軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

外交団帰国の夜会1

支度は着々と進んでいった。

メイク。

その次はドレス。

最後がアクセサリー。

全部が終わると、「さあ、回ってみてください」とベルが言う。

私がくるくると二回くらい回ると、ふむ、とうなずく。

「次は軽く頭を振ってみてください」

これも何事もなく終わる。

「大丈夫なようですね。これで準備完了です」

エマは既に、王宮女性騎士団の、煌びやかな礼装に着替えている。

赤い制服に金モールの華やかなものだ。とてもキリッとしていて格好がよい。

兄にエスコートされ、その反対側を凛々しいエマに守られ、私は夜会の会場に到着した。

両親とノエルは別の馬車で来ることになっている。

入場も、外交官側に分類された私と兄は、家族とは別だった。

前回の歓迎夜会では、私は来賓扱いで、最後の王と王妃の前に入場した。

エスコートは王太子で、私の後ろに、兄とエマと外交官が続く。

王妃代理としての格式で扱われたのだった。

今回も基本的には同じだが、少しだけ砕けた様子で物々しさは薄まっている。初めの堅苦しさが消えているのは、行事が終わった解放感のせいだろうか。

エスコートは今回も王太子だった。会場に着くと、来賓用の控室に案内され、しばらくすると王太子が姿を現した。

「今宵はまた一段とお美しい。目が眩みそうです」

サラッと褒め言葉を口にする王太子に、ブライアン様を思い出し、クスッと笑ってしまった。

怪訝そうな王太子に、「失礼いたしました。似たようなことを言う方を、思い出してしまいました」

チャックとブライアン様の瞳を思い出す。

そして微笑みが広がる。

王太子は軽く口を開けてから、一拍の間をおいて話しだした。

「お世辞ではありません。たぶんその方も、本音だったのだと思います。今のマリア嬢は、まるで妖精の姫君のようです」

そうにこやかに言う。

王族や高位貴族用の、礼儀作法基礎には、きっと女性の褒め方も入っているのだろう。

少年時代のブライアン様と王子たちが、さっきの私のように、講義を聞いている様子を想像してしまった。

可愛らしく質問する様を想像すると、たまらなくきゅんとする。三人とも綺麗な子供だっただろう。

エマに昔の話を聞かせてもらわなくては。

そういえば、チャックは今頃いい子にしているだろうか。

今日は外交官の従僕に預けている。

相性の良さそうな従僕に、少しずつ慣れさせていったのが成功した。

今では彼に預かってもらえるようになったので、何かと助かるのだ。

「では、そろそろ参りましょうか」

王太子が手を伸ばす。

私は立ち上がり、彼の手に自分の手を預けた。

夜会の間、私は意識して時々チャックとブライアン様の瞳を思い出した。

間違っても深刻な表情を見せたくないから。

そしてエマの教え通りに、あまり視線を合わせず、ぼんやりと周囲を見るよう心掛けた。

もちろん会話はするし、ダンスも受ける。でもあまり視線を合わせないと、会話は弾まないのが分かった。

エマの講義は全く実践的だ。

夜会の途中、兄がノエルを伴ってやってきた。

「ノエルが先に帰るそうだ。母も付き合って一緒に帰るらしい」

ノエルは興奮しているのか顔を上気させている。周囲の様子をきょろきょろ見る様子は、やはり子供っぽくて、少々場違いな感じで浮いている。

でもいつもよりずっと大人っぽくて、おしゃれに装っている。これは、ベルと、ベルに見いだされた侍女のおかげだろう。

「ノエル。今日はとても大人っぽくて素敵。それにほっそり見えるわ」

ノエルは凄く嬉しそうに笑った。

「お姉さま、すごく立派でした。歓迎の夜会の時は、ちゃんと見ることができなかったので、今回は最前列に出たの。あんな風に入場するお姉さまを見たのは、結婚式以来よ。別人のように素敵に変わったわ。エスコートする王太子殿下も素敵でうっとりしました」

頬を赤くし興奮してノエルが話す。

私が素敵だったという話以上に、王太子に興奮しているようだ。そろそろ、そういうお年頃なのだろう。

ノエルは興奮しながら嬉しそうに母と合流して帰って行った。

二人が会場から出て行くのを見送ると、兄がくるっと振り向いた。

「明日の招待の件、父上たちに話しておいた。俺が代表で招待されて、長女のお前とダリルとエマ、ロイドを伴うと言っておいた。ところで今日はいつもより愛想が良いな。どうした?」

