作品タイトル不明
夜会の準備2
その私たちに、ベルが時々声をかける。
「このドレス……は、駄目ですね。軽いわ」
私にドレスを当て、首を振る。そしてまた、バタバタと衣装部屋に入って、ドレスを物色する。
公爵家が贈ってくれた、まだ袖を通していないドレスが何枚もある。
それを何度か繰り返した後、ベルが選んだのは、フワッとした清楚なドレスだった。
「今宵のテーマは、人間界に遊びに来た妖精の姫君です」
エマが手を打ってよろこんだ。
「お守りしがいがありそうです」
薄い絹のスカートに銀のキラキラした細かい刺繍が全面に刺してある。スカートが揺れるたびに、小さく銀がきらめき、目を引くようになっている。
「布地の色つやからして、上等なのがわかります。これ、公爵夫人の見立てですね。さすが王族だわ」
ベルが感心している。そして威厳を持って宣言した。
「これに透けるシフォンのショールを付けます。髪は両横で三つ編みにして留め付けます。そこに花をたくさん飾ります。後ろは下ろしましょうね」
初めての髪型だ。聞いているだけでドキドキする。
「それなら、横目で見下すのではなく、微笑んで視線を合わさない方向ですね。実戦で練習しましょう」
エマも力み始めた。
そのうちにノエルの衣装担当の侍女が、ベルに相談にやってきた。
母がゴテゴテしたドレスを勧めてくるので、どうにかしてほしいと言う。
どうやらノエルの垢抜けない格好は、母の見立てだったらしい。
ベルが腰に手を当てて仁王立ちになった。
「子供だと思って選ぶから、おかしな具合になるのよ。十五歳なのに十二歳みたいなドレスを着させるから」
「私が言っても聞いていただけないので、ベル……」
ノエルの侍女は、ベルにすがるような目を向ける。
「ベル、助けてあげて。もし使えそうなものがあれば、ここから持って行ってちょうだい」
侍女は感謝の眼差しを私に向けた。
ベルは彼女と共に衣装部屋に向かい、何点かを腕にかけて、足早に部屋から出ていった。
「ベルって有能ですね」
その後姿を見送って、エマが言う。
「そうよ。この能力を今までは全く発揮できなかったの。私のせいで」
「じゃあ、良い方に変わったわけですね」
「そうよ。変わったの」
そのままエマが黙り込んだ。
「どうかした?」
「マリア様は、ときどきひどく思いつめた目をされます。今日はそれを隠しましょう。社交は、軽く明るく当たり障りなく。そうでないと、裏を探られてしまいます」
言われてハッとした。
自覚はなかったけど、そうなのだろう。気をつけないと。
私がおたおたしていたら、エマが助言を与えてくれた。
「時々ブライアン様の事を思い出しては? もしくはチャック様の事でも」
「チャックにするわ。名前を言うだけで、ほほ笑みたくなるもの」
「……」
なぜか、エマが私を残念そうに見つめている。
急に言い訳をしないといけない気分になった。
「ブライアン様のことも、思いだすと嬉しくなるわ。でも、もう少し複雑な気分になるの。身分が高すぎるし、本当に私でいいのかとか、そのうちに目が覚めて嫌われるかもとか、色々と不安になるのよ」
「でも、その不安を抱えてでも、あの方の申し出を受けられたのですよね。どこに一番惹かれたのですか?」
そう聞かれて一番に思い出したのは、彼の青い瞳だった。
「ブライアン様の瞳よ。初めてお会いした時の、冷たく光る青い目も、今の暖かい青い目も、どちらもすごく好き」
エマがふっとほほ笑んだ。
「一目ぼれだったのですね。それなら大丈夫。チャック様と一緒に、ブライアン様の青い瞳を思い出せばいいのです」
……一目ぼれ?
