軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第29話 なんで私は、毎回毎回、厄介事に巻き込まれるのだろうか。

翌日も、馬車は揺れていた。

昨日よりは、少しだけ慣れた気がする。

少なくとも、揺れるたびに心臓が跳ねることはなくなった。

人は慣れる生き物なのだ。

……たぶん。

私の目的地は、古代ルミナ遺跡と温泉があるルミナ町。

リュミエール国の王都と港町ミラの間にある山間の町で、観光と石材でにぎわっていると聞いていた。

ルミナ町へ向かうには、単独で走る乗合馬車と、荷馬車隊に加わる乗合馬車があると聞いていた。

単独の乗合馬車は二泊三日で、宿付きで着く。

けれど、護衛はいない。

万が一盗賊が出れば、殺されるか、女なら売られることもあると聞いて、さすがに恐ろしくなった。

荷馬車隊に加わる馬車は遅く、四泊五日の行程だった。

こちらには護衛がつく。

女性一人なら、護衛付きの商隊に加わる馬車がよいと勧められた。

ただし、前半の二日は宿が少なく、野宿になると言われた。

そのぶん料金も安かったし、私はそちらを選んだ。

盗賊が出るのは稀だから大丈夫、と優しく言われてもいた。

二日続けて野宿だった。

けれど私は、思ったより眠れることを知った。

夜空がとてもきれいだということも知った。

でも、やはり宿で体も拭きたい。

屋根と寝台も、やっぱりほしい。

今日と明日は、宿に泊まる予定だ。

そう思うと、少し嬉しくなった。

ふと、伯爵家の生活が思い出された。

伯爵家にいた頃は、何の心配もない生活だった。

屋根もある。

寝心地のよいベッドもある。

朝起きれば、従者が髪をとかし、身支度を整えてくれる。

でも、なぜか息が詰まるような生活だった。

私はただ、格上の貴族に嫁がせるための、家の道具でしかなかった。

今の方が、明らかに大変だ。

けれど、知らない場所を見られる。

知らない人たちの話が聞ける。

たぶん、大変だからこそ、ちょっとしたことでも嬉しいのだろう。

私は、あまり人としゃべらない、少し気取った性格だったと思う。

けれど、この旅に出てから、自分の性格も少し変わったような気がしていた。

良い人たちに出会えたし、急ぐ旅でもない。

今は、荷馬車の商隊でよかったと感じている。

山越えに近づくにつれて、空気は少しずつ乾いてきた。

道の両側には背の低い草と、ところどころに大きな岩が見える。

港町ミラとは違う景色だった。

海の匂いはもうしない。

山々が広がり、小鳥がさえずり、木の匂いと、木に咲く花の匂いがする。

清々しい気分だった。

あの変わった学者の名前は、ロウェルさんだった。

昨日から、熊みたいに大きな青年――ガイは、ロウェルさんの近くに座るようになっていた。

ロウェルさんは何かを教えたがり、ガイは難しい顔で聞いている。

会話が成立しているのかは分からない。

でも、一生懸命話しているのを見ると、少し嬉しくなった。

人生とは、ちょっとした出会いで変わるのかもしれない。

そんなことをぼんやりと思っていた時だった。

しばらく進んだところで、商隊が止まった。

荷馬車の列がゆっくりと速度を落とし、私たちの乗合馬車もそれに続いて止まる。

私たちの乗合馬車は、隊列の最後に近い。

前には荷馬車が三台。

そのさらに前に、荷主の商人と護衛たちがいる。

だから、前方で何が起きているのか、こちらからはよく見えなかった。

「こんなところで止まるとは、車輪でも外れたかのう」

ロウェルさんが、不思議そうな顔をした。

老婦人が眉を寄せる。

「それは大変ですね。夕方までに宿へ着くかしら」

「大丈夫ですよ」

私は自分にも言い聞かせるようにそう言った。

けれど、前の方の空気は、車輪が外れただけという感じではなかった。

少しして、様子を見に行っていた乗合馬車の御者が戻ってきた。

顔色が悪い。

「前方で、見慣れない馬影があるようです」

御者は声を落として言った。

「今、進むか戻るか、旦那様たちが相談しています。しばらくお待ちください」

御者はそう言って、御者台に戻った。