いつも通りのつっけんどんな物言いに、私も言い返してやった。

「私にも他所の令嬢方に対するのと、同じ態度を心がけるのでは?」

クッと詰まると、一瞬眉をしかめたが、突然不自然なまでの笑顔になった。

「こんな感じでいいか?」

「気持ち悪いわ」

エマが間に入る。

「お二人共、子供同士の口喧嘩みたいですよ。少々大人げなく見えますが」

子供同士。そう言えば私も近頃、兄に何の遠慮もないような……

兄は「あー」と声を出して目を泳がせた。

「俺たちは十年以上、余り話をしてこなかったんだ。それで十歳くらいのところからやり直しているのかもしれない」

「ああ、そうかもしれないわね」

そう私が相槌を打つと、兄がイタズラっぽくニヤッと笑った。

「年長者の務めだ。俺が先に大人になってやるしかないな」

腹が立つ言い方だ。ムッとしたところに、女性が近寄ってきた。

慌てて表情を取り繕うが、少しドギマギしてしまう。兄はいきなり伯爵家嫡男の、すました表情に変わっている。

やはり兄の方が上手だ。

「マリア様。先の夜会でご挨拶したレーベ伯爵家のノーマです。今日もお綺麗ですわね」

「ありがとうございます。レーベ嬢のネックレスとっても綺麗。今まで見たことのない宝石です」

彼女の胸元に下がった石は、澄んだ青色で、不思議なくらい鋭く光っている。

そのせいで、小粒でも非常に目を引く。

「これはこの国特産の宝石なのです。高価ですが、お土産にすれば、とても喜ばれますわ」

それは、ありがたい情報だ。王妃様と、公爵夫人へのお土産は、それに決まり。

ニンマリと微笑む私を見て、兄が、「買い物に行かないといけないな。仕方ない。付き合ってやるとするか」と苦笑した。

それからレーベ嬢にダンスを申し込み、フロアに向かった。ほかの令嬢に対するときは、礼儀正しい貴族子息に見える。

兄は兄で、ちゃんと社交をこなしているのだ。そういう姿を見ると、見直す気になる。

「エリック様は、さっぱりしていて優しいので、女性には人気があります。先ほどのような姿は初めて目にしました。ブライアン様もマリア様の前だと……傑作ですが」

エマは何を思い出したのか、下を向いて笑い出す。

「なあに?」

「王太子殿下とマリア様が踊っている時の、ブライアン様の顔を……」

クククッと笑った後、おかしそうに言う。

「その後の婚約披露のダンスったら。ちょっと見たことのない華々しさでした。もう笑いを堪えるのが大変で」

「変だった? 少しダイナミックな踊り方だったわよね」

「いいえ、素敵でした。語り草ですよ。私は一部始終を見ていたせいで笑ってしまったけど、他の方々は大絶賛していました」

近くにいた令嬢たちにその話が聞こえたらしく、驚いたようにこちらを見ている。

私はにっこりと彼女たちに微笑みかけた。

当たり障りのない挨拶が済むと、先頭の令嬢がおずおずと尋ねる。

「はしたないことですが、お話が少し耳に入ってしまいました。ブライアン・ローズ様と婚約なさったとか……」

私は黙って頷いた。

この関係は仮なので、ベルシア側には伝えていない。だが隠す必要もない。だから同行した誰かが雑談で話しているかもしれない。

令嬢方は驚いている者、落胆している者、何故か喜んでいる者とまちまちだ。

でも、あまり重たい感情では無さそうで、上がる声は明るい。

「そうですわね。あんなに素敵な方ですもの。婚約者がいないほうがおかしいわ」

「ほらね。言ったでしょ。無理だって」

「自分だって踊ってもらって、ポーッとしていたくせに」

踊ってもらって?

一瞬、心臓がドクンと打った。

そのとたんに、エマに教わった呪文のアレンジ版が浮かんだ。

『いくら憧れたって、ブライアン様は私のものよ』

……これ、効果覿面ね。

私はすぐに気持ちを立て直せた。