軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第212話 西の森側作業場

翌朝。

俺は西の森側作業場へ向かうことにした。

昨日、石切り場から戻ってから、父上と母上、ノルに出稼ぎの話を共有した。

グレイヴ領から来た者たちは、石切り場だけではない。

西の森開拓にも、領都の工房にも入っている。

それなら、石切り場だけを見て終わるわけにはいかない。

西の森側の現場も、今どうなっているのか確認しておく必要がある。

同行するのは、ノルとミアだった。

「リオン様、本当に私も同行してよろしいのですか?」

屋敷の馬車止めで、ミアが少し不安そうに聞いてきた。

「うん。作業員の休憩場所や食事の様子も見たいんだ。

俺やノルだけだと、そういうところを見落とすかもしれない」

「休憩場所、ですか」

「西の森には露天風呂もあるし、飲み物や食事を出す場所もできてる。

でも、人が増えたなら、それが今の規模に合ってるかは見ておきたい」

ミアは少し考え、それから静かに頷いた。

「承知しました。私の目で見て、気づいたことがあればお伝えします」

「頼む」

ノルが馬車の横で軽く頭を下げた。

「西の森側は、石切り場とはまた違う危険がございます。私も警戒して見てまいります」

「うん。お願い」

俺たちは馬車に乗り込み、西の森側作業場へ向かった。

西の森へ向かう道は、以前より少し整っていた。

荷車が通りやすいように、地面がならされている。

道の脇には、木材を一時的に置くための簡単な置き場もできていた。

少しずつだが、西の森の開拓は進んでいる。

それは確かだった。

ただ、進んでいるからこそ、胸の奥に引っかかるものがあった。

人が増える。

作業が増える。

道が伸びる。

それは良いことだ。

だが、森は森だ。

人が増えたからといって、危険が減るわけではない。

むしろ、危険を知らない人間が増えれば、事故は起きやすくなる。

馬車が作業場に近づくと、木を打つ音や人の声が聞こえてきた。

石切り場とは違う音だ。

木を切る音。

枝を払う音。

荷車に木材を積む音。

土をならす音。

そして、少し離れた場所からは、人の笑い声も聞こえた。

西の森側作業場は、以前よりもずっと大きくなっていた。

馬車を降りると、現場責任者が駆け寄ってきた。

「リオン様、ノル様。お越しになるとは聞いておりましたが、まさか朝からとは」

「急に悪い。少し現場を見たい」

「はい。ご案内いたします」

俺は作業場全体を見回した。

木材の一時置き場。

資材置き場。

荷車の待機場所。

作業員の仮休憩所。

簡易柵。

見張り台。

護衛の詰め所。

さらに少し離れた場所には、湯屋と食事処がある。

一年前に作った簡易露天風呂だ。

最初は、作業終わりに身体を温めるための小さな風呂だった。

だが、今は違う。

男性用だけでなく、女性用の露天風呂もできている。

周辺には、冷たい飲み物や簡単な食事を出す場所もある。

湯上がりの作業員や冒険者が休めるように、丸太の腰掛けや日よけも置かれていた。

前線拠点としては、かなり形になっている。

ただ、その分だけ人の動きも増えていた。

作業員が木材を運ぶ。

荷車が通る。

冒険者が森から戻ってくる。

湯屋へ向かう者が歩く。

食事処へ寄る者もいる。

人の流れが増えたことで、作業場全体が少し雑然としているようにも見えた。

「作業は進んでるみたいだね」

「はい。最近は人手も増えまして」

現場責任者は頷いた。

「木材の運び出しも、道づくりも、以前より速く進んでおります」

「グレイヴ領から来た人もいる?」

「おります。石切り場ほどではありませんが、増えております」

「働きぶりは?」

「悪くありません。力仕事には慣れている者もいます。ただ……」

現場責任者は少し言葉を切った。

「森には慣れていない者が多いです」

「だろうね」

俺は西の森の奥へ視線を向けた。

木々が重なる。

陽の光は差し込んでいるが、奥は暗い。

平地の作業場とは違う。

森の中では、少し場所が変わるだけで、危険の種類も変わる。

「ノル」

「はい」

「警戒線はどこ?」

ノルは周囲を見回した。

現場責任者が指差す。

「今は、あの杭のあたりまでを作業範囲としております」

俺はそちらを見る。

杭はある。

縄も張られている。

だが、石切り場の置き場ほどはっきりしていない。

