軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第23話 じっとしていられません

レオンハルト殿下が襲われた。

その言葉を聞いた瞬間、心臓が止まるかと思った。

「エリオット様、殿下は大丈夫なのですか」

考えるより先に、声が出ていた。

言ってから、自分がひどく動揺していることに気づく。

エリオット様は、今まで私と一緒にいたのだ。

殿下の状況など、分かるはずがない。

それなのに、私は聞かずにはいられなかった。

エリオット様の顔つきが変わった。

先ほどまでの迷いや弱さは消えている。

そこにいたのは、アステリア王国の王太子殿下だった。

「私は、現場に確認に向かいます。町は危険かもしれません。あなたはこちらでお待ちください」

当然の判断だ。

私は女で、事件の現場へ行っても邪魔になるだけだ。

分かっている。

分かっているのに、待つのは嫌だった。

レオンハルト殿下は嫌いだ。

でも、あの人が襲われた。

なぜか、胸が締め付けられる。

そう思うと、じっとしていられなかった。

私は、女一人の足で歩くと決めたのだ。

市場の女性たちはたくましい。

重い荷を持ち、陽気に交渉し、悪い者がいれば自分たちで追い払う。

もう、男の力の影に隠れない。

「私も行きます」

エリオット様が、驚きと困惑の表情になった。

「危険です」

「町娘の服は控室にあります。すぐに着替えられます」

「馬で行きます。馬車では間に合いません」

「馬術は得意です」

「護身術も得意です」

「襲撃があった直後なら、現場はもう落ち着いている可能性があります。大勢の兵が堂々と襲ったとは思えません」

エリオット様は黙って私を見た。

私は言葉を続ける。

「危ないと感じたら、すぐに戻ります」

言いながら、自分でも分かっていた。

こんなに食い下がっても、エリオット様を困らせるだけだ。

私が行っても、できることなどないかもしれない。

それでも、何もせずに待つことはできなかった。

エリオット様は、深く息を吐いた。

「分かりました」

私は顔を上げた。

「ただし、私のそばを離れないでください。危険だと判断したら、すぐに戻っていただきます」

「私の指示には必ず従ってください」

「分かりました」

「国王陛下のもとで状況を確認します。着替えたらすぐに向かいます」

そう言うと、エリオット様は国王陛下の方へ歩いていった。

その背中は、先ほど涙を隠していた人と同じとは思えないほど、まっすぐだった。

歩きながら、控えていたあの年配の侍女に短く何かを告げる。

すると、年配の侍女がすぐに私の方へ来てくれた。

「お預かりしたお荷物を置いている控室へご案内いたします」

「お願いします」

私は早足で侍女についていった。

周りの声を聞く余裕などなかった。

けれど、会場は思ったよりも落ち着いていた。

国王陛下が、招待客には会場に留まるよう命じたらしい。

従者たちは、それぞれの家に連絡し、門を閉めるよう指示をしたらしい。

混乱していない。

それだけで、アステリア王国の王宮がどれほど統制されているか分かる。

控室に入ると、私はすぐに着替えた。

ドレスは着るのは大変だが、脱ぐのにはそれほど時間はかからない。

赤いドレスを脱ぎ、町娘の服に着替える。

髪飾りも外した。

問題は、化粧だった。

落としている時間はない。

私は鏡を見た。

町娘の服。

夜会用の濃い化粧。

上げかけの髪を無理にまとめ直した頭。

とても笑える姿だった。

けれど、そんなことはどうでもいい。

今は、見た目を気にしている場合ではない。

私は控室を出た。

「馬出しへ案内してください」

侍女は、私の姿を見てまた驚いた顔をした。

けれど、何も言わなかった。

すぐに歩き出し、王宮の馬出しへ案内してくれる。

馬出しは、王宮の門を守るための場所だ。

けれど、防衛だけの場所ではない。

常に兵が詰め、急な出動に備えて馬も置かれている。

襲撃や急使、追跡があれば、ここからすぐに外へ出るのだろう。

馬出しに着くと、すでに兵たちが動いていた。

数頭の馬が引き出され、兵士たちが手綱を取り、鞍を確かめている。

夜会の華やかさとは違う。

ここにあるのは、出立前の張りつめた空気だった。

そこへ、エリオット様も歩いてきた。

軍服姿だった。

私は、一瞬だけ足を止めてしまった。

夜会の礼服とは違う。

王太子としての顔と、兵を率いる者の顔が重なって見えた。

見とれてしまった。

まったく、私は何を考えているのだろう。

けれど、格好よかったのだ。

仕方がない。

エリオット様も、私の姿を見て目を見開いた。

赤いドレスの令嬢でもなく、完全な町娘でもない。

