軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第37話 家族との再会

家族がいる控室の扉が開いた。

最初に私の目に飛び込んできたのは、母だった。

「エレノア……!」

母は泣きながら、私に駆け寄ってきた。

そのまま抱きしめられる。

私も、母の背に腕を回した。

懐かしい香りがした。

母の香油の香り。

伯爵家の屋敷で、何度もそばにあった香り。

胸の奥が、ぎゅっと痛んだ。

私も、泣きそうになった。

けれど、こらえた。

ここは王宮だ。

たとえ家族の前でも、私はもう、ただのラングフォード伯爵家の娘ではない。

王妃として振る舞わなければならない。

「お母様、心配をおかけしました」

そう言うと、母はますます泣きそうな顔になった。

「本当に、本当に心配したのよ。あなたがいなくなってから、毎日……」

「私は元気です。ご安心ください」

子どものように泣きたい。

けれど、それはできなかった。

母の後ろで、父が立っていた。

父はいつものように背筋を伸ばしていた。

けれど、顔色はあまりよくなかった。

「エレノア」

父は私を見つめた。

「大丈夫だったのか。本当に、無事だったのだな」

「はい、お父様」

「そうか……」

父は深く息を吐いた。

それから、苦しそうに眉を寄せた。

「私が悪かった」

その言葉に、私は少し目を見開いた。

父が、そんなふうに言うとは思わなかった。

「お前の気持ちを、私は無視していた。家のことばかり考え、お前が何を望んでいるのか、見ようともしなかった」

父の声は硬かった。

不器用な謝罪だった。

けれど、嘘ではなかった。

「お前を追い詰めたのは、私だ。すまなかった」

母が涙を拭いた。

私の胸の奥にも、また熱いものがこみ上げてくる。

けれど次の瞬間、父はまっすぐ私を見て、言った。

「だが、まさか王妃様になられるとは。ラングフォード家にとって、これ以上の名誉はない」

ああ。

やはり父は、父なのだ。

謝罪は本物だ。

心配も本物だ。

けれど、家の名誉を喜ぶ気持ちも本物なのだ。

「エレノア。お前の功績で、ラングフォード家は侯爵家に戻ることになった。私は、本当に良い娘を持った」

父は誇らしげだった。

母も、涙を浮かべながら笑っている。

「ええ。本当に、あなたは立派よ。エレノア」

二人とも、素直に喜んでくれていた。

それが分かったから、私は少しだけ悲しくなった。

父も母も、悪い人ではない。

私を嫌っていたわけでもない。

ただ、貴族社会に疑問を持っていないだけなのだ。

家の名誉。

爵位。

婚姻。

血筋。

それらが娘の幸せより重く扱われることに、きっと何の疑問もない。

普通は、そうなのだろう。

貴族として生きるなら、それが当たり前なのだ。

でも、私はその当たり前が苦しかった。

そして私は、国を変えるために、貴族社会を変えるために、レオンハルト陛下と共に歩むと決めた。

だから、ここで曖昧にしてはいけない。

「お父様。お母様」

私は二人を見た。

「私は元気です。どうか心配しないでください」

母がほっとしたように口元を押さえる。

けれど私は、そのまま続けた。

「ただ、これからは王妃としての務めがあります。以前のように家へ戻ることはできません」

「お会いできる機会も、多くはないと思います」

母の顔が曇った。

「そんな……家には帰ってこられないの?」

その声は、ただ娘を思う母の声だった。

「たまには帰ってきてちょうだい。あなたの部屋は、そのままにしてあるのよ」

胸が痛んだ。

でも、私が答える前に、父が母を制した。

「やめなさい」

母が父を見る。

父は厳しい顔をしていた。

「私たちとは、もう身分が違う。王妃様を困らせてはいけない」

王妃様。

父の口からその言葉を聞いて、私は少し不思議な気持ちになった。

ついこの間まで、私は父の娘だった。

ラングフォード家のために婚姻を求められる娘だった。

それが今は、父にさえ頭を下げられる立場にいる。

母は寂しそうだった。

けれど、父の言葉を聞いて、小さくうなずいた。

「そう、ね……。ごめんなさい、エレノア」

「謝らないでください、お母様」

私は笑った。

娘としてではなく、王妃として。

それでも、少しだけ娘の心を残して。

「私は大丈夫です。どうか、お二人もお元気でいてください」

母はまた泣いた。

父は目を伏せた。

そのやり取りを、部屋の端でリリアが見ていた。

リリアは、美しいドレスを着ていた。

以前と変わらず可愛らしい顔をしている。

その横には、カイル様も立っていた。

夫婦なのだから、いてもおかしくはない。

おかしくはないが、よく私の前にその顔で立てるものだとは思った。

カイル様は、いつもと寸分違わぬ姿勢で立っていた。

自分が一番美しく見える角度。

自分が一番優雅に見える微笑み。

ああ、この人は変わらない。

まだ、自分が誰かの心を動かせると思っているのだろうか。

それとも、私がまだ少しは自分に未練を持っているとでも思っているのだろうか。

浅はかだ。

「お姉さま」

リリアが甘えるような声で言った。

「お姉さまが王妃になられるなんて、本当に夢みたいですわ。やっぱり、お姉さまは私とは違うのですね」

私はリリアを見た。

その声も、表情も、昔と同じだった。

