軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第209話 純石候補の山

東の石切り場へ向かう馬車の中で、俺は帳簿に浮かんだ文字を思い返していた。

《収支:表面上正常》

《生産量:停滞》

《純石:管理粗雑》

《綻び:東の石切り場》

帳簿だけを見れば、青輝石は動いている。

ヴァレスト公爵領への輸出も続いている。

取引額も極端に落ちているわけではない。

それなのに、自領の街灯生産は伸びていない。

数字だけを見れば、どこかで流れが詰まっている。

そして、綻びの目はその場所を示していた。

東の石切り場。

以前、一度現場を見直した場所だ。

採掘班、一次選別班、最終選別と箱詰め班。

置き場も、公爵領向けの中級青輝石、街灯用青輝石、規格外、純石候補、廃棄・土木用に分けた。

さらに、人の出入りを把握するため、帳面や木札の仕組みも入れた。

だから、完全に崩れているとは思っていない。

ただ、あの時より仕事の量も種類も増えている。

前に作った形が、今の負荷に耐えきれているか。

それを確かめる必要があった。

向かいに座っていたノルが、静かに口を開いた。

「若様、石切り場の者たちはよく働いております」

「うん。それは分かってる」

「ただ、最近は出荷量も増えております。特に公爵領向けの荷は、以前よりかなり多くなっておりますな」

「その分、自領の街灯用が詰まってるかもしれない」

「はい」

ノルは短く頷いた。

馬車が揺れる。

窓の外には、石切り場へ向かう道が続いていた。

石切り場に着くと、乾いた音が耳に入ってきた。

槌の音。

荷車の車輪が軋む音。

石を箱へ入れる音。

人の声。

以前ここへ来た時のような怒鳴り合いは、少なくとも入口からは聞こえなかった。

馬車を降り、俺は石切り場全体を見回す。

まず、目に入ったのは杭と縄だった。

置き場は、まだ分けられている。

左側には公爵領向けの中級青輝石。

中央には街灯用青輝石。

右側には規格外。

奥には純石候補。

端には廃棄・土木用の石。

以前作った区分は、ちゃんと残っていた。

採掘班と選別班の流れも、大きくは崩れていない。

エドが荷車の動きを見ている。

カイルが作業員に声をかけながら、人の配置を調整している。

ロブは箱の中身を確認し、石の最終判断をしていた。

崩れているわけじゃない。

ここは、ちゃんと持ちこたえている。

そのことに、まず少しだけ安心した。

「リオン様!?」

エドがこちらに気づいて、慌てて駆け寄ってきた。

カイルとロブもすぐに顔を上げる。

「帰ってきてすぐですか」

「帳簿を見た。少し確認したいことがある」

俺がそう言うと、エドの表情が少し硬くなった。

「何か、まずいことがありましたか」

「現場が崩れているとは思ってない。まず見せて」

そう言うと、三人の表情が少しだけ緩んだ。

責められると思ったのだろう。

だが、ここまで見た限りでは、エドたちが手を抜いているわけではない。

むしろ、よく回している。

問題があるとすれば、別のところだ。

まず、青輝石の置き場を見た。

公爵領向けの中級青輝石は、きちんと箱詰めされている。

札もある。

箱ごとの記録も残っている。

ヴァレスト公爵領向けの出荷は、かなり安定しているようだった。

「公爵領向けは、混ざらなくなったみたいだね」

俺が言うと、ロブが頷いた。

「はい。前に置き場を分けてから、だいぶ減りました。中級青輝石と街灯用を混ぜることは、ほとんどありません」

「街灯用青輝石は?」

「こちらです」

ロブに案内され、中央の置き場を見る。

こちらも、以前よりは整っていた。

公爵領向けほどではないが、街灯用として分けられている。

問題は青輝石そのものではなさそうだ。

青輝石は採れている。

分けてもいる。

出荷もされている。

だが、帳簿では街灯の生産量が伸びていなかった。

ということは、詰まりは別の場所にある。

俺は奥の置き場へ目を向けた。

純石候補。

