軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第30話 熊みたいな背中

盗賊たちが、一斉に馬を走らせて来ている。

土煙が跳ね上がる。

「来るぞ!」

怒鳴り声が上がった。

私は反射的に老婦人の肩を押さえ、乗合馬車の影へ身を縮めた。

心臓が痛いほど鳴っている。

なんで。

どうして。

私はただ、遺跡と温泉を初めて体験するためにルミナ町へ向かっているだけなのに。

なんで私は、毎回毎回、厄介事に巻き込まれるのだろうか。

そんなことを思っている場合ではなかった。

私と老夫は、乗合馬車の影から少しだけ顔を出して覗いていた。

声は出せない。

出したら、こちらに人がいると知られてしまう。

前方では、従者と御者が荷馬車の陰に身を隠しながら、油をまいていた。

種火を使って油に火をつけた。次の瞬間、赤い炎と黒い煙が上がる。

けれど、荷はすぐには燃えなかった。

何が積まれているかは聞いていなかったが、枯れ草でもない限り簡単には燃えないのだろう。

盗賊たちが馬上から矢を射かけている。

ひゅ、と空気を裂く音がした。

心臓の音が、さらに大きくなる。

怖い。

大丈夫なのだろうか。

それでも、矢の動きから目が離せなかった。

矢は、前方の護衛たちを狙っているようだった。

けれど、傷を負った悲鳴は聞こえない。

私も、何度か弓矢で遊んだことがある。

伯爵家にも護衛用の武具は一通りあった。

護身術を習っている時に、それらの使い方も一通り教わり、試したことがあった。

護衛の人が立ったまま的を狙っても、それでもなかなか当たらない。

まして、馬上からの弓となれば、よほど熟練した人でなければ狙った場所には当たらないと聞いていた。

私は、筋が良いと褒められて、気を良くして護衛の人を困らせていたことを思い出してしまった。

相手を脅し、威嚇するのが目的なのだろう。

それでも、十分怖い。

火をつけられていることに気づいた盗賊たちの隊列が乱れた。

「火だ!」

「まずい!」

「止めろ!」

盗賊たちが二手に分かれる。

荷主の方へ向かう者。

火を消そうと、荷馬車の側面へ回り込もうとする者。

それを見て、ロウェルさんとガイがこちらへ戻ってきた。

護衛たちは荷主を守ろうとしている。

この荷馬車には護衛は4名いた。

多くも少なくもない数と聞いていた。

普通は盗人のような少人数に対する威嚇が目的だ。

護衛がいると見せることで襲われなくなる。

盗賊が十名も超えてたら、雇い主を先に守るのは仕方ないと感じた。

前方からは、剣の打ち合う音と罵声が聞こえていた。

火を止めに向かった盗賊たちが、ロウェルさんとガイの横をすり抜けようと馬を走らせる。

六人ほど。

ガイは強そうだ。

熊みたいに大きいし、手には太い木の棒まで持っている。

けれど、六人は無理だと思った。

私は袋に砂を詰めた。

目くらましに使えるかもしれない。

それから、ちょうどよい大きさの石をいくつか服の中に入れる。

怖い。

怖いけれど、このままでは盗賊がこちらへ来る。

私にできることは、相手を倒すことではない。

動揺させること。

足を止めること。

ほんの少し、誰かが動ける時間を作ること。

私は息を吸った。

そして、乗合馬車の影から飛び出した。

盗賊たちの動きが、一瞬だけ乱れた。

「女がいるぞ!」

一人が叫ぶ。

心臓が跳ねた。

見つかった。

けれど、別の盗賊がすぐに怒鳴った。

「あとだ! 先に火を消せ!」

よかった。

いや、よくない。

よくはないけれど、今はそれでいい。

その時、ロウェルさんがすっと腕を伸ばした。

次の瞬間、何かが飛んだ。

「ぐっ」

馬上の盗賊の一人が、肩を押さえた。

「じじい、何を――」

そう叫んで馬の向きを変えようとした瞬間、男の体がぐらりと傾く。

手綱を握る手から力が抜けた。

盗賊は、そのまま馬から落ちた。

ガイが動いた。

太い木の棒を持ったまま、盗賊の前へ踏み出す。

容赦がなかった。

馬から落ちた盗賊を横から叩き飛ばした。