木材の運搬で何度も人が出入りするためか、縄が少し緩んでいる場所もあった。

さらに西側の仮設柵は、一部が開いたままになっている。

俺は眉を寄せた。

その瞬間、視界に文字が浮かんだ。

《警戒線:不明瞭》

《未熟練者比率:上昇》

《作業動線:混在》

《森側監視:不足》

《綻び:西側仮設柵》

やっぱり、ここにも綻びがある。

石の流れでも、人の流れでもない。

今度は、安全の綻びだ。

ミアは俺たちとは少し違う場所を見ていた。

作業員の仮休憩所。

水桶。

荷車の通り道。

湯屋へ向かう道。

食事を取る場所。

怪我人を一時的に休ませる場所。

しばらくして、ミアが静かに俺のそばへ来た。

「リオン様」

「何か気づいた?」

「はい。湯屋の周辺は、以前よりずいぶん整っています」

ミアは湯屋の方を見る。

「飲み物や食事を出す場所もありますし、湯上がりの方が休む場所もあります。

そこはとても良いと思います」

「うん」

「ただ、作業場側の仮休憩所と、湯屋へ向かう道が少し近すぎます」

「近すぎる?」

「はい。湯屋へ向かう方と、木材を積んだ荷車の動きが重なっています。

今はまだ大きな問題にはなっていないようですが、人が増えれば危ないかと」

俺はミアの視線を追った。

たしかに、森から戻った作業員や冒険者が湯屋へ向かう道と、木材を積んだ荷車が通る場所が一部重なっている。

湯屋が人を集めている。

それ自体は良い。

でも、人が集まる場所と荷車の動線が近すぎると、事故につながる。

「水桶は?」

「作業場の外側に置かれているものがあります。

水を飲みに行くために、森側に近づいている方もいました」

「それはまずいね」

「それから、怪我をした方を一時的に寝かせる場所が、湯屋側にはあります。

ただ、作業場の近くにはほとんどありません」

ミアは言葉を選びながら続けた。

「湯屋は疲れを落とす場所として機能しています。

ですが、作業中に怪我をした方をすぐに運ぶには、少し離れているように見えます」

「なるほど」

これは俺だけでは見落としていた。

温泉があるから、休める場所はある。

だが、それは作業後に身体を休める場所だ。

作業中の事故や怪我に対応する場所とは別に考えないといけない。

ノルが感心したように頷く。

「確かに、我々は警戒線や森側ばかり見ておりましたな」

「危険は森だけじゃないってことだね」

俺は作業場全体を見た。

森側の安全。

作業員の休憩。

水。

怪我人の場所。

湯屋へ向かう人の流れ。

荷車の動線。

どれか一つでも崩れれば、現場は止まる。

その時だった。

西側の仮設柵の近くで、若い作業員が声を上げた。

「あっ」

束ねていた縄が、柵の外側へ落ちた。

若い作業員は、何も考えずに柵をまたごうとした。

「待て!」

護衛の一人がすぐに声を上げた。

作業員はびくりと止まる。

「そこから先は確認済みではない」

「す、すみません。すぐそこだったので……」

若い作業員は慌てて頭を下げた。

悪気はない。

本当に、すぐそこだと思ったのだろう。

だが、それが危ない。

森では、その「すぐそこ」が命取りになる。

俺はゆっくりと近づいた。

「名前は?」

「マルクです」

「グレイヴ領から?」

「はい」

マルクは緊張した顔で答えた。

俺は怒鳴らなかった。

怒鳴っても意味がない。

彼は勝手に危険を冒そうとしたのではない。

危険だと分かっていなかっただけだ。

「マルク。ここは畑や道じゃない。森の近くだ」

「はい」

「落としたものを拾うだけでも、確認されていない場所へ一人で出たら危ない。

魔物だけじゃない。穴もある。毒草もある。足を取られる場所もある」

マルクの顔が青くなった。

「すみません」

「責めてるんじゃない。知らなかったなら、覚えればいい」

俺は現場責任者を見る。

「新しく来た人たちに、作業前の説明はしてる?」

「道具の扱いと、作業場所の説明はしております。ただ、森側の危険については……」

「足りてないね」

「はい」

現場責任者は深く頭を下げた。

「申し訳ありません」

「謝るより、今日から変えよう」

俺はそう言った。

俺はノルと現場責任者、ミアを近くに集めた。

「まず、安全確認済みの範囲を杭と縄ではっきりさせる」

「はい」

「森側へ出る場所は、一か所に絞る。荷運びの都合で勝手に開けない」

ノルが頷く。

「出入口には護衛を置きましょう」

