軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第220話 名乗らぬ術者

騎士団の詰め所は、領都の外れにある。

屋敷ほど広くはない。

だが、石造りの壁は厚く、内側には拘束した者を置くための部屋もある。

西の森で捕らえた男は、そこへ運ばれていた。

俺はノルとレナードと共に、詰め所へ向かった。

ミアは屋敷へ戻ってもらっている。

西の森での騒動は、父上にも伝えなければならない。

ただ、その前に、捕らえた男について少しでも確認しておきたかった。

あの男が何者なのか。

なぜ西の森を狙ったのか。

黒い魔石片を使って、どこまで何をしようとしていたのか。

それを知らないままでは、報告も対策も中途半端になる。

詰め所に着くと、騎士団の者がすぐに頭を下げた。

「男は?」

ノルが短く聞く。

「奥の部屋で拘束しております。手足を縛り、魔法を使わせないよう二名で監視しています」

「話したか」

「いえ。名前も名乗りません」

ノルは小さく頷いた。

「分かった」

俺たちは奥の部屋へ向かった。

扉の前には騎士が二人立っている。

中へ入ると、男は椅子に座らされていた。

両手は後ろで縛られている。

足元にも縄がかけられていた。

口元の布は外されていたが、すぐ横に騎士が控えている。

魔法を使う素振りを見せれば、すぐに押さえられる位置だ。

男はこちらを見ても、表情を変えなかった。

黒い外套は剥がされ、持ち物も取り上げられている。

それでも、目だけは変わらない。

西の森で見た時と同じだ。

そこには、ただ仕事で魔物を放っただけではない、湿った憎悪のようなものがあった。

ノルが男の前に立つ。

「名を名乗れ」

男は答えない。

「どこの者だ」

沈黙。

「西の森に放った死骸魔物は、おまえが動かしたものか」

男は薄く笑った。

「森に魔物が出ただけだろう」

「死骸の胸に黒い魔石片を埋めた魔物が、偶然動くとでも?」

「知らんな」

ノルの表情は変わらない。

だが、このまま真正面から聞いても、何も答えないだろう。

俺は一歩前へ出た。

「名前を黙るのは自由だよ」

男の目が、こちらへ向く。

「でも、黙っている理由までは隠せない」

俺は男を見た。

綻びの目を使う。

視界の奥に、薄く文字が浮かんだ。

《沈黙:意図的》

《敵意:強》

《反応:西の森》

《警戒:名》

《怒り:過去の失敗》

名前そのものが見えるわけではない。

依頼主が見えるわけでもない。

だが、何に反応しているかは分かる。

西の森。

過去の失敗。

そして、自分の名。

この男は、ただ雇われて来ただけではない。

西の森に、何かを残している。

「西の森に、前から関わりがあったんだね」

俺が言うと、男の目がわずかに細くなった。

本当に一瞬だった。

だが、反応はあった。

俺は続ける。

「以前、森の奥に拠点があった。隠していた資材。術式の準備。足場。俺たちが潰した場所だ」

男の顔はほとんど動かない。

だが、視界の文字が揺れた。

《怒り:上昇》

《反応:拠点》

《綻び:失った足場》

やはり、そこだ。

俺は、少しだけ言葉を変えた。

「資材も、隠れ場所も、術式の準備も失った。それが悔しかったんだろう」

男の口元が動いた。

「……奪ったのは、そちらだ」

初めて、まともに反応した。

ノルの目が鋭くなる。

レナードも背後で筆を止めた。

俺は男から視線を外さない。

「やっぱり。あの拠点の関係者だ」

男は黙る。

だが、もう遅い。

反応は見えた。

ノルがレナードへ視線を向けた。

「レナード。以前の西の森拠点の記録を」

「はい」

レナードは抱えていた書類束から、一枚を取り出した。

今回の尋問のために、急いで過去の記録を持ってきていたらしい。

「西の森の拠点制圧時の記録です。逃亡者がいます」

「名は?」

ノルが聞く。

レナードが記録を読む。