ドン、という鈍い音がした。

上から狙うより、横から狙う方が逃げられないからだ。

私は思わず、すごい、と呟いてしまった。

熊みたいな体だとは思っていた。

でも、本当に熊みたいな力だった。

「なんだ、あの大男!」

「あの二人を先に始末しろ!」

「馬から降りろ! 盾で防げ!」

盗賊たちの声が飛ぶ。

盾と言っても、粗末な木の板を革で留めただけのものだった。

それでも、盗賊たちは慌てて馬から降り、ロウェルさんとガイの方へ向き直る。

ガイが、ロウェルさんを守ろうと前に出ていた。

その時、ロウェルさんが腕の機械を操作しようとして、困ったような顔をした。

私は咄嗟に察した。

動かなくなったのだ。

盗賊たちは私に背を向けている。

私は、手に持った石を盗賊たちに向かって投げた。

この距離なら届く。

投石も、護身術の時に教わっていた。

遠くへ投げるには、体の使い方にコツがいる。

私はそれを、遊び半分で何度も練習していた。

今だ。

誰かに当たれ、と祈るように投げた。

投げたら、また、すぐに石を持って投げる。

ズン、という鈍い音がした。

どこかに当たったのだろう。

「このアマ!」

盗賊たちがこちらを見た。

気づくと、老夫と母親も私のそばで石を投げていた。

でも、二人の石は半分も飛んでいない。

それでも、私は心強かった。

荷馬車で火をつけていた人たちも、私を真似たのか、盗賊たちに石を投げ始めた。

ちょうど岩場だ。

石には困らない。

前方からは、剣の打ち合う音が聞こえた。

罵声。

怒鳴り声。

馬のいななき。

でも、私の位置からは荷馬車が邪魔で、そちらの様子は見えない。

見えないことが、余計に怖かった。

従者たちは、荷主の方へ援護に向かって走っている。

後方には御者たちと、私たちだけだ。

数では勝っている。

けれど、戦えるのはガイだけだった。

盗賊たちが、周りを警戒し始める。

「くそ、殺すぞ!」

相手は五人。

私にできることは、相手を動揺させることだけだ。

私は大声で叫んだ。

「荷に火がついています!」

盗賊たちが、こちらを見た。

「煙が上がっています!」

声が裏返りそうになった。

でも、止めなかった。

「この道は兵も商隊も通ります! 近くで兵を見ました! 早く逃げないと、みんな捕まります!」

盗賊たちの動きが揺れた。

「うるせえ!」

一人がこちらへ向かおうとした。

私は石を投げた。

当たらなかった。

けれど、盗賊たちはみな私の方を見た。

それで十分だった。

ガイが飛ぶように駆けた。

大きな体が、信じられない速さで動く。

太い木の棒が、横に振り抜かれた。

盗賊が二人、まとめて吹き飛んだ。

「ぐあっ!」

「なんだこいつ!」

盗賊たちの声が乱れる。

火の煙が、少しずつ濃くなっていた。

荷に火がついた。

本当に、火がついたのだ。

小さかった煙が、だんだんと大きくなり、炎も上がり始める。

「荷に火がついた!」

盗賊の一人が叫んだ。

「おかしら、無理だ!」

「熊みたいな男がいる!」

「近くに兵もいる!」

盗賊たちの声が次々に重なった。

ただ、盗賊たちの足並みが崩れていくのだけは分かった。

「馬鹿野郎!」

前方から怒鳴り声が響いた。

「くそっ、引き上げだ!」

その声を合図にしたように、盗賊たちが馬へ向かって走り出す。

一人、また一人と馬にまたがる。

形勢が悪いと悟ったのだ。

私は、逃げて、と祈った。

本当に、逃げて、と。

息ができないまま、盗賊たちの動きを目で追った。

逃げている。

みんな、遠くへ離れていく。

助かった。

本当に、助かったのだ。

そう思った瞬間、涙が出ていた。

その時だった。

ひゅ、と空気が裂ける音がした。

盗賊たちが、逃げながら振り向きざまに放った矢だった。

たぶん、腹いせで放ったのだろう。

その矢が、妙にゆっくり落ちてくるように見えた。

ガイは、私たちの方へ駆けて来ていた。

声が出なかった。

危ない、の一言が出なかった。

矢が、ガイの背中に迫っている。

私はただ、呆然と、その瞬間を見ていただけだった。