軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

侍女のキャロル

母とノエルが部屋に戻っていき、自室で夕食を済ませた後、私は手紙を書いていた。

ブライアン様に宛てた手紙だ。

今までの弔問行事のあれこれと、王家の人々の様子。

それから今日のお茶会での色々。

たぶん夜遅くに、兄がここに来るはずなので、今のうちに書いてしまおうと思い、手紙に没頭していた。

ベルも自室に戻って休んでもらっている。前室には護衛のダグがいるはずだ。この離宮でも、自前の警備は控えめにだが付けている。

手紙が三枚目に入るころ、ドアがノックされ、キャロルの声がした。

「マリア様、少々お伺いしたいことがございます」

「キャロル? 入ってちょうだい」

やり取りで目を覚ましたらしいベルが、ドアを薄く開けて頭を出した。

「お嬢様、どうかなさいましたか」

「いいえ、キャロルよ。問題ないわ」

そうベルに答え、こんな時間になんだろうと思いながら、キャロルに対した。

キャロルは手紙を一通持って、立っている。

「マリア様、この手紙を今、読んでいただけないでしょうか。決して敵対する者からの手紙ではありません。私は、部屋の隅に控えておきます。読んでからお答えをいただけたら嬉しいです」

キャロルの様子がいつもと少し違う。

少し緊張して、固い表情をしている。その顔は、兄やブライアン様に、そしてあの男や、私を襲ってきた女に通じるものがあった。

「あなた、密偵なの?」

言ってしまってから、体をこわばらせた。害意を全く感じなかったので、ついまっすぐに言葉が出てしまった。

キャロルがびくっとした。

下げていた頭を上げ、恐る恐るという感じで私を見る。

「違います。ただの侍女です」

怯えているのは、彼女も同じなようだ。

少なくとも、あの女とは違う。弱い人間を獲物として見下していた、あの表情は見あたらない。

ベルが身だしなみを整えて部屋から出てきた。探るように、私とキャロルの様子を伺い、私の横に立つ。

「手紙をちょうだい。読むわ」

キャロルが一瞬嬉しそうな表情を見せ、こちらに小走りに寄ってきた。やはり足音のしない、とても滑らかな体の運び。密偵なのだろう。

今一体何が起きているの?

頭がクラっとしたが、これは現実。私は今、どこかの密偵と対峙している。

そしてその答えはこの手紙に書かれているはず。

手紙を受け取り、開いた。細かいきれいな字が並ぶ。

そこに書かれていたのは、マーカス前王の手紙を預かっているという言葉。そして、ぜひ会って話がしたいと締めくくられている。

たったそれだけの手紙だった。

「キャロル、これはどういうこと。なぜマーカス前王が私に手紙を?」

「詳しいことは、手紙の主に聞いてください。私はただのメッセンジャーで、それ以上のことは言えません」

そう言った後、チラッとベルを気にする。

「ベルは私のことならなんでも知っています。隠さなくて結構よ」

キャロルは小さくうなずくと続けた。

「今日、王太后宮でマリア様が石に触れたとき、石が光ったのを見ました」

その言葉に私は衝撃を受けた。

石が光ったところを見られていた?

