもマーカス王より静かな印象がある。
きっと、もう二年もすれば、女性たちの憧れの的になるのだろう。
そこで、先ほどのノエルを思い出した。
私から見たら年下なので、そう思ってしまうけど、今だって既にそうなのかもしれない。
「お気を付けくださいね。令嬢方の嫉妬は恐ろしいですよ……おや、笑うのですか?」
王太子は意外そうに目を瞠っている。大人びた彼も、そんな表情は十七歳相応に、かわいらしく見える。
「すみません。同じことを夜会の前に、数人から注意されたのです。皆さま同じことを言うものですから」
「それはそうでしょう。ブライアン殿の人気たるや、すさまじいものがあります。では、お手並み拝見しますね」
「ご忠告ありがとうございます。私は早めに退散いたします」
ダンスが終わり、エマのところに戻る。王太子がその場を離れると、たちまち令嬢方に囲まれてしまった。
エマの自然な微笑みが、護衛騎士の冴えた微笑みに切り変わった。それを見て私も戦いに備えた。
……さあ、かかっていらっしゃい。でも、何を言ってくるのかしら?
実は皆目わからない。
「ブライアン・ローズ様と婚約なさったそうですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「どんな女性なら、あの方のお眼鏡にかなうのかと、皆で噂をしていたのですよ。ブライアン様は、スレンダーな方がお好みでしたのね」
案外普通で拍子抜けした。
ただの雑談のようだ。でも目は底意地悪く光っている。
黙って聞く側に回っていると、彼女たちは私を取り囲み、にぎやかに笑いあう。
「とても素敵な方ですものね。どれだけゴージャスな女性でも釣り合わないのではと噂していましたの」
そういえば、皆グラマラスでゴージャスなタイプの方々だ。そしてとても高価そうな華やかなドレスをまとっている。
「そうですわね。そういえばお母様が女神のようにゴージャスな美人ですわ。案外そのせいで、私のような女性が珍しかったのかもしれないです」
私は精一杯愛想よくそう答えた。
彼女たちは顔を見合わせて、扇子を広げた。
それで私も扇子を広げてみた。
一人が扇子で口元を隠しながら、私にピタっと視線を合わせる。
「婚約は仮とお伺いしましたが、不安じゃございませんの?」
「それは......少々......」
少し首を傾げた私に、周囲の方々が一歩詰め寄ってくる。期待するような表情で私に注目している。
「私、本当は恋人から始めたかったのです。でも、婚約してから恋人をしようと言われて、押し切られてしまいました。実は流れが早すぎて、少し不安なのです」
「……押し切られた?」と一人が呟いた。
「あ、いえ。私も同意しましたので、無理にというわけではないのです。単に、少し気持ちが追い付いていないと言いますか」
「――はあ」
何となく皆黙ってしまった。
そして、唐突な挨拶を残し、そそくさと去って行った。
エマがにこやかにその後姿を眺めている。
「今の返しは最高でした。もしかしたら無自覚かもしれませんが、コテンパンでしたね」
「はい?」
今一つ飲み込めていない私に、エマがかいつまんで教えてくれた。
どうやら彼女たちは、ブライアン様には、自分たちのようなゴージャスな女性でないと釣り合わない、と言いたかったようなのだ。
それに対して私が、ゴージャスな美貌で近隣諸国にも有名な、ブライアン様の母上を引き合いに出した。
その母上と比べて勝てる女性はなかなかいない。
そこで作戦を変えて、『仮』と言う部分で揺さぶろうとしたのに、逆にブライアン様に押し切られたと返されては、言葉が出ない。
「マリア様の圧勝でした」
エマは気持ちよさそうに笑う。
私はそんなつもりも何もなく、あっけにとられるばかりだ。
その後、他の女性たちは寄ってこなくなり、主に男性方と交流をして過ごした。
彼らからは、ダンスがお上手ですねと、決まり文句のように言われ、私も夜会を十分に楽しめたのだった。
その夜は早めに会場から引き揚げ、ぐっすりと眠ることができた。
翌朝、遅めの朝食をとってくつろいでいるところに、荷が届いた。
リース国のジョエル殿下からの物で、包みを開けると、しっかりした首輪と、リードが二本。長いのと短いのが輪になっている。
そして菫色のメッセージカード。
それを読んで私は吹き出した。
私をチャックの浮気相手と呼んでいる。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
ベルが心配してやってきた。エマも横に来て、二人してカードを覗き込んだ。
「まあ、浮気者のペットを持つと苦労されますね。立派な首輪ですこと」
ベルが首輪を持ち上げ、しげしげとみている。
「ジョエル様らしいですね。この方のこういう洒脱なところ、大好きです」とエマが笑いながら言う。
「本当。私も大好きだわ」
そう言った私を、二人はじっと見た。
「それ、絶対にブライアン様が居る時に言っては駄目ですからね」
「エマだって言ったじゃない」
「ニュアンスと言い方が大切です。もう少し訓練いたしましょう。それまで、男性を相手にお話しする場合は、お気をつけくださいね」
少し腑に落ちないのだが、エマはとても優秀な教育者だ。昨夜身に染みてそう思った。
「わかったわ。エマ、夜会であなたの教えがどれほど役に立ったか。本当に助かったの。これから帰るまでよろしくね。私、頑張って覚えるわ」
「お任せください。マリア様は教えがいのある素直な生徒で、飲み込みも良いし素質もあります。精一杯お教えします」
それから、白水宮に向かうための準備にかかった。
自分の支度をする前に、私はチャックに首輪を付けてみた。嫌がるかと思ったけど、あまり気にしていないようだ。
丁度よい太さのしっかりした皮製で、痛くないように角が丸く削られていて、ジョエル様の気配りが見て取れる。
「チャック。あなた浮気せずに、ちゃんとご主人様のところに帰らないとだめよ」
顔の高さまで持ち上げ、そう言ってやると、チャックは嬉しそうに私の鼻をなめた。
そのチャックを外交官のところに送り届け、私たちはそのまま白水宮に向かった。