軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第40話 王冠は王に、国は民に

大聖堂の外に出た瞬間、押しとどめられていた歓声が一気に弾けた。

兵たちに声を上げるなと言われていた群衆が、こらえきれずに万歳を叫ぶ。

「レオンハルト陛下、万歳!」

「エレノア王妃様、万歳!」

声が波のように広がっていく。

大聖堂の鐘の余韻がまだ空に残っているのに、民の声はそれを押し返すほど大きかった。

王室の紋章を掲げた、威厳ある馬車が大聖堂の前に進んでくる。

その上には手すりがついている。

あの、私が立って手を振った馬車だ。

今度は、レオンハルト陛下と二人で立つ。

私たちの戦いは、ここから始まる。

『レオンハルト様』

王妃になったら、

心の中では、そう呼ぼうと決めていた。

表向きは陛下としか呼べない。

けれど、心の中でくらいは、レオンハルト様と呼びたい。

レオンハルト様から、話は聞いていた。

馬車の上から、群衆に向かって言葉をかける。

私にも、その役目があるのだ。

そして、その内容をどうするか、レオンハルト様は悩んでいた。

「これで、どうだろうか」

そう言って、私に相談してきた。

読ませてもらった言葉は、とても良かった。

王としての覚悟もあった。

民を思う気持ちもあった。

でも、何か違うと感じてしまった。

「よいと思いますが、何か違うと思います」

言ってしまってから、私は少し後悔した。

けれどレオンハルト様は、むしろ面白そうにうなずいた。

「やはりそうか。私も何か違うと思っていた」

「そうなのですか」

「君も考えてくれ」

え。

私が。

結婚式の準備もある。

気持ちの整理も追いついていない。

王妃になる覚悟だって、まだ胸の中で揺れている。

そんな余裕はなかった。

でも、断れなかった。

「陛下の気持ちを、まっすぐに示されるとよいと思います」

私がそう言うと、レオンハルト様は何かをひらめいたような顔をした。

「そうだ。君が私の言葉を書けばいい」

「私が、ですか?」

「私が君の言葉を考えよう」

え。

なんか、ずるくないですか。

そう思った。

けれど、方法としては正しいとも思ってしまった。

私がレオンハルト様の言葉を考える。

レオンハルト様が私の言葉を考える。

互いに、相手が民に何を伝えたいのかを考える。

それは、王と王妃が隣に立つということなのかもしれない。

それから私たちは、時間の許す限り言葉を考えることになった。

私の一生に一度の晴れの舞台なのに、どうしてこんなことまでしているのかと思った。

けれど、横に立つと決めたのだ。

なら、覚悟を決めるしかない。

いつか仕返ししてやるという気持ちも、胸の奥でしっかり燃えていた。

そして、いま。

レオンハルト陛下は、私の考えた言葉を民の前で語ろうとしている。

この国を根底から変える言葉だ。

そして、貴族社会への宣戦布告でもある。

馬車の上に立つと、群衆の顔がよく見えた。

手を振るだけの時より、ずっと近く感じる。

期待。

興奮。

不安。

祈るような目。

数えきれない視線が、私たちに向けられていた。

レオンハルト陛下が、一歩前に出る。

群衆の声が、少しずつ収まっていく。

陛下は、王都を見渡すように顔を上げた。

そして、よく通る声で言った。

「私は、ルーベル王国の新たな王となったレオンハルトである。

だが、今日この場で、私は一つの真実を告げたい。

この国の本当の王は、私ではない」

「あなたたちだ。

ルーベル王国に生きる、すべての民だ。

王冠を戴くのは私だ。

だが、国を生かすのは、あなたたちだ。

私は、この国を豊かにするために王となった。

ルーベル王国を、私と共に豊かな国にしようではないか」

群衆は、すぐには声を上げなかった。

言葉の意味を測りかねているようだった。

「私たちが、王様?」

「国を生かすのは、私たち?」

「豊かな国にする?」

ざわめきが広がる。

戸惑い。

驚き。

けれど、その中に小さな熱が生まれていくのが分かった。

レオンハルト陛下は、しばらく待った。

民が言葉を受け止める時間を与えているのだ。

それから、力強く片手を上げた。

「王冠は、私レオンハルトに!」

声が王都の空へ突き抜ける。

「国は、民に!」

群衆が息をのんだ。

陛下はもう一度叫んだ。

「王冠は、私レオンハルトに!」

「国は、民に!」

三度目。

より高らかに、天を見上げ、手を上に突き出した。

「王冠は、私レオンハルトに!」

「国は!」

「民に!」

すると、群衆の中から声が上がった。

最初は一人だった。

すぐに二人になり、十人になり、百人になった。

やがて、群衆が片手を上げ、陛下に答えるように叫び出す。

「王冠は、レオンハルト陛下に!」

「国は、民に!」

「王冠は、レオンハルト陛下に!」

「国は、民に!」