そして、キャロルの仲間は、それが何を意味するのか、知っている者たちだということだ。

「本来、この手紙をお渡しして、石についてご説明する予定でした。ですが、あなたは既に……ご存じなのでしょうか?」

キャロルが強い視線を私に据える。

知っているのだ。王家が知らないことまで、キャロルは知っている。

キャロルにも、私とベルがそれを知っていることがわかったのだろう。

「一体どうなっているのか、早めに話しあったほうがいいだろうと、上司が申しております。一緒に出向いてはいただけないでしょうか」

ごくりと唾をのんだ。

出向くのは危険すぎる。

「ここに来てもらいたいわ。信じられないから」

「上司がこちらに出向くのは、支障があってできません」

キャロルは困っているようだ。

「私の秘密を知るものは、他に数人いるの。彼らと一緒なら考えるわ」

そう告げると、少し考えてから顔を上げた。

「わかりました。それはどなたでしょうか」

私は兄の名を出し、他に三名いると告げた。

「五名ですか。私共の方では、マリア様おひとりに、この話をするつもりでおりました。これは私が一人で決められることではないので、上司に聞いてまいります」

そう言ってから、キャロルは追加した。

「王太后が、強盗団に見せかけた集団にクルス家を襲わせたことは、ご存じでしょうか」

私たちは答えなかったが、答えは見て取れたのだろう。

ひどく不思議そうな表情で私に問いかける。

「なぜ、そこまでわかったのですか? どうやって……」

私は何も答えなかった。ベルも蝋人形のようにピクリとも表情を動かさない。

キャロルは首を振って、「少しお待ちいただけますか。すぐに聞いてまいります」と言い、出て行った。

キャロルが部屋を出ると、呪縛が解けたように力が抜けた。

「お嬢様。ダグが薬で眠らされているようです」

廊下の様子を確認に出たベルが叫ぶ。

ダグは前室の椅子に座って寝ている。私はすっかり無防備な状態になっていたらしい。

ベルに頼んで兄に知らせに行ってもらおうとしたが、一人にはできないとベルに反対された。

キャロルはすぐに戻ると言っていた。すぐとはどの程度の時間を指すのだろう。

まるで見当がつかない。

でも、ベルが兄の部屋まで行き、兄と一緒に戻って来るよりは早そうだ。

仕方なしに、二人で部屋の真ん中にあるソファに寄り添って座り、待った。

キャロルは考えていたより、更に早く戻ってきた。

一応、ドアをノックするので、「入っていいわ」と声をかけた。本当はノックする必要もなく、滑りこめるのだろう。

「お待たせしました。上司からの伝言です。明後日の午後に五名様を、お茶にお誘いしたいとのことです。マーカス前王のお住まいだった、白水宮にてお待ちします」

一息に言うキャロルの顔を見つめた。

「手紙の主はどなたなの? 教えてもらえるわね」

「はい。マーカス前王の従者、ニコラス様です。マーカス前王から、生前に命を受けておりました。本当は一月ほど後に行われる、遺産相続の件を済ませ、白水宮を明け渡してから、マリア嬢を御尋ねする予定でした」

王の側近と聞いて、少し安心した。ベルも同じ気分のようだ。

「それなら、なぜ秘密で動くの? 石の件以外は、隠し立てするようなものではないのでしょう」

キャロルは困ったような顔をしている。

「前王は、王太后様とも王とも、あまり関係がよろしくなかったのです。マリア様に迷惑が及ぶのを防ぐため、接触は秘密裏に運ぶよう指示されております。マーカス様が生前に全てを手配されています」

「ニコラスという方は、マーカス様の代理ということね」

「はい」

私はその申し出を受けることにした。

「わかったわ。お受けしますとお伝えください。私は石のことだってよくわかっていません。できたら石の主を誰かに譲れたらいいと思っています。その方法がわかると嬉しいわ」

キャロルは頭を軽く下げた。

「承知しました。そうお伝えします。石の詳細は王族しか知りません。私や他の者たちは、主が触ると石が光ることくらいしか知りません。それほど謎の石なのです」

少し残念そうにキャロルが言う。密偵にしては表情に気持ちが出やすい。

そして、別の手紙を私に手渡した。

「これは正式な、招待状です。クルス家のエリック様とマリア様宛てで、白水宮にて故マーカス前王を偲んでいただきたい、という趣旨のものです」

私は落ち着いた深い青の手紙を見つめた。

「確かに受け取りました。明日、兄に伝えておくわ」

キャロルは静かに頭を下げ、部屋から出て行った。ドアを開ける前に足を止め、こちらに向き直った。

「明日の夜会では、何も仕掛けてこないと思います。ただ、このお誘いについては、話題にされない方がよろしいかと思います」

それからもう一度頭を下げて、部屋を出て行った。