「ガザル。詳細不明。捕縛に至らず」

その瞬間、男の目が動いた。

本当にわずかな反応だった。

だが、綻びの目は見逃さなかった。

《動揺:強》

《怒り:強》

《警戒:名》

俺は男を見る。

「ガザル」

男は答えない。

「そう呼ばれていたんだね」

男の頬がわずかに動いた。

押し殺した怒りのような反応。

それだけで十分だった。

ノルが低く言う。

「この男がガザルである可能性は高いですな」

「うん」

俺は頷いた。

「本人が認めなくても、反応はしている」

ガザルと思われる男は、俺を睨んだ。

「妙な目をしているな、小僧」

「何の話だ?」

俺は短く返した。

名前は見えた。

だが、それだけでは足りない。

問題は、なぜ今、西の森を襲ったのかだ。

個人的な恨みだけで、あれだけの死骸魔物を用意したのか。

黒い魔石片を揃え、術式を刻み、第一陣と第二陣に分けて放つ。

それには時間も手間もかかる。

そして、おそらく金も必要だ。

俺は男の顔を見た。

「単独でやったの?」

男は答えない。

俺は綻びの目を向ける。

《沈黙:意図的》

《警戒:報酬》

《反応:依頼》

《隠蔽:背後関係》

やはり、反応がある。

名前までは見えない。

だが、依頼。

報酬。

そこに警戒している。

「一人でやるには、数が多すぎる」

俺はゆっくり言った。

「死骸を集める。黒い魔石片を用意する。術式を仕込む。

森に運び込む。第一陣と第二陣に分けて作業場を乱す」

男は黙っている。

「恨みだけなら、一体や二体でもよかった。でも、今回は違った。

作業場を止めるための数だった」

男の目が、ほんの少しだけ細くなる。

「西の森の開拓を止めたい者に、頼まれたんだね」

沈黙。

だが、綻びの目には反応が出る。

《反応:開拓停止》

《警戒:依頼主》

俺は内心で息を吐いた。

やはり、雇われている可能性が高い。

ただし、ここから先は慎重に進める必要がある。

答えを能力が教えてくれるわけではない。

相手の反応から、こちらが絞るしかない。

「王都の商人?」

俺は言った。

男は反応しない。

綻びの目にも、目立った揺れはない。

「西の森の素材を嫌がる冒険者組合の誰か?」

これも薄い。

「ハル領の中の不満分子?」

違う。

男は退屈そうに俺を見るだけだった。

俺は少しだけ間を置いた。

西の森の開拓が進んで困る者。

ハル領の発展を面白く思わない者。

表立って兵を動かせない者。

金で術者を使いたい者。

そして、最近ずっと気にしていた隣領。

俺は、あえて声を低くした。

「グレイヴ領の者か」

男の表情は、ほとんど動かなかった。

だが、本当に一瞬だけ、目の奥が固まった。

綻びの目が反応する。

《動揺:微》

《沈黙:強化》

《警戒:強》

当たりだ。

少なくとも、何らかの接点はある。

俺は表情を変えずに続けた。

「グレイヴ侯爵本人……ではないかもしれない。

家臣か、領内の誰かか。少なくとも、グレイヴ領の者と接触した」

男が初めて、少しだけ口元を歪めた。

「証拠もないくせに」

その一言で、部屋の空気が変わった。

ノルの目がさらに鋭くなる。

レナードの筆が止まる。

俺は、静かに男を見た。

今の言葉は、否定ではない。

「違う」ではなく、「証拠がない」。

それは、自分から踏み込んだに等しい。

だが、だからといって、これで断定はできない。

俺は自分に言い聞かせる。

反応は見た。

言葉も引き出した。

でも、証拠はまだない。

「そうだね」

俺は言った。

「今のところ、証拠はない」

男が目を細める。

「分かっているなら黙っていろ」

「でも、分かったことはある」

俺は指を一本立てた。

「あなたはガザルである可能性が高い」

男は黙る。

「西の森に以前から関わりがあり、俺たちが潰した拠点に恨みを持っている」

また沈黙。

「そして、今回の件は単なる私怨だけじゃない。

