軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第25話 厄介で嫌いで恐ろしい人

エリオット様の姿が見えなくなると、レオンハルト殿下の表情が変わった。

公式の顔が消え、いつもの笑みになる。

本当に器用に表情を変えられる人だ。

「ご令嬢には、本当に驚かされる」

殿下は、楽しそうに言った。

「エリオット王太子殿下と知り合いだったとは」

「……」

「しかも、二人で馬に乗って来るとは思わなかった。面白い。実に愉快だ」

何が愉快なのだろう。

こちらは、心臓が止まるかと思ったのに。

「ご令嬢といると、本当に退屈しない。私の考えを、いつも超えてくる」

殿下の視線が、私の服へ落ちた。

「しかし、その姿は少し笑えるのだが、それも計算なのかな?」

そういえば、化粧を落としていなかった。

赤い夜会用の化粧のまま、町娘の服を着ているのだ。

自分でも十分おかしな姿だと分かっている。

「いや、失礼」

レオンハルト殿下は、笑いを引っ込めた。

「疲れているだろう。まずは部屋で休まれるといい」

「……」

「あの青いドレスはある。夕食の時は、それを着られるといい」

何から何まで用意されている。

まったく、腹立たしい。

「私もしばし休む。使いの者に言えば夕食にしよう」

そう言うと、レオンハルト殿下は席を立った。

私はまた、侍女の方に部屋へ案内された。

部屋には、すでに化粧落としまで用意されていた。

本当に、私のことを考えて行動している。

厄介で嫌いだ。

よく考えると、昨日逃げたはずなのに、また捕まっている。

結局、二日連続で殿下と夕食を共にすることになるとは。

この二日間は、人生で一番大変だったのではないだろうか。

そう思ったが、すぐに違う気がした。

十六歳の社交界デビューは、本当に大変だった。

マナーの家庭教師をつけられ、ダンスの練習をさせられ、何度も何度も姿勢を直された。

そして、社交界へ出た時に、あの男に会わされたのだ。

カイル・ヴェルナー侯爵令息

見た目は完璧だった。

上品で、穏やかで、最初は私も、とても良い殿方に見えた。

けれど半年もしないうちに、本性が見えた。

女好きで、自分のことしか考えない男だった。

今にして思えば、私の男嫌いは、あのあたりから始まったのかもしれない。

でも、ふと思う。

あれも、殿方を見る目を養うためには、無駄ではなかったのかもしれない。

そう考えると、少しだけ笑えた。

私は化粧を落とし、青いドレスに着替えた。

お腹は限界だった。

扉を叩き、レストランへ案内してもらう。

宿は襲撃があった事などなかったように平穏だった。

豪華な宿だが使節団専用で一般の客は泊まっていない。

割れた窓ガラスもすでに修理されていた。

レオンハルト殿下は、すでに席に座っていた。

いつもそうだ。

そして、何も言わない。

私が食べ終わるまでは、私を見ないようにしている。

今日も、私はすぐに食べ始めた。

おいしい。

おいしすぎる。

そして今日は、生の魚まで用意されていた。

もう、私は殿下といる時は、深く考えても損だと分かってしまった。

食べられる時に食べる。

それが一番だ。

私がようやく落ち着いたころ、殿下が声をかけてきた。

「今日は、私にとって、とても良いことがあった」

嫌な予感がした。

「ご令嬢、分かるかな?」

私は反応しないと決めていた。

この人の言葉に乗ると、ろくなことにならない。

「私を心配して涙を流してくれる女性がいたのだ」

喉が詰まりそうになった。

「心から嬉しかった」

「私は泣いたりしていません」

思わず反論してしまった。

殿下は笑った。

「馬上で目が赤かったのだが」

「それは……目に虫が入ったからです」

言ってから、しまったと思った。

殿下は、私だと断定していなかった。

私は自分から認めに行ってしまったのだ。

だめだ。

殿下といると、調子が狂う。

「そんなことより」

私は無理やり話を変えた。

「なぜエリオット様を追い詰めたのですか」

「嫉妬したからだな」

あまりにもあっさり言われて、言葉が止まった。

「……嫉妬、ですか」

「そうだ」

「嫉妬で、大事な公務を見失われたのですか」

「私も人だ。欲もあれば、嫉妬もする」

レオンハルト殿下は、少しも悪びれなかった。

「それが私にとって大事なものであれば、第三王子の身分など不要だ」

だめだ。

勝てない。

この人は本気で言っている。

「ただし、安心した」

「何にですか」

「王太子は、君をここに残した」

殿下は、平然と言った。

「まだ、嫉妬する必要はなかった」

私は、もう話を変えるしかなかった。

このままでは、こちらの心臓がもたない。

「殿下は、今回の件の情報をつかんでおられるのですか」

「全容は分からない。だが、核はつかんでいる」

殿下はワインを飲みながら、悠然と答えた。

「君は、たぶん、噂の妃が怪しいと思っているのだろう」

私は黙った。

「それは目くらましだ」

「目くらまし?」

「君から情報をもらった後に調べた」

殿下の声から、からかう響きが消えた。

「黒幕は、男子が一人では心もとないと国王に訴えた。そして、小国のわがままな姫を送り込んだようだ」

「……わがままな姫」

「だが、その妃は男子を産んだ。ある意味では、アステリア王国にとって悪いだけの話でもない」

「その情報を、使われるのですか」

「使うのはやめた」

「なぜですか」

「王太子を見定めたかった」

エリオット様のことだ。

「彼はまだ若い。中途半端な情報を与えれば、相手に利用される可能性がある」

殿下は、グラスを置いた。

「私を本気で殺しに来る相手なら厄介だ。だが、今回の敵は小物だ」

「小物……」

「餌をまけば、すぐに食いつく」

殿下は、何でもないことのように言う。

「この国を助ける義理もない。小物なら、今は泳がせておけばいい」

「泳がせるのですか」

「下手に潰せば、後ろにいる者が逃げる」

殿下は、私を見た。

「今は、私がこの国にいる。密偵を多く放つことはできない。だが本国に帰れば、本格的に調査する」

私は何も言えなくなった。

殿下は、すべて考えていた。

私が馬上で必死に考えたことも。

協議の場で口にしたことも。

きっと、この人は最初から分かっていた。

「これで、ご令嬢の疑問は解けたかな」

「……はい」

「君は勘違いしている」

「何をですか」

「私の方が君より勝っていると思うのは、大間違いだ」

レオンハルト殿下は、まっすぐに私を見た。

「私には多くの情報がある。優秀な人材もいる。常に協議している」

「……」

「だが君は違う」

殿下の目が、少しだけ鋭くなる。

「君は、瞬時に、一人で見極める」

息が止まった。

「本当に恐ろしい人だ」

褒められている気がしない。

「女性で良かった。男なら、嫉妬で殺していたかもしれない」

まったく。

平然と、本音を語る。

厄介で、嫌いで、恐ろしい人だ。