作品タイトル不明
外交団帰国の夜会の準備
ベルが兄を呼びに行き、ダリルと一緒に聞いてもらうことにした。
兄が私の部屋を訪ねてきたのは、キャロルが帰って行って、1時間くらいたってからだった。
兄は部屋に入るなり、ズカズカと私の前にやってきた。
表情は威圧的だし、足音はうるさい。
ピタッと立ち止まり、口を開こうとする前に、私は諌めた。
「お兄様、うるさいです。足音と醸し出す雰囲気が」
ベルが噴き出したが、ダリルは口をすぼめて目を伏せた。
「お前なあ……俺にどうしろって……」
そう言って、口元を押さえるベルを見てからダリルに救いを求めた。
ダリルは静かに微笑みながら進言した。
「他所のご令嬢に接する時と、同じようにされるのはいかがでしょうか」
兄は口をぎゅっと結んで唸る。
これで少しは態度が改まるかもしれない。
「こちらに座ってください」
兄は大人しく従った。
「まずは、急ぎの件を先に話しますわね。マーカス前王の従者から、王の住んでいた白水宮への招待状が届いたの」
私は青い封筒を兄の前に置いた。
兄はそれを開き、招待状を読み始めた。
「夜会の翌日か。少し急だが、まあいいだろう。夜会で羽目を外すつもりはないからな」
「この招待は表向きのものよ。本題は石の秘密と、マーカス王から私への手紙の件なの」
兄がビクッとした。
「そこで、なぜ石が出てくる? しかも、なぜマーカス王がお前宛に手紙を残す?」
「私には分からないわ。でもあちらは石のことも、私が石の主になっていることも知っているの。今日、石が光ったところをキャロルが見ていたそうよ」
「キャロル? 侍女の?」
突然キャロルの名が出たのが理解できずに、兄はキョトンとしている。
それはそうだ。私だってすごく驚いている。
「たぶんキャロルは密偵よ。マーカス前王の陣営じゃないかしら。王太后様と対立する組織らしいわ。そして私の味方だそうよ」
兄は腕を組んで考え込んだが、しばらくして顔を上げた。目がなぜか怒っている。
「相手はお前に何を要求してきた」
「マーカス前王の手紙を受け取って欲しい。その時、石について説明するつもりだったが、状況が思っていたものと違う。だから早めに情報交換したい、だそうよ」
フウッと息を吐き、兄は椅子の背にもたれかかった。
「行くしかないな。いや、是非とも話をしないと。自称、味方だろ? ところで、なぜ石は光らなかったのか、お前は理由がわかっているのか?」
……わかるわけがないでしょ!
思わず兄を睨んでしまった。兄は、まったく動じずに答えを待っている。
「触った途端に光りだしたでしょ。私は目を瞑ってしまったわ。もう駄目だって思ったの。で、咄嗟に光らないでって思った。目を開けたら、なぜか光っていなかった。それだけよ」
「そうか。もしかしたら『光らないで』という願いを聞いてくれたのかな。そんなことも叶うのか? まあ、俺たちにはわかるはずもない。とりあえず初め光ったから偽物じゃないだろうし、その辺も自称味方の者たちに聞くとするか」
私は黙ったまま頷き、兄に頼んだ。
「招待されたのは石の秘密を知る五人なの。だからエマは連れていけないわ。お母様やノエルも。うまく理由付けしてもらえる?」
エマは私の護衛騎士だが、ノエルの護衛も兼ねている。
不安がっているノエルが落ち着くまでの間、ノエルの部屋を使い、外交団が引き揚げた後は、私の部屋に移ってくる。
エマに内緒にできるかは、状況次第だろう。
「わかった。明日はお前も十分気を付けろよ。仮とはいえ婚約しているのだからな」
そういえば……そうだった。時々忘れてしまう。
あまりに急だったし、実感が湧かないのだ。
そんな私の気分が伝わったのだろう。
「お前な、言っておくがブライアン殿と婚約したことで、この国の令嬢たちにも妬まれるってことを……」
「エッ!」
私は心底驚いた。
そうだ。
そういうことも、あるかもしれない。今まで縁がなかったので、まるっきり考えていなかった。
「……何も考えていなかったわけだ。いいか、妬まれるに決まっている。ブライアン殿は、数ヶ月前にこちらに来ている。まだ皆覚えているさ」
私はコクコクと頷いた。
「男にも女にも気をつけろよ。周囲は、ほぼ全員危険物だ。エマとベルに教われ。そして夜会の間中、エマを側におけ」
「ノエルは大丈夫なの?」
「母に面倒を見てもらう。アイツはまだ社交界デビューしていないから、はじめに顔を出して、すぐに引き揚げるだろう」
まだデビュー前。そうだった。まだ子供枠なのだ。
「ベル頼んだぞ。エマにも言っておいてくれよ」
「承知しました。隙のないドレスで威圧しましょう。それとも儚げに作って、庇護欲をくすぐるもありです。腕が鳴る」
ベルが生き生きし始めた。
「任せた。じゃあ、明日な」
兄はそう言うと、さっさと帰って行った。
「お兄様って、話が早いわね。楽だわ」
「そうですね。お嬢様に対するときは、男友達と接するような雰囲気ですね。ノエル様は女性扱いというより、子供扱いですね」
ベルが、アハハと明るく笑う。
そうだわ、と改めて思う。姉妹でも同じではないのだ。同じ人間ではないし、同じ条件でもない。何となく、それがストンと飲み込めた。
そして今までの私は、たぶん少し僻みっぽかったのだと気が付いた。
次の朝、私はベルに早くから起こされて目をこすっていた。
すでにエマもベルの横に立っている。
「さあ、まずは嫉妬対策のレクチャーをしますね」とエマ。
妙に爽やかに、にこにことしているのがとても怖い。
「まあ、ブライアン様レベルだと、それはもう避けて通れないことです。ですので、今からしっかりと身に着けていきましょう」
「はあ……」
「まず、嫉妬は当たり前だと思いましょう。ぐさぐさと刺さる視線は無視、もしくはほほ笑んではじき返しましょう。どれだけ睨もうと、ブライアン様はわたしのものよ、というフレーズを、頭の中で唱えるのもよし」
「はあ?」
「しつこい男には、ほほ笑み方を変えましょう。フフッではなく、ふふん、という笑い方が効果的です。追い打ちをかけるには、横眼の流し目で見下すのがよろしいでしょう」
「ちょっと待って。それ何の講義なの?」
「王家並びに高位貴族の令嬢向け、社交術基礎です」
「基礎なのね……」
「はい、マリア様は基礎レベルから初めていただいた方が、よろしいかと思います」
エマが騎士っぽくないエマになっている。
別人格が乗り移ったようだ。
ベルも、へえーと言いながら、近くでまじまじとエマを見ている。
「高貴な女性の護衛をする場合、そういう知識も必要なのです。そして、もしそういう方面に疎いご令嬢がいらっしゃった場合、お教えするのも役目の一つなのです」
女性の護衛騎士の役目は、幅が広そうだ。
「難しい状況では、私がフォローに入ります。ですが、基本的な心構えをして置いていただいた方がいいと思います。マリア様、がんばりましょうね」
エマの講義は続いた。
ダンスの誘いのかわし方。そもそも声をかけられたくない時の、振る舞い。
時に目から鱗のテクニックが伝授された。
「王宮での礼儀作法の講義では、聞かなかったことばかりよ。本当にそれ、基礎なの?」
「そちらはあくまで座学です。私のは実践版です」
確かに、すぐ役に立ちそうだ。
私は本気でその講義を頭に刻み始めた。