馬車の中が静かになった。

老婦人が不安そうに尋ねる。

「まさか、盗賊ですか」

御者の人が後ろを振り返った。

「この道は比較的安全です。私も長くこの道で御者をしていますが、盗賊に遭ったことはありません」

老婦人は、胸に手を当てて息を吐いた。

「それなら、きっと違いますね」

けれど、私の胸の中のざわつきは消えなかった。

少しして、護衛の一人が乗合馬車の方へ来た。

「戻ることになりました。皆さん、落ち着いてください。護衛がついています」

その言葉に、馬車の中の空気が少し緊張した。

戻る。

今日は宿に泊まれると思っていたのに、残念だ。

けれど、危ない場所へ進むよりはいい。

そう考えるようにした。

突然、前方で馬が鋭くいなないた。

護衛が顔色を変えて振り返ると、すぐに前方へ戻った。

乗合馬車の御者が、緊張した顔で私たちを見る。

「念のために、降りて馬車の影に隠れてください」

そう言うと、御者もまた前方へ走っていった。

私たちは慌てて馬車を降りた。

足元が揺れる。

老婦人がよろけたので、私はとっさに手を取った。

老夫が反対側から老婦人の背を支える。

乗合馬車の影に、旅人たちが身を寄せた。

この馬車には、私と老夫婦、ロウェルさん、ガイ、それから母親と幼い娘が乗っていた。

幼い娘は、母親の腕にしがみついて震えている。

私は、旅というものを少し楽しく感じ始めていた。

知らない景色。

知らない人。

馬車の中で聞こえる、少し変な会話。

でも、そうだ。

旅は楽しいだけではない。

知らない道には、知らない危険もある。

前方が気になって、私は少し位置を変えようとした。

その瞬間、ロウェルさんに腕を引かれた。

「若い女性の顔は見せん方がよい」

低い声だった。

私は息を呑む。

「わしが見る」

ロウェルさんは、馬車の影から前方が見える位置へ静かに移動した。

いつもの遺跡の話をしている時とは違う。

顔が険しい。

しばらくして、前方から大きな声が聞こえた。

「荷馬車を渡せ!」

男の声だった。

「荷さえ置いていけば殺さねえ! おとなしく武器を捨てろ!」

老婦人が小さく息を呑んだ。

母親が幼い娘の耳を押さえる。

私は、喉がからからになるのを感じた。

ロウェルさんが低い姿勢で戻ってきた。

声を上げないように、口の前に指を立てている。

それだけで、皆が口をつぐんだ。

「十人は超えておる。みな馬に乗っている」

「盗賊、ですか」

私が小声で聞くと、ロウェルさんはうなずいた。

「盗賊の一人が交渉役で来ておる。こちらの戦力を確認するためじゃな」

「分かるのですか?」

「ああ。盗賊に襲われたことがある。なぜか生き残っておるがな」

お年寄りなのに、怯える様子もない。

本当に、不思議な学者さんだ。

「まったく、わしは運が悪い。盗賊に遭うのはこれで四度目じゃ」

四度。

その回数に、私は思わずロウェルさんを見た。

遺跡の探索というものは、思っていた以上に危険が伴うのかもしれない。

けれど。

運が悪いのは、私の方ではないだろうか。

最初の馬車旅で盗賊。

頭が痛くなってきた。

遺跡と温泉という言葉につられて、この道を選んでしまった。

遠回りでも、先にリュミエール国の主都へ向かう幹線道を選べばよかったのかもしれない。

ロウェルさんは前方を見た。

「ただ、あやつらの言葉は嘘じゃ」

「嘘、なのですか」

「武器を捨てた相手を素直に帰すことは少ない」

背筋が冷えた。

「武器を捨てさせたいのじゃ。抵抗できなくするためにな」

前方では、荷主の商人らしき声が震えていた。

「本当に殺さないのか。荷を渡せば……」

護衛たちの声は低く、よく聞こえない。

距離がある。

前の荷馬車までは、少し離れていた。

「これは、大変なことになったのう」

ロウェルさんが、そう言った。

私はどうすればいいのか分からなかった。

逃げる場所はない。

すると、ロウェルさんがふっと笑った。

「大丈夫じゃ。わしが何とかする」

「何とかって」

「何とかじゃ」

その言い方は、まったく説明になっていない。