そこだけが、やけに大きな山になっていた。

「純石候補、かなり増えてるね」

俺が言うと、エドが少し気まずそうに頷いた。

「増えてます」

「いつから?」

「春の終わりくらいからです。採掘量が増えた分、候補として止める石も増えました」

俺は純石候補の置き場へ近づいた。

確かに、分けられてはいる。

以前のように、廃棄や土木用へ雑に混ざっているわけではない。

純石候補として、ちゃんと止められている。

だが、そのままだ。

山になっている。

街灯工房へ流れている気配が薄い。

俺は山の前に立ち、ゆっくりと視線を流した。

その瞬間、視界に文字が浮かぶ。

《純石候補:滞留》

《用途判断:未処理》

《工房納入:不足》

《綻び:純石候補置き場》

やっぱり、ここか。

俺は息を吐いた。

帳簿で見えた綻びと、現場で見えた綻びがつながった。

純石候補は、混ざらないように止められている。

だが、止めた後に、どれを工房へ送るかが決まっていない。

だから、工房へ必要な分が届かない。

街灯用青輝石だけが動いても、純石が一緒に動かなければ、街灯の生産は増えない。

「純石候補に分けた後、どれを工房に送るかは誰が決めてる?」

俺が聞くと、エド、カイル、ロブが一瞬顔を見合わせた。

答えたのはロブだった。

「一応、俺が見ています」

「一応?」

「はい。ただ、公爵領向けと街灯用青輝石の最終確認もあるので、純石候補までは毎日細かく見られていません」

カイルも続ける。

「純石候補は、とりあえず混ぜないようにはしています。でも、どれをどこへ送るかまでは決まっていません」

エドが悔しそうに唇を噛んだ。

「分けてはいたんです。でも、その先まで見てませんでした」

俺は首を振った。

「違う。前は、混ぜないことが大事だった。そこまではできてる」

三人が俺を見る。

「純石候補として止めてくれていたから、まだ間に合う。これが廃棄や土木用に流れていたら、もう戻せなかった」

エドの表情が少し変わった。

カイルも、ロブも黙っている。

俺は純石候補の山を見る。

「前に作った仕組みは間違ってなかった。でも、今は次の段階に来てる」

「次の段階、ですか」

ロブが聞いた。

「うん。前は、分けるところまででよかった。今は、分けた後に、どれを街灯用として工房へ送るかまで決めないといけない」

そこで、ようやく三人の顔に納得が浮かんだ。

現場が悪いわけではない。

仕事が増えた。

役割が増えた。

だから、仕組みも一段増やす必要がある。

それだけの話だ。

俺は純石候補の置き場の前にしゃがみ、いくつか石を手に取った。

大きさ。

硬さ。

反応の良さ。

まだ細かい分類は必要だが、街灯に回せるものはある。

少なくとも、全部を候補のまま山にしておく必要はない。

「今日から、純石候補の扱いを変える」

俺が言うと、三人が姿勢を正した。

「まず、純石候補の中から、街灯に使えるものを毎日選ぶ」

「毎日ですか」

ロブが少し目を見開く。

「毎日」

「はい」

「次に、街灯用青輝石と街灯用純石を同じ便で工房へ送る」

エドが少し考える。

「同じ便で?」

「青輝石だけ送っても、純石が足りなければ工房で止まる。逆も同じ。街灯に使う分は、青輝石と純石を組にして流す」

ノルが横で頷いた。

「石を組にして流す、ということですな」

「そう。片方だけ動いても意味がない」

カイルが腕を組む。

「そうなると、荷車の組み方も変えた方がいいですね」

「うん。街灯用の便には、青輝石の箱と純石の箱をセットで載せる。どちらかだけなら、出発前に止める」

「分かりました」

「それと、送った数を台帳に書く。青輝石何箱、純石何箱。工房へ送った日も残す」

ロブが頷く。

「判断できないものは?」

「純石候補置き場に残す。無理に流さなくていい。

ただし、廃棄・土木用へ回す前には必ず確認する」

「俺が見ます」

「ロブ一人に全部抱えさせると、また詰まる」

ロブが少しだけ言葉に詰まった。

自分で抱えるつもりだったのだろう。

だが、それでは同じことになる。

