軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十二話 観測者の失態(side:ナイアロトプ)

「やれ、やれ……! 早く殺せ! 人形になんかしなくていい、とっとと処分しろ!」

ナイアロトプは上位世界より、次元の歪みを用いて、カナタとアリスの様子を確認していた。

右の手の指を噛み、逆の手で次元の歪みを押さえ、食い入るように見ていた。

ついに、カナタをここまで追い込めた。

アリスのレベルと能力ならば、ここまで弱ったカナタであれば、このまま倒し切れるはずであった。

「雑魚は引っ込んでろ! 殺せ、殺せ! とっとと殺せ!」

ナイアロトプは苛立ちの声を漏らす。

丁度、ロークロアでは、騎士ベネットがアリスへと剣を向けていた。

散々グレー行為に踏み込んで、ようやくカナタを殺し得る舞台を整えることに成功したのだ。

ここを凌がれれば、本格的に打てる手がなくなってくる。

さっさとカナタを殺してくれればいいのに、アリスの得意魔法である《 人形箱(パペットコフィン) 》が足を引っ張っていた。

アリスはカナタを人形化するつもりのようであった。

せっかく手に入ると思っていた《赤き権杖》を逃し、その損失を他で埋め合わせしようとしているのだ。

「そんなことしなくていい! とっととやれ! ここで仕留め損なわれたら、本当に後がないんだよ……! 後で別の形で恩恵を授けてやるから、とっととそいつを殺せ!」

ナイアロトプは次元の歪みへと更に顔を近づける。

自身の地位が掛かっているのだ。

ここで仕損じれば、本格的に主より見限られかねない。

「頼む、アリス! ここで殺してくれ! 《神の見えざる手》に入る力が欲しいのなら、後でいくらでもくれてやるから……!」

ナイアロトプがそう口にしたとき、ポメラの不意打ちによってアリスが地面に崩れ落ちた。

ナイアロトプは緑の髪を掻き毟り、その場で倒れ込んだ。

呻き声を漏らした後、仰向けになって深く息を吐いた。

「なんでだよ……なんでそうなるんだよ……」

丁度、画面の向こうでは、カナタがポメラに何度も白魔法を掛けてもらっているところだった。

どんどん怪我が治っていく。

これで全てが水の泡になった。

「我が眷属よ、とんでもないことをしでかしてくれたな」

主の声が聞こえた。

ナイアロトプは横になったまま、返事もしない。

これまでなら主に呼ばれれば愛想よく対応していたナイアロトプだったが、カナタとの一件で関係が険悪化して以来、対応が杜撰になっていた。

「聞こえているのだろう? まだ《メモリースフィア》化はしていないが、一部のお得意の上位神に向けたライブ配信では、とんでもない荒れっぷりだ。《メモリースフィア》で大々的に広まれば、ロークロア存続の危機にもなりかねない」

「別にいいじゃありませんか。どうせ、また主様が馬鹿にされているだけでしょう? 見ている神々は、どうせカナタ・カンバラが勝ってまた大喜びしていることでしょうよ。馬鹿にされて注目度が高まっているのですから、もう諦めてプライドを捨てて、その路線に切り替えては? こんな無理難題押し付けられたって、僕にはもうどうしようもありません。せいいっぱい頑張りました。これが失敗だというのなら、主様の方針ミスでしょうよ」

「……今回に限っては、負けたのが問題なのではない。それも勿論だが、それどころではない。いや、いっそ、殺し損ねてよかったとでも言うべきか。こんな失態を犯してくれるとは。最悪の事態にならなかっただけ、カナタ・カンバラに感謝するんだな」

「は、はぁ!? 嫌味にしても、あんまりな言い分ではありませんか! いったい僕が、何をそこまで大きなヘマをしたというのですか!」

ナイアロトプは堪らず怒鳴り、起き上がって頭上を睨みつけた。

ナイアロトプとて、制限だらけの中、必死にカナタを後一歩まで追い詰めたのだ。

確かに始まりも、カナタを殺し損ねた自身のミスが発端であった。

しかし、だからといって、こんなことを毎度毎度言われていては、彼としてもやる気がでるわけがなかった。

せいいっぱい、やれることをやった。

制限の方が厳しすぎるのだ。

「…………はぁ」

「黙ってないで、何か言ったらどうですかねぇ! 何が駄目だったというのか、はっきりご教示いただきたい!」

「《 虚無返し(ヴァニティア) 》」

主がぽつりと呟いた。

ナイアロトプはびくりと肩を震わせた。

「魔法で直接干渉したな……愚図め。それは最大の禁忌だと言ったはずだ」

「う、ううう、うううううう……ですが、それは、その……」

ナイアロトプが頭を抱える。

《 虚無返し(ヴァニティア) 》は、ナイアロトプがカナタに対し、『思わず』使ってしまった魔法であった。

最大の切り札であったレッドキングの爆発をあっさり対処されそうになり、咄嗟に妨害の一手を出してしまったのだ。

「指が、つい、無意識の内に……。今やらなければ、全てが無駄になると……。だだ、だって、主様だって、手段を選んでいられる場合でもない、どうにかしろって、あんなに僕に言って……」