ガイが低い声で言った。

「おれは戦える」

「知っておる」

ロウェルさんは即座に返した。

「だが、お前は切り札じゃ。まだ見つからないように隠れておれ」

「わかった」

ロウェルさんは、低い声で続けた。

「皆、石を集めろ。小さいものでよい。手に持てるだけ持て」

「石、ですか」

「投げるためじゃ。狙わんでよい。投げれば十分じゃ」

母親が震える手で、地面の小石を拾い始めた。

老夫も無言で石を集める。

老婦人も、膝をかばいながら小さな石を手に取った。

私も、馬車の影から手を伸ばして石を拾った。

その時、ふと前方の荷馬車が目に入った。

荷馬車。

盗賊。

遠くの道。

ほかの商隊や旅人が通るかもしれない道。

頭の中で、それらがつながる。

「ロウェルさん」

「何じゃ」

「荷が目的なら、荷を燃やせばいいのではありませんか」

ロウェルさんが、私を見た。

「燃やす?」

「盗賊に渡すくらいなら、燃やした方がいいです」

「……」

「煙が上がれば、のろしになります」

「ほう」

「この道なら、ほかの商隊や旅人が通るかもしれません。どこかに兵がいれば、異常にも気づくかもしれません」

周りの人たちが息を呑んだ。

ロウェルさんは、目を見開いた。

それから、にやりと笑った。

「それは良い案じゃ。この道なら効果がある」

ロウェルさんは前方の荷馬車へ目を向けた。

「荷主に伝えてくる」

そう言って、ロウェルさんは足元の鞄を開けた。

中から取り出したのは、見たことのない物だった。

金属の箱。

何に使うものなのか、まったく分からない。

ロウェルさんはそれを手早く腕に巻きつけると、上着の袖をかぶせて隠した。

「何ですか、それ」

私が小声で尋ねると、ロウェルさんはにやりと笑った。

「しびれ矢じゃ。六発は撃てる。しばらく動けなくなる」

「しびれ矢?」

私は、この不思議な学者さんを、少し頼もしいと思ってしまった。

「身を守るために作った。これで何とか生き延びてきた」

ロウェルさんは、皆を安心させるように、しわのある顔で笑っている。

「ガイ、皆を守れ」

ガイは黙ってうなずいた。

「やる」

「よし」

ロウェルさんは前方へ歩き出した。

背中は小さい。

足取りも、若い人のようには速くない。

けれど、不思議と怯えているようには見えなかった。

私は馬車の影から、息を殺してその背中を見送った。

ここからは前方の様子は見えない。

音と声だけで感じ取るしかできなかった。

少しして、馬上の盗賊が怒鳴った。

「おい、じじい! 何か言いたいことがあるのか!」

「話をしに来た!」

ロウェルさんが、私たちにも聞こえるように大きな声を上げた。

「おぬしら、殺さぬと言うなら、我々は来た道を戻る!」

「荷は置いていく。ただし、武装は解かぬ。それでよかろう!」

盗賊の男の声がする。

「何だと」

「荷が欲しいのじゃろう。なら、我々が荷から離れればよい!」

「武器を捨てろ。それが条件だ!」

「なぜじゃ!」

ロウェルさんの声が大きくなる。

「我々は荷から離れて帰ると言っておる! おぬしらの望みは荷であろう! それなら十分ではないか!」

少しの間、盗賊の男の声が止まった。

「待ってろ。お頭に確認する」

そう言うと、馬の足音が遠ざかった。

ロウェルさんが走って戻って来た。

「襲いに来る。荷には火をつける。しばらく待てば、誰かが煙に気づくじゃろう」

「ガイ、行くぞ」

「おう」

ガイは、荷馬車の脇にあった太い木の棒を持っていた。

いつの間に拾ったのか分からない。

振り回すだけで凶器になりそうだ。

私は我慢できずに、できるだけ顔が見えないようにして、少しだけ前方を覗いた。

盗賊たちが、一斉に馬を走らせて来ている。

土煙が跳ね上がる。

「来るぞ!」

怒鳴り声が上がった。

私は反射的に老婦人の肩を押さえ、馬車の影へ身を縮めた。

心臓が痛いほど鳴っている。

なんで。

どうして。

私はただ、リュミエール国へ遺跡を見に向かっているだけなのに。

なんで私は、毎回毎回、厄介事に巻き込まれるのだろうか。