軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第16話 私は怒ってしまった

私はいま、通商交渉の会議場で、レオンハルト殿下の横に並んで座っている。

シックで落ち着いた青い色のドレスを着ている。

とても着心地がよい。

おそらく、殿下が用意したものだろう。

なんだか悔しい。

相手の代表たちが、不思議そうな顔で私を見て、ささやいている。

伯爵令嬢の顔など、海を渡ったこの地では誰も知らない。

女には、男の顔を見るなど恥ずかしい娘だと言うくせに、自分たちは失礼な目で見てくる。

本当に腹が立つ。

この会議は、今日で終わらせてやる。

失敗しても、私には関係ない。

そう自分に言い聞かせていた。

やがて、レオンハルト殿下が立ち上がった。

今日の殿下は、いつもの軽い笑みを見せていない。

公式の場に立つ王族の顔だった。

「本日は、通商会議をまとめるために、私の横に座っているご令嬢が発言したいと申しております」

会場がざわめいた。

女性が発言するのか。

まだ小娘ではないか。

ルーベル王国は何を考えている。

そんな声が、あちこちから聞こえる。

殿下は、深々と公式用の礼をした。

「これは、ルーベル王国の正式な要請とお考えください」

それでもざわめきは収まらなかった。

殿下は、静かに続けた。

「このご令嬢は、将来、私の妃となる者ですので、ご理解ください」

その瞬間、会場の空気が止まった。

本当に腹立たしい。

殿下がそう言うことは、分かっていた。

分かっていても、腹立たしい。

殿下が人前では「ご令嬢」と呼ぶのは、私のことを考えてくれているからだ。

私の名前が公にならないようにしている。

それは分かっている。

けれど、腹立たしい。

私が怒っていることまで分かっているのだろう。

本当に厄介な人だ。

相手の通商団の代表が、重い声で言った。

「……発言を認めましょう」

私は立ち上がった。

そして、ゆっくりと、順番に代表団の人たちの顔を見ていく。

女性からまっすぐに見られることに慣れていないのか、相手は一人、また一人と視線をそらしていった。

殿下の妃、という言葉が効いているのかもしれない。

使えるものなら、使わせてもらう。

私は、口を開いた。

「レオンハルト殿下が提案されている内容に、皆さまはご反対だとお聞きしました」

会場は静かだった。

「なぜ、反対されるのですか」

ど直球で攻める。

相手を崩すには、これが一番だ。

代表の一人が、すぐに声を荒らげた。

「なぜ、そのようなことを。制度を変えるなど、無理だからだ」

「なぜ無理と言われるのですか」

私は、すぐに返した。

「無理ではなく、変えたくないだけなのではありませんか」

「貴様、無礼にもほどがある」

「貴様ではありません」

私は、相手をまっすぐに見た。

「貴様とは、殿方に向ける言葉でしょう。私は女性です」

会場が、またざわめいた。

けれど、私は続けた。

「人は、言葉に詰まると、相手を非難して優位を取ろうとします」

「何を……」

「ようするに、私の問いに対する回答をお持ちではない、ということでしょうか」

会場が静まり返った。

誰かが息をのむ音がした。

私は、ゆっくりと言葉を重ねた。

「この制度に変えれば、国は潤います。民も潤います」

「アステリア連合国の憲法には、民を思うことが国を思うことだとの記載があります」

「また、聖マリア教も、民を慈しむ教えです」

私は、一度言葉を切った。

「私が間違っていることを言っていれば、ご指摘ください」

代表団の人たちは、お互いの顔を見るだけだった。

誰も、すぐには答えない。

やがて、一人が乱暴に言った。

「そんなことは分かっている。小娘に言われる理由はない!」

「はい」

私はうなずいた。

「小娘でも分かることです。皆さまが分からないはずがありません」

相手の顔色が変わった。

私は、さらに深く礼をした。

「安心いたしました。この場には、国と民を慈しむ方しかいないことがよく分かりました」

横で、レオンハルト殿下が私を見ようとした気配があった。

けれど、すぐに咳払いが聞こえた。

殿下は、また公式の顔で前を向いて座り直していた。

私は怒っている。

今日で終わらせる。

「そして私たちは、聖マリア大聖堂の中で協議をしています」

会場の空気が、さらに重くなった。

「国と民のために皆さまがお集まりくださり、小娘ながら感謝いたします」

皮肉だと分かったのだろう。

何人かの顔色が変わった。

けれど、誰も止めなかった。

止められないのだ。

私は、言葉を続ける。

「船に基本税をかける制度に変えれば、一時的には、誰かの損になると思います」

「ですが、お互いの流通が増えれば、民が豊かになります」

「民が豊かになれば、別枠の高級品も、今より多く売れるようになることは明白です」

私は、アステリア連合国の代表たちを見た。

「それは、このアステリア王国が善政を行うことで発展したことが、証明しているのではありませんか」

誰も、すぐには反論しなかった。

「より発展できる提案があるのに、なぜ過去の慣習に縛られるのですか」

「国と民のために未来を見る方がよいと、皆さまも分かられているのではありませんか」

代表団のトップらしき男が、歯ぎしりするように口を開いた。

「税率が不平等という点は、我々としては受け入れられない」

私は、思わず拳を握り締めた。

勝った。

その言葉を引き出したかった。

「税率が不平等と言われるということは、新しい制度に変えることは認めていただいた、ということでしょうか」

私は、また端から順番に代表団の人たちをゆっくりと見ていった。

誰も、小娘に目を合わせようとはしなかった。

あとは、殿下の役目だ。

私の役目は終わった。

「レオンハルト殿下」

私は、静かに言った。

「アステリア連合国は、制度変更を認めていただけたそうです」

そして、殿下を見る。

「あとは、よろしくお願いします」

殿下が、小さく呟いた。

「任せろ」

その声は、近くにいた私にしか聞こえないほど低かった。

けれど、私は確かに聞いた。

レオンハルト殿下は立ち上がった。

その顔は、もう完全に公式の王族のものだった。

「皆さまと、やっと合意できましたこと、心より感謝いたします」

「まだ、税率の合意はしていないぞ」

代表団の男が、慌てたように言った。

「はい。もちろんです」

殿下は、丁寧にうなずいた。

「今後の議論は、制度ではなく、現行税率の期限についての議論とさせていただければと思います」

「期限だと?」

「ルーベル王国も、未来永劫この税率のままとは考えておりません」

会場の空気が揺れた。

「まだ、議論の時間は十分にございます。共に、国と民にとってよい協議を続けましょう」

殿下は、公式の書記官の方へ視線を向けた。

「ここまでは、合意ということで間違いなく記載をお願いします」

呆気に取られていた書記官が、慌てて筆を取る。

アステリア連合国の人たちは、互いに顔を見合わせるだけだった。

もう、誰もすぐには取り消せない。

制度変更は、合意として書き残される。

「では、本日は大きなことが決まりましたので、ここで中断でよろしいでしょうか」

代表団のトップの男は、苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

「……レオンハルト殿下のご厚意、感謝いたします。本日は閉会といたしましょう」

レオンハルト殿下は、深く一礼した。

そして、そのまま控室の方へ歩いていく。

私は、その背中を見た。

顔は見えない。

けれど、きっと今ごろ、いつもの愉快そうな顔になっている。

本当に厄介な人だ。

私は、静かに息を吐いた。

さて。

このあと、どうやって逃げようか。