「嫌だ。なにを言い出すの? 一目ぼれだなんて、私は……私は……」
もしかしたらそうなのかもしれない。初めてお会いした時、あの青い瞳を見て、ジェイソン様のことを好きではなかったのに気付いた。
本当に、そうなのかもしれない。
頬が熱くなってきたので、両手で冷やしながら、エマを盗み見た。
エマは真っすぐな目で、私を見ている。その瞳には、からかうような色は見えない。
「ただいま、戻りました。ノエル様のお支度も、ちゃんと進みそうです」
そう言いながらベルがやってきた。
「どうかしました?」
私はベルに尋ねた。
「ベル、私は初めてお会いした時から、ブライアン様のことが好きになっていたのかもしれないわ」
ベルは驚いたようだが、すぐに嬉しそうに言った。
「ようやく気付いたのですね。それはよかったです」
「ベルは知っていたの?」
「ええ、もちろんです。ミスターロイドも私も、さりげなく応援しておりました。今となってはどちらでもいいのですけど、自覚があったほうがより一層いいと思います」
――恥ずかしい。みんな知っていたなんて。
「あの、私ってそんなにわかりやすかったの?」
「最初にブライアン様に好意を示したのはマリア様です。あの時私が言ったことを覚えていらっしゃいますか?」
そう言われて、記憶が蘇る。
ベルとロイドが二人揃って、私に意見してきたことや、香水の件や、その他諸々。
……ということは、もしかして。
「ブライアン様も知っていたってこと?」
ベルが苦笑した。
「どうでしょう。一番混乱していたのがブライアン様でしょう。帰国したら、お伝えになっては? きっと感激なさると思いますよ」
「クルス家に仕えるのは楽しそうですね」
そう言ってエマが笑い始めた。
その様子を見てベルが、「じゃあクルス家に移籍しませんか。マリア様の専属騎士として。マリア様にも、今後必要になります」
エマは軽く笑いながら、首を振った。
「王宮の女性騎士になるのは、近衛騎士の倍も難しいのです。並大抵では入れない。私の憧れの……」
ベルの表情を見て、エマが言葉を飲み込んだ。
ベルは怖いくらいに真剣な表情をしている。
私もきっと、気付かずにこんな表情をするのだろう。
大きく息を吸い、チャックとブライアン様の瞳を思い浮かべる。
すると心に明るい光が灯った。
「ベル、無理を言っちゃいけないわ。誰か良い女性騎士を紹介してね。エマ」
私はそう言って、この場の重苦しさを吹き払った。
遅い昼食まで、講義と下準備のあれこれが続き、私はぐったりとしていた。
「夜会って大変ね。でも歓迎の夜会のときは、これほどではなかったのに」
「あの時はまだ遠慮がありました。今回はもっと積極的に、人が寄ってきます。だから備えも必要ですよ」
ベルの言葉は正しい。反論の余地なしだ。
「……はい」
「そんな疲れた顔しないでください。食後に私がとっておきの、ヘッドマッサージをして差し上げますから」
現金にも私は気を取り直した。
ベルのヘッドマッサージは絶品なのだ。ところが、それはご褒美の位置付けで、めったにやってもらえない。
私の様子を見て、エマも興味を持ったようだ。
「エマにもやってあげてはどう? もしかしたらクルス家に移籍する気になるかもよ」
その言葉にベルの目がキラっと光る。
エマは興味津々で施術を受けたが、そのあとすごく複雑な表情になった。
もしかしたら、あと二回くらいこれをやってあげたら、移籍を承諾するかもしれない。
その後で本格的な準備に取り掛かった。
まずは髪を結う。
頭の両横に三つ編みを二本ずつ作り、それをお団子状に耳の後ろに留め付ける。
私の髪はボリュームがあるので、地毛のままでしっかりしたお団子ができる。
そして後ろの髪だけをまっすぐ下ろす。それはきれいに膨らんで、丁度良いバランスになっている。
「ベル、この髪型素敵。気に入ったわ」
ベルが嬉しそうに髪に花を刺し始めた。