ナイアロトプはぽつぽつと、思いついた言い訳を口にしていく。

目に、じわりと涙が溜まり始めていた。

「ああ、ああ、そうだ! あれは、しかし、攻撃ではありませんでした! それに、ほら、《メモリースフィア》では目立たないように加工するという手も……」

「既にライブ配信で露呈しているのだ。そもそも、あの不自然なカナタ・カンバラの魔法の途切れは誤魔化しようがない。絶対に目敏い神が見つけ出し、俺が見つけたと《ゴディッター》で騒ぎ立てるだろう。下手に隠そうとすれば、むしろ騒ぎを広げるだけだ」

付け焼刃の言い訳は、当然あっさりと崩されてしまった。

ナイアロトプは自身の言うべき言葉を失い、弱々しく口をぱくぱくと動かした。

「何度も言っただろう? 直接干渉すれば何でもありの世界になってしまう。それは、我々の間ではとうに廃れたエンターテイメントだ。直接干渉した前例を作れば、神々がロークロアへの関心を失うのだ。そうすれば、お前の存在意義もなくなると思え」

「ぐ、うぐ、ぐぅ……」

「それがカナタ・カンバラが生き残ってよかったという意味だ。これで殺していれば、直接介入によって大きな影響を与えたということになる。まだ傷は浅く済む。それでも、ロークロアの一個人に対し、お前が第二十六階位魔法をぶつけたという事実は変わらんがな。ロークロアは一生、その汚名を背負って運営していくことになる。この損害がわかるか? なぜあんな浅はかな真似をした」

「あそこで、あそこで殺しておきたかったからですよ……。あれだけやって駄目だったのならば、もう、もう、打つ手が……」

「あれだけやって……な。はっきり言って、今回の計画自体が最悪だった。たまたま魔王が強力なアイテムを得たのとはわけが違う。当事者のアリスが、指摘していたではないか。あからさまな神の意志の干渉を感じる、と。現地人程度に、何をあそこまで見透かされている。あれでは、ロークロアを見た他の神々にもバレバレだろうな。目敏いアリスに全部バラされたのだから、最早隠すも何もないのだが」

「わかった上で、やってるに決まってるじゃないですか! じゃないと、排除できないんですから! そんなこともわかってなかったんですか! 上から目線で、ああしろ、こうしろ! できないと言ったら、考えるのがお前の仕事だと! できないから変えろって言ってるんです!」

溜まっていたものが爆発し、ナイアロトプは叫び声を上げた。

「自分ならできると馬鹿なこと思ってるんだったら、もう僕なんか消して他にもっと優秀な眷属でもお創りになられたらどうですか! 馬鹿にしやがって!」

罵声は一度言ってしまえば、どんどんと勢いを増す。

ナイアロトプの口から流れ出ていった。

「実は今回の粗があまりに目立ったので、お前は消すつもりだった。とはいっても、他の眷属ならばカナタ・カンバラを排除できるかは、また別の話になるだろうがな」

「えっ、えっ……」

自身の削除が検討されていたと聞き、ナイアロトプの顔が青くなった。

勢いで口にしたが、さすがに消されることはないだろうと甘く考えていたのだ。

「お前の直接干渉があまりに痛い。しかし熟考した結果、お前を置いておいた方がいい、ということになった」

ナイアロトプは深く安堵の息を吐き、へなへなと崩れ、その場に膝を突いた。

「で、ですよね、まさか、本気で消すなんてわけ……」

「ロークロアに対するお前の権限を引き上げる。制限内でカナタ・カンバラを殺す術がなかったのが、お前の暴走を招いた。確かにそれは、我の失態と言える」

ナイアロトプは表情を一変させた。

「あ、主様……! よろしいのですか!」

「ああ、今回の《赤き権杖》騒動は干渉過多の悪手だったと断じたが、今後はそのような真似を許容する。魔法の直接干渉は勿論禁じ手だがな。《神の見えざる手》にも、直接的なメッセージを出してもいい」

