軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第222話 王都ギルドの記録

王立学院の寮を出ると、王都の空は夕暮れに染まり始めていた。

夏休み中とはいえ、王都そのものが静かなわけではない。

大通りには馬車が行き交い、商人たちの声が響き、露店の片づけを始める者たちもいる。

俺はその人混みの中を、できるだけ急いで王都ギルドへ向かった。

黒い魔石片。

灰狼の牙。

ガザル。

この三つを、王都ギルドにある記録と照合する必要がある。

王都ギルドに入ると、受付の職員が俺に気づいた。

「あら、リオンさん」

学業の合間に冒険者活動をしているせいで、俺の顔は王都ギルドでもそれなりに知られている。

普段なら依頼の報告か、素材の確認だと思われただろう。

だが、今日は違う。

「緊急の報告があります」

俺がそう言うと、受付の表情が少し引き締まった。

「緊急、ですか」

「王都西南の森で見つかった黒い魔石片の件と、関係があるかもしれません」

その言葉で、受付の顔色が明らかに変わった。

王都西南の森。

黒い魔石片。

この二つは、ギルド側でもまだ軽い話ではないのだろう。

「少々お待ちください」

受付はすぐに奥へ声をかけた。

俺はその間に、持ってきた書類を取り出す。

西の森襲撃の記録。

黒い魔石片の形状記録。

死骸魔物の胸部に核として埋め込まれていたこと。

核を砕くと動きが止まったこと。

ガザルと思われる男の尋問記録。

そして、小さな黒い魔石片の破片。

しばらくして、奥から上席の職員が現れた。

「リオン・ハルさんですね」

「はい」

「こちらへ。受付で聞く内容ではなさそうです」

俺は頷き、別室へ通された。

部屋に入ると、上席職員はすぐに扉を閉めた。

「まず、何が起きたのかをお聞かせください」

「分かりました」

俺は、できるだけ事実だけを順番に話した。

ハル領の西の森で、死骸魔物が複数現れたこと。

第一陣、第二陣に分かれて作業場を襲ったこと。

魔物の胸には黒い魔石片が埋め込まれていたこと。

その核を砕くと、魔物の動きが止まったこと。

森の奥で術者らしき男を捕縛したこと。

その男は、西の森の旧拠点に関わるガザルである可能性が高いこと。

ある貴族領の者と接触していた可能性があること。

ただし、そこはまだ証拠が足りないこと。

上席職員は途中で一度も口を挟まなかった。

ただ、俺が「ガザル」という名を出した時、わずかに表情が動いた。

話し終えると、職員は静かに言った。

「確認します。ハル領で本日起きた事件、ということでよろしいですね」

「はい」

「ハル領から王都までは、早馬でも二日はかかるはずです」

やはり、そこに気づく。

当然だ。

今日起きた事件を、今日の夕方に俺が王都ギルドへ持ち込んでいる。

普通ならあり得ない。

「今は詳しい事情は言えません」

俺は答えた。

「ただ、急ぐ必要がありました」

上席職員はしばらく俺を見ていた。

たぶん、納得はしていない。

だが、追及もしなかった。

今は、俺がどうやって王都へ来たかより、持ってきた情報の方が重要だと判断したのだろう。

「分かりました。移動手段については、今は問わないことにします」

「ありがとうございます」

「黒い魔石片を見せていただけますか」

俺は小さな布包みを机に置いた。

上席職員は慎重に布を開く。

中には、小さな黒い破片があった。

光を吸い込むような、嫌な色をした石。

西の森で死骸魔物の胸から出てきたものだ。

職員の表情がさらに険しくなる。

「王都西南の森の件と、よく似ています」

「やっぱり」

「記録を確認します」

職員は近くの者を呼び、王都西南の森の記録を持ってくるよう命じた。

しばらくして、分厚い記録帳が運ばれてきた。

王都西南の森での異常魔物の記録。