俺は周囲を見回した。

「ダンはいる?」

少し離れたところにいた男が、驚いたように振り返った。

以前、基準を知らずに箱を混ぜかけた出稼ぎの男だ。

今は作業服も馴染んでいて、以前より動きに迷いが少ない。

「はい、若様」

「こっちへ」

ダンは少し緊張した顔で近づいてきた。

「純石候補の箱を勝手に動かさないように見る役をやってほしい」

「俺が、ですか?」

「判断はロブがする。ダンには、箱と台帳を合わせてほしい。どの箱がいつ積まれて、どの箱が工房へ送られたかを見る」

ダンは目を瞬かせた。

「俺、石の見分けはまだそこまで……」

「だから判断はしなくていい。動かす前に確認する。送ったら台帳に印をつける。それをやってほしい」

ダンはしばらく考え、それから真面目に頷いた。

「分かりました」

「前に、分からなければ止めて聞くって話をしたよね」

「はい」

「今回も同じ。勝手に流すより、止めて確認する方がいい」

ダンは少しだけ表情を引き締めた。

「やります」

その返事を聞いて、俺は頷いた。

最初から完璧な人材なんていない。

でも、分からない時に止まれる人間は、現場ではかなり大事だ。

俺は改めて、エドたちの役割を確認した。

「エドは、全体の流れを見る。街灯用の便が青輝石だけで出ないように、荷車の流れも見る」

「はい」

「カイルは、人の配置を見る。純石候補の確認に人を割く分、他の場所が詰まらないようにして」

「分かりました」

「ロブは、石の最終判断。ただし、全部を一人で抱え込まない。純石候補については、ダンに箱と台帳を合わせてもらう」

「はい」

「ダンは、純石候補の箱を管理する。判断はしない。でも、動かした記録は残す」

「はい」

ノルが横で静かに聞いていた。

現場の人間たちも、少しずつこちらを見ている。

俺はその場にいる者たちへ声を向けた。

「今日から、純石候補はただの保留じゃない。

街灯を増やすための大事な石だ。勝手に廃棄や土木用へ回さないでほしい」

何人かが頷く。

まだ全員が意味を分かっているわけではない。

だが、最初はそれでいい。

今は、扱いを変えることが大事だ。

しばらく、その場で純石候補の箱をいくつか確認した。

ロブが判断し、ダンが台帳に印をつける。

街灯用に回せるものは、街灯用純石として別に置く。

判断に迷うものは、純石候補のまま残す。

廃棄・土木用へ回そうとしていた石も、一度止めて確認する。

最初は遅い。

当然だ。

新しい流れを入れたばかりなのだから、最初から速い方がおかしい。

だが、石の山が少しずつ意味を持ち始める。

ただ積まれていた純石候補が、街灯用、保留、廃棄確認待ちに分かれていく。

俺はもう一度、綻びの目を向けた。

《純石候補:滞留》

《用途判断:設定中》

《工房納入:改善見込み》

《綻び:縮小》

完全に消えたわけではない。

だが、方向は見えた。

これなら、工房へ流れる。

街灯用青輝石だけが先に届き、純石が足りずに止まることも減るはずだ。

日が少し傾き始めた頃、俺は石切り場の少し高い場所に立った。

下では、エドが荷車の順番を組み直している。

カイルは人員を動かし、純石候補の確認に二人ほど回していた。

ロブは純石候補を見分け、ダンが台帳に印をつけている。

前に作った仕組みは、ちゃんと残っていた。

ただ、その先が必要になっていた。

ノルが隣へ来る。

「壊れていたわけではありませんでしたな」

「うん」

俺は下の現場を見ながら頷いた。

「では、問題は次の段階ですか」

「そう。純石候補として分けるだけじゃ足りない。街灯に使えるものを選んで、青輝石と一緒に工房へ送るところまで決める必要がある」

ノルは低く頷いた。

俺は純石候補の山を見る。

あの山は、ただの停滞ではない。

使い道が決まらないまま止まっている、ハル領の未来の材料だった。

街灯用に使える純石を選び、青輝石と一緒に工房へ届ける。

それだけで、止まっていた街灯の生産はまた動き出す。

純石候補の山。

そこに、今のハル領の綻びが見えていた。