軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第221話 王都へ飛ぶ

詰め所を出たあと、俺はノルとレナードと共に屋敷へ戻った。

空はもう夕方に近い。

西の森で魔物の群れに襲われ、森の奥で術者らしき男を捕らえ、詰め所で尋問を行った。

今日一日で起きたこととしては、あまりにも重い。

捕らえた男は、ガザルである可能性が高い。

灰狼の牙という盗賊団の頭目かもしれない男。

西の森の旧拠点に関わり、こちらに強い恨みを持っている男。

さらに、グレイヴ領の者と接触した可能性もある。

そして、黒い魔石片。

王都西南の森で見たものと似ている。

あれが同じ系統のものなら、王都ギルドには記録が残っているはずだ。

問題は、距離だった。

ハル領から王都までは、馬車なら五日。

早馬でも二日はかかる。

二日。

普段なら、そこまで長いとは思わない。

だが、今は違う。

ガザルの関係者が動くかもしれない。

黒い魔石片に関する記録照会が遅れるかもしれない。

グレイヴ領の者が関わっているなら、その間に証拠を消される可能性もある。

今の問題は、ただ情報を送ることではない。

速度だった。

早く王都ギルドへ知らせ、過去の記録と照合する。

早く、黒い魔石片と灰狼の牙をつなぐ情報があるか確かめる。

そこまで考えた時、俺は一つの魔法を思い出していた。

福嶋亮太の魔法理論書にあった、転移魔法だ。

父上の部屋に入ると、母上がそばにいた。

父上は寝台に上半身を起こしている。

顔色はまだよくない。

だが、俺を見る目はしっかりしていた。

「戻ったか、リオン」

「うん。ただいま、父上」

母上が心配そうに俺を見る。

「怪我はないの?」

「ないよ。大丈夫」

母上は小さく息を吐いた。

俺は父上の前に立ち、できるだけ短く報告した。

西の森で死骸魔物が出たこと。

胸に黒い魔石片が埋め込まれていたこと。

森の奥で術者らしき男を捕らえたこと。

その男が、以前の西の森の旧拠点に関わるガザルである可能性が高いこと。

黒い魔石片について、王都ギルドと急ぎ情報を共有したいこと。

グレイヴ領の名にも反応があったこと。

ただし、まだ証拠はないこと。

父上は黙って聞いていた。

途中で口を挟まなかった。

俺が話し終えると、少しだけ目を閉じる。

「分かったことと、まだ分からないことは分けているな」

「うん」

「ならいい」

父上は静かに言った。

「黒い魔石片があったこと。死骸魔物が動いていたこと。ガザルと思われる男を捕らえたこと。王都ギルドに照会すること。ここまでは進めていい」

「グレイヴ領の件は?」

「まだ言い切るな」

父上の声は弱い。

けれど、言葉ははっきりしていた。

「反応があった。接触の可能性がある。そこまでだ。侯爵本人の名を出すには、証拠が足りない」

「分かってるよ」

「分かっているならいい」

父上は少し息を整えた。

母上がすぐに水を差し出す。

父上は一口だけ飲んでから、俺を見る。

「王都ギルドへは、早馬を出すのか」

「それだと二日かかる」

「急ぎたいのだな」

「うん」

俺は少し迷った。

だが、ここで隠しても仕方がない。

「今日中に王都へ行けるかもしれない」

母上の表情が変わった。

「今日中に?」

父上も目を細める。

「どういうことだ」

「ある本にあった魔法を使う」

その瞬間、父上の顔にわずかな緊張が走った。

「ある本?」

「うん。王立図書館で見つけた本の中に転移魔法があったんだ。

目印を置いた場所同士を結ぶ魔法」

母上が不安そうに聞く。

「危険はないの?」

「完全にないとは言えない」

俺は正直に答えた。

「でも、学院で一度成功してる。夏休み前に、訓練所で試した。」

「一度成功しているだけで、使うのか」

父上の声には、責める響きはなかった。

ただ、確認するような言い方だった。

「学院長からは、自重するように言われてる」

「そんな魔法を使うのか」

「うん。俺も、気軽に使っていい魔法じゃないと思ってる」

転移魔法は便利すぎる。

距離の意味を変える。

情報の流れを変える。

人の移動も、領地間の力関係も、全部変えてしまう可能性がある。

学院長が自重しろと言った理由は分かる。

それでも。

「今回は、自重してる場合じゃない」

俺は言った。

「黒い魔石片とガザルのことを、できるだけ早く王都ギルドへ確認したい。

早馬の二日を待つより、俺が行った方が早い」

父上はしばらく俺を見ていた。

それから、静かに頷いた。

「おまえの考えるとおりにしてみろ」

「父上」

「学院長への報告は後でもいい。だが、隠すな」

「分かった」

母上はまだ心配そうだった。

「本当に大丈夫なのね」

「大丈夫って言い切るのは怖いけど、やる価値はある」