そこには、俺が以前報告した内容も含まれていた。

痛みに反応しにくい魔物。

胸部に埋め込まれた黒い魔石片。

核を壊すと停止したこと。

普通の魔物とは違う動き。

上席職員は、一つずつ確認していく。

「特徴が一致しすぎています」

「同じ術式か、少なくとも同系統だと思います」

「こちらの記録でも、黒い魔石片は魔物の胸部にありました。今回も同じですか」

「はい。第一陣、第二陣の両方から確認されています」

「複数体に?」

「はい」

職員は一度、目を閉じた。

「一体だけなら、異常個体で済ませる余地もありました。

しかし複数体となると、人為的に用意されたと見るべきでしょう」

「ハル領でも、そう判断しています」

俺は記録の写しを机に置く。

「どの魔物から出たか、核の位置、核を砕いた時の反応も記録してあります」

職員はそれを受け取り、ざっと目を通した。

「かなり整理されていますね」

「現場で文官に記録してもらいました」

「助かります。これは後で司法院にも必要になります」

司法院。

その言葉が出た時点で、話の重さが一段変わった気がした。

「それから、捕縛した男の件です」

俺は続けた。

「西の森の旧拠点の記録と照合したところ、ガザルという名が出ました。

本人は名乗っていません。ただ、その名に明らかに反応しています」

上席職員の目が鋭くなった。

「ガザル、と言いましたか」

「はい」

「灰狼の牙のガザルですか」

「その可能性があると思っています」

部屋の空気が変わった。

上席職員はすぐに別の記録を取り寄せた。

今度の記録帳は、魔物ではなく、盗賊団や広域犯罪者に関するものだった。

灰狼の牙。

王都周辺だけでなく、複数の領地で活動していた盗賊団。

荷の強奪。

密輸。

闇取引。

薬草、魔石片、魔物素材の違法な売買。

その組織の頭目とされる男の名。

ガザル。

所在不明。

王都西南の森の事件にも関与疑い。

記録を読むにつれ、上席職員の顔から余裕が消えていった。

「もし、ハル領で捕らえた男が本当にガザルなら、これはハル領だけの事件ではありません」

「そう思って、急いで来ました」

「よく来てくださいました」

職員は記録帳を閉じる。

「ガザルの身柄は、現在ハル領に?」

「はい。領騎士団の詰め所で拘束しています。

魔法を使う可能性があるので、厳重に監視しています」

「賢明です」

「黒い魔石片の現物も、大部分はハル領で保管しています。

王都へ持ってきたのは照合用の小さな破片だけです」

「それで構いません。むしろ証拠をすべて動かさない判断は正しいです」

俺は少しだけ息を吐いた。

少なくとも、そこは間違っていなかったらしい。

上席職員は、さらに声を落とした。

「リオン様。もう一つ確認します。貴族関与の可能性がある、とおっしゃいましたね」

「はい」

「依頼主が貴族だと断定できる証拠は?」

「ありません」

俺は即答した。

「ただ、ガザルと思われる男は、単独ではなく誰かに依頼されて動いた可能性が高いです。

死骸魔物の数、黒い魔石片の準備、襲撃の配置から見ても、私怨だけでは説明しにくい」

「それで、貴族領の名に反応した」

「はい。ただし、そこは反応があったというだけです。断定はできません」

職員は深く頷いた。

「その言い方でよろしいかと。ここで貴族名を断定すれば、話が別の方向へ広がります」

「分かっています」

「ですが、貴族関与の可能性がある時点で、冒険者ギルドだけでは扱えません」

職員は立ち上がった。

「これは司法院へ上げます」

俺は黙って頷いた。

司法院。

その長は、ヴァレスト公爵ユリウス。

セレナの父。

今回の話が司法院に上がれば、必ずユリウスの耳に入るだろう。

この件は、ギルドだけで抱えるには大きすぎる。

ギルド内がにわかに慌ただしくなった。