「お願い。それと、森側へ出入りする時は必ず記録する」

「承知しました」

「森に慣れていない人だけで奥へ入らせない。

新しく来た人は、作業前に必ず説明を受ける」

現場責任者が頷いた。

「説明内容を決めます」

「退避場所と合図も必ず教える。

何かあった時に、どこへ逃げるか分からないのが一番危ない」

「はい」

俺は少し声を強めた。

「グレイヴ領から来た人が悪いんじゃない。

森を知らない人を森の近くで働かせるなら、教える仕組みがいる」

その場にいた作業員たちが、静かにこちらを見ていた。

マルクも、真剣な顔で聞いている。

「速く作業することより、先に覚えることがある。どこまで行ってよくて、どこから先へ行ってはいけないかだ」

ノルが低く言った。

「森側の警戒線は、騎士団側で再確認いたします」

「うん。作業人数に合わせて護衛の配置も見直してほしい」

「承知しました」

次に、ミアが控えめに口を開いた。

「リオン様、動線と休憩場所についてもよろしいでしょうか」

「うん。お願い」

ミアは現場責任者へ向き直った。

「湯屋へ向かう道と、荷車の通り道を分けた方がよいと思います。

今のままですと、仕事を終えた方と荷車が同じ場所を通ってしまいます」

「確かに……」

「水桶は、作業場の内側に増やしてください。森側に近い場所で水を飲んでいる方がいました」

「すぐに移します」

「作業場の近くにも、怪我人を一時的に寝かせる場所が必要です。

湯屋側まで運ぶ前に、まず横にできる場所があった方がよいかと」

現場責任者は何度も頷いた。

「分かりました。すぐに配置を見直します」

「それと、湯屋の周りは良い場所になっています。

だからこそ、そこへ向かう人の流れも増えます。

作業場から湯屋へ行く道は、きちんと決めておいた方がよいと思います」

俺はミアを見た。

「助かった」

「いえ。あの湯屋があるから、皆様が一日を終えられるのだと思います。

なら、そこへ安全に向かえることも大切ですから」

ミアの言葉に、俺は頷いた。

人が動く場所には、必ず綻びが生まれる。

しばらくして、仮設柵の周辺に新しい杭が打たれ始めた。

護衛が出入口の位置を確認する。

作業員たちは、水桶を作業場の内側へ運んでいる。

荷車の通り道と、湯屋へ向かう歩き道を分けるために、縄が張り直されていく。

ミアは湯屋へ向かう道の位置を見ながら、使用人らしい細かな目で配置を確認していた。

ノルは森側を見ながら、護衛の立ち位置を変えている。

俺はもう一度、作業場全体を見た。

視界に文字が浮かぶ。

《警戒線:再設定中》

《未熟練者教育:必要》

《作業動線:分離中》

《森側監視:強化予定》

《綻び:縮小》

完全に消えたわけではない。

だが、危ない場所は見えた。

今なら、まだ直せる。

現場責任者が俺の隣へ来た。

「リオン様、申し訳ありませんでした。

人が増えたことに気を取られて、安全の方が追いついておりませんでした」

「責めてないよ。作業場はちゃんと進んでる。

でも、進んだからこそ、次の危険が出てきただけだ」

石切り場と同じだ。

前に作った仕組みが悪かったわけではない。

人が増え、仕事が増え、次の段階に来ている。

それだけだ。

「今日から変えればいい」

「はい」

現場責任者は深く頭を下げた。

帰る前に、俺たちは露天風呂のある一角へ寄ることにした。

湯気が上がっている。

まだ夕方というには早い時間だというのに、森から戻ってきた数人の作業員が、湯屋の近くで水を飲んでいた。

木こりらしい男たちは、湯上がりに冷たい飲み物を飲みながら笑っている。

少し離れた女性用の湯屋の方にも、人の出入りがあった。

一年前、最初は簡単な露天風呂を作っただけだった。

それが今では、ただの風呂ではなくなっている。

人が働き、疲れを落とし、食事を取り、また明日も森へ入る。

西の森の前線拠点は、そういう場所になり始めていた。

温泉が人を呼ぶ。

人が増えれば、開拓は進む。

だが、森に慣れていない者が増えれば、事故も増える。

ノルが隣へ来る。

「若様」

「うん」

「西の森は、まだすべてを把握できているわけではありません」

「分かってる」

「作業場が広がれば、それだけ森に触れる場所も増えます」

「うん」

人が集まれば、領は動く。

だが、その分だけ、守らなければならないものも増えていく。

俺は湯気の向こうに見える西の森を見つめながら、そのことを改めて感じていた。