軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 マルグリットのダイエット奮闘記Ⅲ

そして、私はサロンに通い始めた……のだけれど。

「ひっ……ひぃっ……! もうダメ、脚が……脚が取れちゃう……!」

トレーニングルームに、情けない悲鳴が響き渡ったのは、初回のレッスンの、ほんの開始数分の出来事だった。

わたしは床にへたり込んで、ゼエゼエと肩で息をしていた。

まわりの令嬢たちは汗をぬぐいながらもまだ笑顔を見せているというのに、私ときたら、汗まみれで顔を真っ赤にして地面に這いつくばっている有様だった。

「もうムリ……運動ってこんなに……きついものなの……?」

サロンに集う令嬢たちは、軽やかに身体を動かしながら笑顔すら浮かべていたから、もっと楽なものだとばかり思っていた。

けど、こんなにきついなんて……。

私は一人、ゼエゼエと犬のように息を切らし、水を飲もうとした手が震えてグラスをこぼす始末だった。

「マルグリット、大丈夫?まだ始めて15……いや、10分くらいだけど……それに、運動とも呼べないストレッチなのだけど……?」

エリザベート様の声に、つい私は半泣きで振り返った。

「えぇっ!?うそ、10分!?1時間くらい頑張ったと思ってたのに……っ!」

「ふふ、辛いと時間が長く感じるものね……。大丈夫。きっとそのうち、短く感じるようになるわ!」

エリザベート様が柔らかくほほ笑み、タオルを差し出してくれた。私はへにゃへにゃと顔を伏せた。

「無理ですよ~~。だって……ストレッチ?とかいう、準備運動でさえ辛かったし……これから歩くんですよね?」

考えただけで身体がぶるっと震えてしまう。

「もっと無理ぃ……お腹空いたしぃ……」

お腹からぐぅと音が気がした。もう、辛い。

運動なんて大っ嫌い!

「ね、エリザベート様!もっと楽に痩せる方法はないんですか!?」

「う、うーん……なんと説明したらいいかしら……」

そのときだった。

――バン!

トレーニングルームの扉が、思いきり開かれた。室内の空気が、一瞬でピンと張り詰める。

「エリザベート嬢!例の件、今ちょっといいか?」

不躾なその声に、室内の空気が一瞬止まった。

現れたのは、背が高く、鍛えられた体格の青年だった。

黒髪を短く整え、すっと通った高い鼻梁に、涼やかな目元。輪郭はきりりと引き締まり、口元には硬さを湛えながらも整った線が刻まれていた。

身に着けているのは、サロンには不釣り合いな無骨なシャツとブーツ。貴族的な洗練とは程遠いのに、不思議とその佇まいには隙がない。

「ジャン様。急に大声で入ってこないでって、何度言えば……それに、今はもう私は夫人よ?」

エリザベート様が苦笑を浮かべながらたしなめる。彼――ジャンと呼ばれた男は肩をすくめた。

「すまない、いまはエリザベート夫人だったな。それで、訓練のことで相談があって……」

エリザベート様が彼に近づくあいだ、私はちらりとジャンを横目で見た。

なにこの人……軍人?まさか、騎士団の人?どうしてサロンに?

そして、思いがけずジャンの方もこちらを見返してきた。

その鋭い目に、思わず身をすくませる。でも、見惚れてたわけじゃない。違うからね。

ただ――その、イケメンだったから。あまりにも絵になるような顔立ちで、つい目が吸い寄せられてしまっただけで……。

そして、そのジャンと呼ばれた男の方もこっちを見た。視線が合った瞬間、心臓がどきりと跳ねた。

「な、ななんですか!?」

「……お前も、まさか“ダイエット”目的でここに?」

「そ、そうだけど。悪い?」

ジャンは私をじろじろと値踏みするように眺め、それから低く吐き捨てるように言った。

「いや、別に。ただ、やる気あるのか?外にまで聞こえてたぞ、お前の泣き言」

言い捨てたその声に、室内の空気が一気に冷え込む。

「……っ、な……っ!」

顔が熱い。いや、燃えるように熱い。羞恥と悔しさと怒りが、一気に込み上げてくる。

「何その言い方!? あなたに何がわかるのよっ!」

「事実を言ったまでだ。……ダイエット目的で来たんだろう?だが、運動で弱音を吐いているうちは痩せないぞ」

「なっ……!」

「その甘ったれた顔つきじゃ、甘いものも我慢できるようには見えないな。運動だって、すぐ投げ出すんじゃないか?」

私が立ち上がるのと、ジャンが一歩前に出るのは、ほとんど同時だった。

次の瞬間、私たちの間にすっと割って入ったのは、エリザベート様だった。

「二人とも、喧嘩はやめてちょうだい!」

その声に押され、私は肩を震わせながらも一歩退いた。

「……なによ、あいつ……。見た目だけで人を決めつけて……!」

唇をぎゅっと噛みしめる。にじむ痛みさえ、悔しさをかき消すことはできなかった。

吐息が震えた。けれど、目は逸らさない。

「――あんな奴、絶対に見返してやるんだからっ」

私は頑張って、きつくて無理だと思っていた運動を再開した。

今まで一番気合が入ってたように思う。足取りはぎこちなく、呼吸は苦しい。けれど、もう弱音なんて許されなかった。

汗が額を伝い落ちるたび、私の決意はより確かなものへと変わっていく。

ふと、視界の端に映ったエリザベート様の瞳が、きらりと輝いたような気がしたけど、……きっと気のせいよね?