軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第21話 すべてが裏目で困ります

母国のルーベル王国では見たことのない料理が、いくつも並んでいた。

ルーベルの主都は内陸にある。

だから、魚介類はそれほど多くない。

けれど、ここは港町ミラだ。

魚も、貝も、海老も、見たことのないものまで、氷の上に美しく並べられている。

この時期にこれだけの氷を用意できるだけでも、相当な贅沢だ。

薄く切られた白身魚は、光を受けて透けるようだった。

貝は宝石のように艶めき、海老は赤く、海の香りをまとっている。

生の魚を食べるなど、ルーベルにいたころの私なら考えもしなかった。

けれど、ミラに来て初めて口にした時、私は本当に驚いたのだ。

世の中には、こんなにおいしいものがあるのかと。

ただし、そうそう食べられる値段ではなかった。

それが今、貴重な氷の上に、宝石のように惜しげもなく並んでいる。

私は、しばらくそれを見つめた。

そして、ひらめいた。

よし。

これを一気に食べれば、育ちの悪い令嬢だと思われるはずだ。

赤いドレス作戦は失敗した。

濃い化粧作戦も失敗した。

扇で顔を隠す作戦も、なぜか神秘的な令嬢のように見えてしまって失敗した。

ならば、食べ方で失敗すればいい。

私は、その場へ歩いていった。

できるだけ堂々と。

そして、皿を取る。

まずは白身魚。

次に貝。

それから海老。

一口食べる。

おいしい。

悔しいくらい、おいしい。

これは困る。

作戦のために食べているはずなのに、普通に幸せになってしまう。

けれど、最初だけだった。

食べたい。

とても食べたい。

でも、コルセットが邪魔をする。

胃のあたりが締めつけられて、思ったほど入らない。

しかも、身についた癖というものは恐ろしい。

一気に食べようと思っているのに、手は勝手に皿を整える。

口元を汚さないように食べる。

扇で顔を隠す。

音を立てない。

下品に見せるつもりだったのに、結局、綺麗に食べる令嬢になってしまっている。

どうしてこうなるのだろう。

「おいしいですか」

後ろから声がした。

エリオット様だった。

私は黙った。

もう、それしか手が思いつかなかった。

「あなたは魚介がお好きなのだと思いました」

黙る。

黙るしかない。

「最初に一緒に食べた魚介のスープを、とてもおいしそうに召し上がっていましたから」

私は、思わずエリオット様の顔を見てしまった。

覚えていたのですか。

声に出さなかった私は、かなり耐えたと思う。

エリオット様は、穏やかに微笑んでいた。

「今日は、あなたのために特別に用意してもらいました」

重い。

好意が、とても重い。

優しいのは分かる。

ありがたいことも分かる。

でも、外堀を埋められている。

しかも、とても丁寧に。

「喜んでいただけたようで嬉しいです」

エリオット様は、心から嬉しそうに言った。

その顔を見てしまうと、何も言えなくなる。

やはり、これは食べている場合ではない。

というより、もう食べられない。

コルセットが許してくれない。

周囲から、ささやき声が聞こえてきた。

「あのご令嬢、とても堂々としていらっしゃるわ」

「国王陛下と王妃陛下の御前でも、少しも取り乱していなかったそうよ」

「王太子殿下がそばにいらっしゃるのに、媚びる様子もない」

「王太子殿下の方が、あの方の後ろを追っているように見えますね」

やめてほしい。

本当に、やめてほしい。

私は何も堂々としていない。

ただ、顔を見られたくないから正面しか見ていないだけだ。

媚びていないのではない。

どうしていいか分からないだけだ。

それなのに、周囲は勝手に意味をつけていく。

「どこかの国の姫君ではないかしら」

違います。

伯爵令嬢です。

しかも、できれば今すぐ帰りたい伯爵令嬢です。

どう考えても、私の態度は不敬に近い。

それなのに、なぜそう取られるのだろう。

国が変われば、貴族社会も変わるのだろうか。

いや、そんなはずはない。

きっと、この赤いドレスだ。

どう見ても超がつくほどの一流品。

赤いドレスというものは、社交界では良い意味でも悪い意味でも目立つ。

そこに扇と化粧と、あの貸衣装店の技術が加わった結果、私はなぜか得体の知れない高貴な令嬢に見えているのだ。

完全に失敗だ。

何度目の失敗だろう。

私は皿を置いた。

もう食べ物で失敗するのは諦めよう。

「王太子殿下」

私は、あえてそう呼んだ。

距離を置くためだ。

「お話を聞かせてください」

エリオット様は、少しだけ表情を引き締めた。

「分かりました。二人で話したいので、ベランダへ行きましょう」

まただ。

また、逃げ道が減った。

けれど、ここまで来て断れるわけがない。

エリオット様は丁寧に私をエスコートした。

私は顔を見られたくないので、正面を見据えて歩くしかない。

周囲がまたざわついた。

「お二人でどちらへ?」

「本当に優雅な方ね」

「脇目も振らないなんて」

もう聞こえない。

何も聞こえない。

私は心の中でそう言い聞かせた。

扇を握る手に、少しだけ力が入る。

ベランダに出ると、ミラの港町の夜景が広がっていた。

思わず、息をのむ。

王宮の灯りとは違う。

街灯の明かりが港へ落ち、遠くの海には船の灯りがいくつも揺れている。

昼間の活気とは違う、静かな美しさがあった。

「……きれい」

思わず呟いてしまった。

しまったと思った時には遅かった。

エリオット様が、嬉しそうに笑っている。

「気に入っていただけたようで嬉しいです」

「……」

「私も、ここからの景色が好きです。あなたに見ていただけてよかった」

そういうことを、まっすぐ言わないでほしい。

本当に困る。

私は視線を夜景に向けたまま、黙っていた。

エリオット様は、少し声を落とした。

「今日は、どうしても二人で話したかったので、ここは貸し切りにしています」

私は、ようやく周りを見た。

誰もいない。

王宮の中のざわめきは、扉の向こうに遠く聞こえるだけだ。

ここには、私とエリオット様しかいない。

王族は嫌いだ。

私の逃げ道を、すべて塞ぐ。

病気と言って断る道。

下品な格好で嫌われる道。

夜会で隅に隠れる道。

不敬な態度で嫌われる道。

食べ方で失敗する道。

何が悪かったのか。全部、綺麗に塞がれてしまった。

そして私は、家族に迷惑が及ぶような強い言葉で拒否する度胸もない。

逃げられない。

そう分かって、私は扇を握りしめた。