報酬か依頼か、少なくとも誰かとの接触がある」

俺は最後に言った。

「グレイヴ領の名に、反応した」

男は何も答えなかった。

だが、もう顔には余裕がなかった。

ノルが低く言う。

「若様。断定は危険です」

「分かってる」

俺は頷いた。

「今分かったのは、グレイヴ領の者と接触した可能性が高いというところまで。

グレイヴ侯爵本人が関わっているかどうかは、まだ分からない」

「それでよろしいかと」

「うん」

ここで焦れば、こちらが足をすくわれる。

証拠のない断定は危険だ。

特に、相手が貴族領に関わる可能性があるなら。

父上が聞けば、きっと同じことを言うだろう。

証拠と推測を分けろ、と。

レナードが、慎重に口を開いた。

「リオン様。尋問記録には、どこまで書きますか」

「事実だけ」

俺は即答した。

「捕らえた男が名を名乗らないこと。

西の森の旧拠点の記録にあるガザルという名に反応したこと。

西の森への恨みを示す発言をしたこと。依頼主については答えなかったこと」

「グレイヴ領については?」

「グレイヴ領の名を出した際に反応があった。それ以上は書かない」

レナードは頷いた。

「承知しました」

ノルも言う。

「この男の身元は、騎士団側でも確認します。

西の森の過去の記録も洗い直しましょう」

「お願い」

俺は、布に包まれた黒い魔石片の記録へ目を向けた。

「それと、黒い魔石片については、王都のギルドと情報を共有したい」

ノルが頷く。

「以前、王都西南の森で似たような魔石片が出たと仰ってましたな」

「うん。あの時も、普通の魔物とは違った。

今回の黒い魔石片が同じ系統なら、王都側にも記録が残っているはずだ」

レナードがすぐに筆を構える。

「王都ギルドへ、照会を出しますか」

「出す。ただし、黒い魔石片そのものを全部送るんじゃない。

まずは記録を送る。形、大きさ、色、魔物の胸に埋め込まれていたこと、核を砕くと動きが止まったこと」

「破片の一部は?」

「必要なら送る。でも、ハル領で起きた襲撃の証拠でもあるから、全部は出さない」

ノルが同意する。

「それがよろしいでしょう。現物は騎士団で厳重に保管し、照会用に一部だけ分ける形が妥当です」

「うん。王都のギルドには、以前の件との関連確認を頼む」

「承知しました」

レナードが記録に追記していく。

男は、それを黙って聞いていた。

黒い魔石片の話になった時、ほんのわずかに目が動いた。

それもまた、見逃せなかった。

だが、今は問い詰めない。

こいつの口から全てを引き出すより、記録と照合で外側から詰める方が確実だ。

俺は男へ視線を戻した。

「今日はここまでにする」

男は何も答えない。

「でも、これで終わりじゃない」

俺はそう言って、部屋を出た。

詰め所の外へ出ると、空は少し暗くなり始めていた。

西の森で見た黒い魔石片。

死骸魔物。

森の奥の術式跡。

そして、今の尋問。

一つ一つは、まだ完全な答えではない。

だが、線は見え始めている。

ガザル。

西の森の旧拠点。

個人的な恨み。

誰かからの依頼。

グレイヴ領という名への反応。

そして、王都西南の森で見つかった黒い魔石片とのつながり。

俺は拳を握った。

証拠はまだ足りない。

だが、何も見えていないわけではない。

ノルが隣に立つ。

「若様。旦那様への報告は、慎重に整理した方がよろしいでしょう」

「うん。分かってる」

「分かったことと、まだ分からないことを分けてお伝えください」

「そうする」

父上は病床にいる。

長く話すことはできない。

だが、この件は報告しなければならない。

黒い魔石片は、西の森を狙う悪意の形だった。

そして、その悪意は、思っていたより深い場所から伸びているのかもしれない。

俺は詰め所を振り返った。

名乗らぬ術者は、ようやく輪郭を見せ始めた。

だが、その背後にあるものは、まだ闇の中にある。