可愛らしく、少し寂しそうで、相手が手を差し伸べたくなる顔。

けれど、もう私は流されない。

「リリア。お父様の話は聞いたでしょう」

リリアはまばたきをした。

「でも、私はお姉さまに会いたいのです」

「私に会っても、得なことはないわよ」

リリアの表情が、ほんの少し固まった。

私は笑みを崩さずに続ける。

「私は突然、王妃として立たされたばかりよ。味方ばかりではないわ」

「私に近づけば得をすると思っているなら、考え直しなさい」

「そんな、私は……」

「王妃の妹だと名乗れば、周囲はあなたを見るでしょう。けれど、好意だけとは限らないわ」

リリアは黙った。

頭の回転は速い子だ。

今の私に近づくことが、必ずしも得ではないと理解したのだろう。

「王妃様」

リリアは少し姿勢を正した。

「私も、王妃様を困らせるようなことはいたしません」

王妃様。

リリアの口からそう呼ばれると、妙な感じがした。

でも、それでいい。

今の私たちには、その距離が必要だ。

「そうしてちょうだい」

私は短く答えた。

カイル様が、そこで一歩前に出ようとした。

何か、気の利いた挨拶でも言うつもりだったのだろう。

私はその前に、こちらから声をかけた。

できるだけ優しい声で。

「カイル様、お元気そうで何よりです」

カイル様は、待っていましたとばかりに微笑んだ。

「王妃様からそのようなお言葉をいただけるとは、感慨の極みです」

相変わらず、整った声だった。

中身のない、きれいな言葉。

私は扇を広げ、口元を隠した。

「女好きは治ったのかしら」

カイル様の顔から血の気が引いた。

父が息をのむ気配がした。

リリアも目を見開いている。

私は笑みを崩さなかった。

「私の大切な妹のリリアを、大事にしてくれているかしら」

カイル様は言葉に詰まった。

先ほどまでの優雅な微笑みが、ひび割れていく。

「そ、それはもちろん……」

「もちろん?」

私は首を傾げた。

「私には力がないと思うなら、それでもかまいません。けれど、陛下にはあります」

カイル様の顔色がさらに悪くなる。

「お分かりかしら」

カイル様は、すぐに頭を下げた。

「もちろんでございます。リリア様は、とても大切にしております」

そして、すがるようにリリアを見た。

「リリア、何か言ってくれ」

リリアは戸惑っていた。

私が助け舟を出すとは思っていなかったのだろう。

少し間を置いてから、リリアは小さくうなずいた。

「王妃様。カイル様は、私を大切にしてくださっています」

その答えが本当かどうかは、分からない。

けれど今、この場ではそれでいい。

「なら、よかったわ」

私は扇で口元を隠したまま言った。

カイル様は明らかにほっとしていた。

愚かな人だ。

私はあなたを許したわけではない。

ただ、リリアを守るために釘を刺しただけだ。

私はリリアに視線を戻した。

「リリア」

「はい、王妃様」

「甘えるだけでは、侯爵家の正室として誰も認めてくれないわ」

リリアの肩がわずかに揺れた。

「あなたにも、そろそろ分かっているでしょう」

リリアはすぐには答えなかった。

図星だったのだろう。

以前のリリアなら、きっと泣くか、怒るか、言い訳をした。

けれど今のリリアは、唇を引き結んでいた。

少しだけ、変わったのかもしれない。

それとも、王妃となった私の前では泣いても無駄だと分かっただけかもしれない。

どちらでもよかった。

リリアは深く頭を下げた。

「王妃様。お気遣い、ありがとうございます」

その声は、いつもの甘えた声ではなかった。

「そのお言葉を胸に刻み、侯爵家の正室として、そして王妃様の妹として、恥ずかしくない振る舞いを心がけます」

どこまで分かっているのかは怪しい。

けれど、今はそれでいい。

一歩でも進めば、それでいい。

私は、妹のリリアにも幸せになってもらいたい。

それだけは、本当だった。

私はリリアを見た。

私たちは、姉妹だった。

同じ家で育った。

同じ食卓で母のシチューを食べた。

リリアは私から多くのものを奪った。

けれど、私もまた、自分の窮屈さをリリアに向けていたのかもしれない。

「期待しています、リリア」

私がそう言うと、リリアはもう一度頭を下げた。

父も、母も、カイル様も、何も言わなかった。

控室の空気は、来た時とは変わっていた。

私は家族に会った。

父の謝罪を聞いた。

母の涙を見た。

リリアに線を引いた。

カイル様には釘を刺した。

これで十分だ。

「お父様、お母様。今日はお会いできて嬉しかったです」

母がまた泣きそうになる。

父が母の肩に手を置いた。

「王妃様。どうか、陛下をお支えください」

「はい」

私はうなずいた。

「そのつもりです」

扉の方へ向かう。

母が小さく私の名を呼んだ。

「エレノア」

私は振り返った。

母は泣きながら、それでも笑っていた。

「体だけは、大事にしてね」

その言葉に、胸が詰まった。

王妃様ではなく、娘に向けた言葉だった。

私は少しだけ表情を緩めた。

「はい。お母様も」

それだけ言って、私は部屋を出た。

扉が閉まる。

冷たい娘だと思われただろう。

でも、父と母も、私から距離を取っている方が安全なのだ。

私も、家族から何か頼まれれば心が揺れる。

きっと、また迷う。

今は、距離を取る方がいい。

そう、自分に言い聞かせた。