夜会の化粧をしたまま、動きやすい服を着た妙な女が立っているのだから、当然だ。

けれど、エリオット様は何も言わなかった。

ただ、馬のそばへ来て、手を差し出してくれる。

「乗れますね」

「はい」

私はエリオット様の手を借り、馬にまたがった。

速そうな馬だった。

少し緊張する。

けれど、怖くはない。

エリオット様も自分の馬に乗った。

周囲には、すでに多くの兵士たちが控えている。

夜の空気が、張りつめていた。

エリオット様が私を見た。

「私についてきてください。遅れたら置いていきます」

甘い声ではなかった。

本気の声だった。

「分かりました」

エリオット様は馬を駆けさせた。

速い。

けれど、置いていかれるつもりはなかった。

私はすぐに馬の腹を蹴った。

私たちは夜の王宮から駆け出した。

風が顔を打つ。

レオンハルト殿下。

無事でいてください。

この気持ちは、単に知人を心配している気持ちだ。私はそう言い聞かせていた。

馬の背は高い。

少し怖い。

それでも、夜もふけていたため、王宮を出ると、通りには人が少なかった。

町の人たちは、驚いたように道の端へ寄ってくれた。

馬を操りやすくて助かった。

けれど、エリオット様に遅れるわけにはいかなかった。

私は手綱を握り、馬の動きに合わせる。

冷静になれ。

冷静になれ。

何度も、心の中で繰り返した。

考えろ。

怖がるな。

レオンハルト殿下が襲われた。

その言葉だけでなぜか胸が痛くなる。

夜会で見たアステリア王国は、噂で聞いていたほどぎすぎすしていなかった。

国王陛下も、王妃陛下も、不敬に近い私をとがめようとはしなかった。

周りの貴族たちも、私の態度を責め立てるようなことはしなかった。

少なくとも、王宮の中は乱れていなかった。

アステリア王国は、国王陛下の善政でまとまっているように感じた。

アステリア王国の貴族が、自分たちの利権のためだけにレオンハルト殿下を襲った。

それはない。

通商交渉使節団を襲ったところで、決まった条約は変わらない。

制度も税率も、すでに記録に残されている。

いまさら相手国の王子を襲ったところで、それが取り消されるわけではない。

それどころか、犯人がアステリア王国の貴族だと知れれば、家は終わる。

親戚まで巻き込まれる。

利権を失った腹いせにしては、危険が大きすぎる。

なら、目的は条約ではない。

アステリア国王陛下の威信に傷をつけること。

ルーベル王国との関係を悪くすること。

王宮の中に、不安を広げること。

そうだ。

そう考えればいい。

そう考えれば、レオンハルト殿下は殺されていない。

殺してしまえば、戦争になる。

それでは、国王陛下の失脚どころでは済まなくなる。

狙いは殺すことではない。

襲われたという事実を作ること。

国王陛下に責任を負わせること。

だから、レオンハルト殿下は生きている。

生きているはずだ。

そう考えた瞬間、胸の痛みが少しだけ和らいだ気がした。

私は、どれほどあの人の無事を願っているのだろう。

嫌いなはずなのに。

厄介で、腹立たしくて、勝手で、いつも私を振り回す人なのに。

それでも。

生きていてほしいと、思ってしまった。

私は慌てて、その考えを追い払った。

ふと、国王陛下が小国出身の妃を深く寵愛している、という噂が頭に浮かんだ。

夜会で見た王宮の空気は、噂ほど冷たくなかった。

王妃陛下は弱って見えなかった。

妃たちも、ただ勝ち誇っているようには見えなかった。

なら、あの噂は、誰かが故意に広げているのではないか。

国王陛下が王妃陛下を軽んじている。

王妃陛下の出身国であるグランヴェル国との関係が悪い。

小国出身の妃が、国王陛下を動かしている。

そう思わせたい誰かがいる。

国王陛下の威信に傷をつけたい誰かが。

使節団を襲って得をする者。

そして、国王陛下でも簡単には裁けない者。

たぶん、戦争になることまでは望んでいない。

望んでいるのは、国王陛下を揺るがすことだ。

そうだ。

そう考えれば、やはり殿下は殺されていない。

襲われた。

けれど、死んではいない。

そうであってほしい。

いつのまにか、レオンハルト殿下が宿泊している宿に着いていた。

宿の前には、すでに兵が集まっている。

窓ガラスが割れていた。

扉の近くには、人が倒れている。

血の匂いがした気がして、喉が詰まった。

殿下は。

レオンハルト殿下は、大丈夫なのか。

せっかく冷静になりかけていたのに、不安が一気にこみ上げた。

私は馬から降りようとして、手綱を握る手に力を入れた。

その時だった。

そこに、悠然と歩いてくる人の姿が見えた。

まったく厄介だ。本当に嫌いだ。

でも、気づけば涙が出ていた。