上席職員は複数の記録を確認しながら、急報の作成を命じる。

俺も内容を確認するよう求められた。

報告者。

リオン・ハル。

発生場所。

ハル領西の森。

事案。

死骸魔物による作業場襲撃。

黒い魔石片を核として使用。

王都西南の森の事件との類似。

捕縛者。

灰狼の牙頭目ガザルの可能性。

現在、ハル領騎士団詰め所にて拘束中。

貴族関与。

可能性あり。

ただし、現時点では断定できる証拠なし。

俺はそこを見て、職員に言った。

「貴族関与のところは、可能性に留めてください」

「承知しています」

「グレイヴ領の名は?」

「ここには書きません」

上席職員ははっきり言った。

「司法院へ口頭で補足する場合も、あくまで未確定情報として扱います」

「お願いします」

父上の言葉が頭に残っていた。

分かったことと、まだ分からないことを分けろ。

焦って断定すれば、足をすくわれる。

特に、貴族が関わる可能性があるなら。

俺は急報の内容を最後まで確認した。

「この内容で間違いありません」

「では、司法院へ送ります」

上席職員が合図を出す。

ギルドの使者が、急報を持って走り出した。

夕方の王都を、ギルドの使者が駆け抜ける。

その背中を、俺は窓越しに見送った。

王都へ来た時点で、ある程度は予想していた。

だが、実際に司法院へ話が上がるとなると、胸の奥に重さが生まれる。

これはもう、ハル領だけの事件ではない。

灰狼の牙。

黒い魔石片。

ガザル。

貴族関与の可能性。

そして、西の森への襲撃。

王国の司法が動く話になり始めている。

上席職員が俺に言った。

「司法院から返答があるまで、しばらくこちらでお待ちください」

「分かりました」

「それと、リオン様」

「はい」

「ハル領からここへ来られた手段については、いずれ確認されると思います」

「……ですよね」

「ですが、今はこの件が先です」

「ありがとうございます」

俺は小さく頭を下げた。

転移魔法のことは、いつまでも隠せるものではない。

ヴァレスト公爵にも、いずれ説明しなければならないだろう。

でも、今は黒い魔石片とガザルが先だ。

王都司法院。

重い石壁に囲まれた建物の中で、ギルドからの急報はすぐに記録官の手に渡った。

報告書に並ぶ文字を見て、担当官の顔色が変わる。

担当官は、読み終えるとすぐに立ち上がった。

「これは、閣下へ」

司法院の長へ上げるべき案件だった。

ヴァレスト公爵ユリウスは、司法院の執務室にいた。

日が沈みかけた王都の光が、窓から差し込んでいる。

机の上には、別件の調書がいくつも積まれていた。

そこへ、急ぎの報告が届く。

ユリウスは差し出された報告書に目を通した。

最初の数行で、表情が変わる。

ハル領西の森。

黒い魔石片。

灰狼の牙。

ガザル。

貴族関与の可能性。

そして、報告者。

リオン・ハル。

ユリウスはしばらく黙っていた。

やがて、低く呟く。

「ここでも名前が出てくるのか、リオン君」

呆れたような声音だった。

だが、その目は笑っていなかった。

これは、ただの少年の活躍話ではない。

王国の治安。

危険術式。

広域犯罪。

そして、貴族の影。

扱いを間違えれば、火種は一気に広がる。

ユリウスは報告書を机に置き、静かに命じた。

「彼をこちらへ通しなさい。直接聞く」

王都ギルドで待っていた俺のもとへ、司法院の使者が来たのは、それから間もなくのことだった。

使者は俺の前で一礼する。

「リオン・ハル様。ヴァレスト公爵閣下がお会いになります」

その名を聞いて、俺は一瞬だけ息を止めた。

今回の件は、もう冒険者ギルドへの報告では終わらない。

俺は持っていた照会文を握り直した。

王都へ来た目的は、黒い魔石片の確認だった。

だが、灰狼の牙の名が出たことで、話は一気に大きくなった。

ここから先は、王国の司法が動く話になる。