「王冠は、レオンハルト陛下に!」

「国は、民に!」

声が大きくなる。

広場を満たす。

大聖堂の壁にぶつかり、跳ね返り、さらに遠くへ広がっていく。

レオンハルト陛下が、声援を制するように片手を横に上げた。

群衆のざわめきが、少しずつ収まる。

陛下は大きく息を吸った。

「私、新国王レオンハルトは、この考えを生涯守り抜くと、この場で誓う!」

高らかな宣言だった。

次の瞬間、

「レオンハルト陛下、万歳!」

大合唱が始まった。

「レオンハルト陛下、万歳!」

「ルーベル王国、万歳!」

「王冠はレオンハルト陛下に!」

「国は民に!」

声が止まらない。

レオンハルト陛下は、当然のように、仕込みの者も入れてあるから失敗はしないと言っていた。

確かに、最初に声を上げた者たちの中には、仕込みの者もいたのだろう。

けれど、今の熱は仕込みだけではない。

王自らが群衆の前で宣言したのだ。

この国の本当の王は民だと。

王冠は自分が背負う。

だが、国を生かすのは民だと。

王族、貴族、特権階級に不満を持っている人たちが、この言葉に心を動かされるのは自然だった。

万歳と叫びながら、涙を流している人たちもいる。

顔を真っ赤にして、拳を上げる職人。

子どもを抱き上げる母親。

隣の人と肩を組む若者。

膝をついて祈る老人。

そのすべてが、私の目に飛び込んできた。

また、陛下が声援を制するように片手を横に上げた。

けれど今度は、群衆のざわめきがなかなか収まらなかった。

それだけ熱が強いのだ。

ようやく群衆が静まると、陛下は馬車の上で片膝をつき、私の方を向いた。

一斉に、視線が私へ集まった。

今度は何が始まるのか。

群衆の期待が、まっすぐ私に向かってくる。

期待の目が強すぎる。

一瞬、盗賊に襲われた時を思い出した。

あれに比べれば、大したことはない。

私は腹をくくった。

レオンハルト陛下が、あの漆黒の瞳で私を見上げる。

「私の求婚を受けてくれた、エレノア嬢である。

私は、生涯彼女しか愛さないと、この場で誓う。

ここにいる皆が証人である」

レオンハルト様はまっすぐ、あの瞳で見つめてくる。

これは演出だと分かっていても、心がときめく。

心臓の鼓動が大きくなる。

頬が熱くなる。

私だけを一生愛すると、多くの人の前で誓われたのだ。

そして、そのまなざしに嘘がないと分かる。

私は、少し視線をそらしてしまった。

心臓が持たない。

その視線の先では、

女性たちの目が痛いように飛んでくる。

口を押さえて、叫び声をこらえる人もいる。

胸に手を当てて、自分と重ねている人もいる。

男性たちは、呆気に取られていた。

そして、レオンハルト陛下は立ち上がり、群衆の方を向いた。

「そして今日、最愛の女性が王妃となった。

私と同じように、この場で言葉を述べる。

この場の者たちよ。

エレノア王妃の言葉を、しかと聞いてくれ」

ずるい。

こんな気持ちの中で私に語れと言う。

分かっていたが、頭の中が真っ白になりそうだった。

そのとき、レオンハルト様が私の背にそっと手を添えてくれた。

私はできるだけ堂々と前を向いた。

大聖堂の中で受け取った指輪の重み。

額に残る聖油の感触。

そして、王妃の印章の重み。

それを思い出す。

私は、ただ隣に飾られるためにここにいるのではない。

声を出すために、ここにいる。

私は息を吸った。

「私は、王妃となったエレノアです。

陛下は、王冠の力と責任を背負うために王となられました。

ならば私は、その力が民を傷つけるものではなく、

民の明日を守るものとなるよう、陛下の隣に立ちます。

ルーベル王国を、

力だけではなく、愛によって豊かな国にするために」

言い終えた瞬間、群衆が静かになった。

恐ろしいほどの静けさだった。

失敗したのだろうか。

そう思った。

けれど、すぐに小さな声が聞こえた。

「エレノア王妃様が、私たちを守ってくれる」

「陛下の力を、民のために使ってくれるんだ」

「愛の力で、国を豊かにしてくれる」

声が広がっていく。

小さな火が、草原に移っていくように。

次の瞬間、群衆が一斉に沸いた。

「エレノア王妃様、万歳!」

「エレノア王妃様、万歳!」

「レオンハルト陛下、万歳!」

「ルーベル王国、万歳!」

「ルーベル王国、万歳!」

喝采が止まらない。

私の言葉は、届いたのだ。

王妃が民の前で話すなど、前代未聞だ。

しかも、陛下の隣に立つと宣言した。

こんな王妃は、今までいなかった。

だからこそ、民は受け入れたのだろう。

新しい王の隣に立つ、新しい王妃として。

喝采はまだ続いていた。

けれど、馬車はゆっくりと動き出した。

王都の別の場所でも、同じように言葉を届けるために。

陛下からは、あと三か所と聞いている。

あと三回も、レオンハルト様から愛の宣言をされる。

そう考えると、私の心臓が持つか不安だった。

王妃としての一日は、思った以上に心臓に悪い。