軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第19話 王宮の夜会に行くことになってしまった

私は、少し震える手で封を切った。

中に入っていた便箋は、上等なものだった。

けれど、そこに並んだ文字は、どこか硬い。

丁寧に書こうとしているのは分かる。

でも、ところどころ筆圧が強く、少しだけインクがにじんでいた。

誰かに書かせた手紙ではない。

たぶん、エリオット様が自分で書いたものだ。

手紙には、まず私のことは誰にも話していないと書かれていた。

会議で発言した令嬢が、エレノア・ラングフォード伯爵令嬢であること。

そのことを、誰かに伝えるつもりはない。

だから安心してほしい。

そう書かれていた。

よかった。

エリオット様も、分かってくださっていた。

私は、少しだけ息を吐いた。

けれど、すぐに次の言葉が目に入った。

エリオット様は、公務が詰まっていて、今すぐ私に会いに来ることはできないらしい。

けれど今夜、小さな夜会がある。

大きなものではなく、限られた人だけが集まる場。

そこなら、少しだけ話ができる。

私は便箋を持つ手に力を入れた。

そして、最後の一文で息が止まりそうになった。

『君のことだ。きっと嫌だと思う。それでも、私はどうしても君と話したい』

命令ではなかった。

来い、と書かれているわけでもない。

けれど、断れない。

とても、断れない。

皇太子殿下を敵に回すなど、そんな度胸は私にはない。

それに、ここで断れば、トマスが気にするかもしれない。

エリオット様は、私の知っている人の方が安心すると、善意でトマスに手紙を預けたのだろう。

それも分かる。

分かるから、余計に逃げにくい。

私は、自分のことには無頓着なくせに、周りの人のことになると、つい考えすぎてしまう。

悪い癖だ。

もう、なるようにしかならない。

私は作り笑顔を浮かべた。

「トマス、ありがとう。夜会に参ります」

トマスは、ぱっと嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます。馬車を用意しておりますので、ご案内いたします」

私は心の中で、深いため息をついた。

どうして、こうなるのだろう。

そう思いながらも、私は豪華な馬車に乗り、貸衣装店へ向かった。

連れていかれた店は、見ただけで高級だと分かる場所だった。

扉の金具まで磨かれていて、窓辺に飾られた布は、どれも私が普段なら触るのもためらうようなものばかりだった。

中へ入ると、店員たちが丁寧に頭を下げた。

誰も私の名前を聞かない。

誰も余計なことを尋ねない。

エリオット様が、私の名を伏せるように手配してくれたのだろう。

一番奥の豪華な個室に通された。

伯爵令嬢がおいそれと来られるような場所ではない。

私は、並べられた衣装を前にして考えた。

昨日の私は、青いドレスを着ていた。

落ち着いた、品の良い青。

レオンハルト殿下が用意した、あの悔しいくらい着心地のよいドレスだ。

ならば、今日はその逆にしよう。

「赤いドレスをお願いします」

殿方が少し引くくらい、扱いにくい令嬢に見えるように赤を選んだ。

店員たちが、一瞬だけ驚いた顔になった。

未婚の令嬢は、夜会で赤いドレスをあまり選ばない。

清楚で淡い色を選ぶのが普通だ。

けれど、熟練の店員たちはすぐに勝負の顔になってしまった。

「よろしいと思います。お客様は肌が白くていらっしゃるので、赤がよく映えますわ」

「髪もお綺麗ですから、上げた方が首元が映えますね」

「目元が涼やかでいらっしゃいます。お化粧は少し強めがよろしいかと」

次々に褒められて、私は返事をする間もなかった。

「あの、できるだけ別人に見えるように、濃い化粧でお願いします」

「かしこまりました。お任せください」

店員の一人が、にこやかにうなずいた。

「お嬢様のお顔立ちでしたら、強めのお化粧で、さらに美しさが際立つかと存じます」

それは困る。

とても困る。

私は美しくなりたいわけではない。

殿方から嫌われるようにしたいのだ。

そう思ったけれど、口には出せなかった。

店員たちは数人がかりで私を取り囲み、迷いなく仕上げていく。

私は椅子に座らされ、髪を整えられ、布を当てられ、化粧をされていった。

なぜか、よく褒められる。

最初は社交辞令だと思っていた。

けれど、店員たちは本気だった。

「肩の線が綺麗ですわ」

「こちらの赤の方が、お顔が明るく見えます」

「唇の色は少し深くいたしましょう。その方が品が出ます」

「お顔を隠すための大きめの扇でしたら、こちらがよろしいかと。最高の絹を使っておりますので、光を受けると上品に映えます」

「いえ、もっと安いものでお願いしたいのですが」

店員は、きっぱりと言った。

「そのような仕事をいたしましたら、私どもが叱られます」

負けた。

完全に負けた。

「……分かりました。お任せします」

私は別人にはなりたい。

でも、美しくしてほしいのではない。

殿方に嫌われる、下品な雰囲気にしたいのだ。

けれど、心の中でどれだけ訴えても、店員たちの手は止まらない。

むしろ、こちらが抵抗すればするほど、燃えているように見える。

やがて、またコルセットを締められた。

「もう少し緩い方がよいのですが」

「申し訳ございません。そのような仕上げでは、お店の評判を落としてしまいます」

「こんなにスタイルも良いのですから。あまりにもったいのうございます」

そう言われると、もう何も言えない。

仕上がるまでに、数時間かかってしまった。

本当に、ドレスは疲れる。

嫌だ。

「では、こちらでご確認ください」

「すばらしい仕上がりでございます」

私を取り囲んでいた熟練の店員たちが、満足げに微笑んでいる。

その顔には、勝者の誇りがあった。

私は最後に、姿見の前に立たされた。

鏡を見た瞬間、思わず後ろを振り返った。

誰もいない。

では、これは私なのだろうか。

鏡の中の私は、私の思惑とはまったく違っていた。

赤いドレスは華やかだった。

けれど、下品ではない。

濃いめの化粧も、いやらしくない。

むしろ目元を強く見せ、唇に血色を足し、顔立ちをはっきりさせている。

昨日の青いドレスの令嬢とは、たしかに別人だ。

それは、よい。

よいのだけれど。

別人のような美人が、鏡に映っている。

いやらしくはなく、上品で整えられた赤いドレスの令嬢になっていた。

これは困る。

私は、下品で殿方から嫌われる令嬢になりたかったのだ。

それなのに、鏡の中の私は、困ったことに上品で美しい令嬢だった。

完全に失敗だ。

「……これは、本当に私ですか」

思わずそう呟くと、店員が誇らしげに微笑んだ。

「もちろんでございます」

もう、今さら服を変えたり、化粧を変えたりする時間はない。

この熟練の店員たちが、それを許してくれるとも思えない。

夜会では、扇で顔を隠そう。

できるだけ隅にいよう。

エリオット様と話したら、すぐ帰る。

それしかない。

そう考えた。

考えたけれど。

鏡の中の赤いドレスの令嬢は、どう見ても、目立ちすぎる。