「リオン」

「無茶はしない。王都へ着いたら、ギルドに行って、必要な情報だけ確認する」

母上は小さく息を吐いた。

「戻ってくるのよ」

「うん。戻ってくる」

父上は最後に一言だけ言った。

「急げ。だが、焦るでないぞ」

「分かった」

その言葉を受けて、俺は部屋を出た。

俺は自室へ戻った。

感傷に浸る余裕はない。

まず、机の上を片づける。

床に置いていた荷物を端へ寄せる。

扉の位置。

窓の位置。

机の角度。

自分が確実に認識できる場所を確認する。

転移魔法で大事なのは、目印だ。

行き先をただ思い浮かべるだけでは危ない。

空間の入口と出口を固定する基準が必要になる。

王立学院の自室には、すでに目印がある。

学院で試した時に設置したものだ。

ならば、ハル領側にも同じような目印を設置すればいい。

ここが、戻ってくるための出口になる。

俺は部屋の隅を選んだ。

誰かに踏まれない。

それでいて、自分が一目で分かる場所。

小さく魔力を流しながら、床板の継ぎ目に沿って術式を刻む。

目立つ必要はない。

俺が認識できればいい。

薄く光が走った。

すぐに消える。

目印は、そこに固定された。

俺は息を整えた。

次に、持っていくものを選ぶ。

西の森襲撃の記録の写し。

黒い魔石片の形や状態を書いた記録。

核を砕くと死骸魔物が止まったという記録。

ガザルと思われる男の尋問記録。

王都ギルドへの照会文。

それから、黒い魔石片の小さな破片を一つだけ。

俺が準備を終える頃、扉が叩かれた。

「若様」

ノルの声だった。

「入って」

ノルが入ってくる。

その後ろにはミアもいた。

ミアは小さな包みを持っている。

「最低限の着替えと水をお持ちしました」

「ありがとう」

「本当に、お一人で行かれるのですか」

ノルが聞く。

「うん。転移魔法で他の人を連れていくのは、まだ試してない。

今回は俺一人の方が安全だと思う」

「王都に着いた後は」

「すぐ王都ギルドへ行く」

「ギルドから出る時も、できるだけ人目のある道を使ってください。

灰狼の牙の関係者が王都に残っている可能性もあります」

「分かった」

ノルは、まだ納得しきっていない顔だった。

でも、止めなかった。

止められる状況ではないと分かっているのだろう。

「こちらでは、ガザルと思われる男の監視と、西の森の警備を続けます」

「お願い」

ミアが不安そうに俺を見る。

「リオン様、お気をつけください」

「ありがとう。大丈夫」

そう言いながらも、胸の奥には緊張があった。

学院で一度成功している。

それは事実だ。

でも今回は、訓練所での試験とは違う。

ハル領と王都。

早馬で二日かかる距離を、一気に越える。

失敗すれば、ただでは済まない。

俺は目印の前に立った。

学院長の言葉が頭をよぎる。

福嶋亮太の魔法は、大きすぎる。

軽々しく使うな。

特に転移魔法は、人の移動だけでなく、情報と権力の流れまで変える。

その通りだと思う。

距離が消える。

時間が縮む。

それは、とんでもない力だ。

もしこの魔法が広く知られれば、王国の仕組みそのものが変わるかもしれない。

だが、今はその危険を理解したうえで使う。

早馬の片道二日を待つ間に、失われるものがあるかもしれない。

なら、今は飛ぶべきだ。

俺は目を閉じた。

思い浮かべるのは、王立学院の自室。

机。

本棚。

窓。

床の感触。

そして、あの部屋に設置してある転移の目印。

魔力を流す。

ハル領の自室に刻んだ目印が、淡く反応する。

次に、遠く離れた王立学院の目印を探る。

細い糸を手繰るような感覚。

空間の奥に、小さな光がある。

そこへ、こちらの目印を結ぶ。

入口を開く。

出口を固定する。

道を通す。

部屋の輪郭が揺れた。

音が遠のく。

ノルとミアの気配が、少しずつ薄くなる。

足元の感覚が消える。

次の瞬間、視界が白く弾けた。

目を開けると、そこは王立学院の自室だった。

静かだ。

夏休み中の学院は、人の気配が薄い。

見慣れた机。

本棚。

窓。

学院の空気。

床の目印が、淡い光を残して消えていく。

転移は成功した。

俺はゆっくり息を吐いた。

「……来た」

早馬で二日かかる距離を、一瞬で越えた。

その事実に、少しだけ背筋が冷えた。

便利だ。

便利すぎる。

学院長が自重しろと言った意味が、改めて分かる。

俺は荷物を持ち直した。

学院長には、あとで怒られるかもしれない。

福嶋亮太の魔法を使ったことも、きちんと報告しなければならない。

だが、今はそれより先に行くべき場所がある。

王都ギルド。

黒い魔石片と、灰狼の牙。

その二つをつなぐ記録が、そこにあるかもしれない。

俺は照会文を握りしめ、王立学院の自室を出た。