ナイアロトプは、主の発した《神の見えざる手》という言葉を聞き、邪悪な笑みを浮かべた。

「わかりました! そこまで権限をいただければ、確かにカナタ・カンバラを殺す方法も見つかるかもしれません! これでようやく、奴を殺せる芽が見えてきましたよ、主様」

「ただ、敵はカナタ・カンバラだけではない。外に関心を持ち始めた諸悪の根源であるリッチも、処分するか、またダンジョン深くに追い込んでおく必要がある」

「ええ、わかっていますよ。しかし、そちらの処置は当然考えております。あのルナエールとやらでしたら、カナタ・カンバラを殺して精神が弱っているところに畳み掛ければ、また地の底に押し戻すのは難しくないはずですよ。確かにレベルは高いですが、メンタル面は塵に等しい。吹けば飛ぶようなものです。転移者と違って神々の注目も低いですし、どうとでもやってみせますよ。こちらには自信がありますのでご安心を」

ナイアロトプは立ち上がり、両手を広げて饒舌に語る。

「ようやく本来の調子が出て来たな、我が眷属よ。期待しているぞ」

ナイアロトプは顎に指を当て、眉間に皴を寄せる。

「しかし、何故あんなに厳しく仰られておりましたのに、突然権限の大幅な変更を? 僕としてはありがたいですが、神々の反発は相当なものになりますよね」

「ああ、織り込み済みだ。実は、神々に対してお前の名を明示し、カナタ・カンバラの敵として表に立たせることにした」

「はぁあああああ!?」

主のとんでもない言葉に、ナイアロトプは驚愕のあまり、大口を開けて声を漏らした。

「し、失礼……いえ、しかし、主様、それはどういうことですか!? カナタ・カンバラの敵って……なんでこの僕が、ニンゲンなんかと対等な目線で殴り合わなきゃいけないんですか! 第一、それってこの僕が正式に、カナタ・カンバラ関連の不始末の責任者として矢面に立つってことですよね!? 何かおかしくないですか!?」

カナタ騒動については、ロークロアに関心を寄せている神々の間ではとっくに大騒ぎになっている。

しかしその際、叩かれているのは最高責任者である、ナイアロトプの主の方であった。

だが、主は一連の流れを明白にし、カナタの処分の義務を負ったのがナイアロトプであると公開するというのだ。

晒し物以外の何でもなかった。

「これって、そういうことですよね!? 責任逃れして、本格的に全部僕に押し付けようって、そういう魂胆じゃないんですか! どうなんですか! こっ、これ、こんな、そんな! 僕だっていずれは上位神になるはずなのに、もう永劫に汚名が付いて回るじゃないですか! 自分の眷属に、こんなとんでもない汚れ役を押し付けるんですか!? 責任者は貴方ですよね? しれっと何とんでもないことしようとしてるんですか!」

「お前の権限を強化すれば、こちら側の干渉がどんどんあからさまになる。というより、今回の一件のせいで、もう偶然や最低限の干渉の範囲では済まされないのだ。本来のロークロアの趣旨から大きく外れ始めている。しかし、我とて、こんな大味な戦略は取りたくなかった。前例もあまりないし、失望する神々も大勢いるだろう。だが、お前が直接魔法干渉をした珍事を神々に納得させるには、対立を表面化させてエンターテイメントに落とし込むしかなかったのだ」

「そんな……! だからと言って、これはあんまりです! ご再考を! ご再考を! 少しは僕のことも考えてください! 考えてくれたっていいじゃないですか!」

「いいか? 前も言ったが、汚名だとか、誰の責任だとか、そんな小さな問題ではないのだ。ロークロアの存続に関することなのだ。別の案があるとすれば、お前を消去して他の神々に謝罪することくらいだ。傷を浅く済ませたいのであれば、さっさとカナタ・カンバラを処分することだ。お前の挽回に期待している」

「ご再考を……! ご再考……!」

ナイアロトプは弱々しい声を発する。

しかし、そのときにはすでに、主である上位神の気配は消えていた。

主の中では、ナイアロトプを見世物にするという方針でもう決定してしまっていた。

「責任者は、アンタだろうが……。なんで僕が、なんで僕が」

ナイアロトプは力なく立ち上がり、次元の歪みへと目を向ける。

カナタがコトネを探して周囲を漁っているところだった。

「コトネさんに何かあったら、ナイアロトプ……! 絶対にお前を許さないからな」

カナタが一人、そう口にした。

それを見て、ナイアロトプの怒りの堰が決壊した。

激情のあまり人間の姿が崩れ、禍々しい異形へと変わっていく。

「矮小なニンゲン如きが、何様だカナタ・カンバラァ! この僕の立場を、どれだけ滅茶苦茶にしてくれたことか! 貴様は必ず、苦渋と絶望の果てに殺してやるぞ!」