軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第206話 夏休みの帰省準備

一学期期末試験の結果発表から数日後。

学院は夏休みに入った。

寮の廊下には、朝から人の気配が多い。

帰省する生徒たちが、荷物をまとめているのだ。

大きな鞄を抱えている者。

使用人に荷物を運ばせている者。

家から迎えの馬車が来る者。

夏休み前の寮は、いつもより少し落ち着かない空気に包まれていた。

俺も今日、ハル領へ帰る。

久しぶりの帰省だ。

机の上には、持ち帰るつもりだった物が並んでいる。

教科書。

参考書。

自分でまとめたノート。

衣類。

小物。

ハル領で確認したい資料。

普通に運ぼうとすれば、それなりの荷物になる。

だが、今の俺の手元にある鞄は一つだけだった。

俺は机の引き出しから、薄いノートを取り出す。

福嶋亮太の本を読む中で自分なりに書き残したノートだ。

もっとも、亜空間収納も転移魔法も、魔法そのものはすでに覚えている。

何度か試してもいる。

問題は、それを今回の帰省でどう使うかだった。

俺は部屋の扉が閉まっていることを確認し、机の上の荷物に手をかざした。

まずは教科書。

次に参考書。

衣類。

研究用のメモ。

必要なものを順に亜空間へしまっていく。

目の前の荷物が、静かに消えていく。

何度か使っているとはいえ、やはり不思議な感覚だ。

別の収納領域に預けている。

頭では理解している。

だが、前世の感覚が残っている俺からすると、引っ越し業者が見たら泣きそうな魔法だった。

便利だ。

便利すぎる。

だからこそ、扱いには気をつけなければならない。

特に気を付けなければいけないのは、人前では使わないことだ。

学院長にも言われている。

福嶋亮太の魔法は、今の魔法体系とは少し違う。

不用意に人前で使えば、余計な騒ぎになる。

俺は最後に、福嶋亮太のメモだけを小さな鞄へ入れた。

これは、手元に置いておきたい。

それから部屋の隅へ目を向ける。

机の脚の内側。

そこには、小さな木札が固定されている。

転移魔法用の目印だ。

これも、すでに簡単な確認はしている。

だが、王都とハル領をつなぐような長距離運用は、まだ慎重に扱うべきだ。

俺は木札に軽く魔力を流し、目印が安定していることを確認した。

問題ない。

王都の寮へ戻る道は、もう馬車だけではない。

俺は部屋を見回した。

荷物はほとんど片づいている。

手元にあるのは、小さな鞄一つ。

普通の帰省にしては、明らかに少ない。

まあ、突っ込まれるだろうな。

そう思いながら、俺は寮を出た。

学院の馬車止めには、すでにいくつかの馬車が来ていた。

その中に、見慣れた家紋の入った馬車がある。

ハル家の馬車だ。

御者台には、ハル領から来た御者。

その近くには、領騎士団の護衛が二人立っている。

そして、馬車の脇に、ミアがいた。

俺に気づいた瞬間、ミアの表情がぱっと明るくなる。

「リオン様」

「ミア。迎えに来てくれたんだ」

「はい。今年は必ずお迎えにあがりたいと思っておりました」

ミアは丁寧に頭を下げた。

昨年は迎えに来られなかった。

そのことを、ミアは少し気にしていたのかもしれない。

久しぶりに見るミアの顔に、俺も少しほっとする。

冬以来だ。

学院で過ごしていると、日々の課題や試験に追われる。

こうしてハル領の人間と会うと、自分が帰る場所を思い出す。

ミアは俺の顔を見て、それから少しだけ目を丸くした。

「リオン様……また少し背が伸びましたか?」

「そうかな」

「はい。冬にお会いした時より、少し大人びて見えます」

「学院で鍛えられたからかもしれない」

「それは、きっと良いことですね」

ミアは嬉しそうに微笑んだ。

その顔を見ると、少し照れくさい。

俺自身は毎日自分を見ているから分かりにくいが、外から見ると変わっているのだろう。

ミアはすぐに気を取り直し、俺の荷物へ目を向けた。

「では、お荷物を馬車に積みますね」

「ああ。お願い」

俺は小さな鞄を差し出した。

ミアはそれを受け取る。

そして、動きが止まった。

「……リオン様」

「うん」

「お荷物は、これだけですか?」

「これだけだよ」

「夏休みの帰省ですよね?」

「そうだよ」

ミアは鞄と俺の顔を交互に見た。

当然の反応だった。

夏休みで帰省するのに、荷物が少なすぎる。

教科書や衣類、学院で使う物を持ち帰るなら、もっと荷物があるはずだ。

メイドであるミアが気づかないわけがない。

「少なすぎませんか?」

「まあ、普通はそう思うよね」

俺は周囲を見る。

護衛二人と御者は、少し離れた場所で待機している。

他の生徒や使用人もいる。

ここで不用意に見せるのはよくない。

「ミア、少しだけこっちへ」

「はい?」

「荷物のことで、見せたいものがある」

俺は馬車の陰へ移動した。

護衛たちには軽く手で合図する。

「少し荷物の確認をするだけだから、そこで待っていて」

「承知しました」

護衛の一人が頷いた。

ミアは不思議そうにしながらも、俺についてくる。

馬車の陰で、周囲から見えにくい場所に立つ。

俺は小さく息を整えた。

「驚かないでね」

「その言い方をされると、驚く準備をしてしまいます」

「それもそうか」

俺は少し笑い、右手を軽く前へ出した。

亜空間収納を開く。

そして、中から一冊の参考書を取り出した。

何もない空間から、参考書が現れる。

ミアの表情が固まった。

「……え?」

「こういうこと」

俺は今度は参考書を亜空間へ戻した。

参考書が空間に吸い込まれるように消える。

ミアはしばらく言葉を失っていた。

それから、ようやく小さく声を出す。

「リオン様……今のは……?」

「新しく覚えた魔法。荷物をしまっておける」

「荷物を、しまう……?」

「別の収納場所に預けているようなものかな。だから、荷物が少なく見えるだけで、必要な物はちゃんと持っている」

ミアは俺の手元を見つめたまま、瞬きをした。

驚くのも無理はない。

今の魔法体系では、普通に説明しづらい魔法だ。

「学院で、古い魔法理論に触れる機会があったんだ」

俺は言葉を選びながら説明する。

「ただ、学院長からも言われてる。

これは今の魔法体系とは違う部分があるから、あまり多くの人の前では使わない方がいいって。」

ミアの顔つきが変わった。

驚きから、真剣な表情になる。

「それほど珍しい魔法なのですね」

「うん。便利だけど、便利すぎる。見せ方を間違えると騒ぎになると思う」

「……確かに、荷物を自由に隠せるとなれば、商人も騎士団も貴族も放っておかないでしょう」

「そういうこと」

ミアはすぐに理解した。

さすがだ。

ただ驚くだけではなく、この魔法が持つ意味を考えている。

「だから、内緒だよ」

俺がそう言うと、ミアはすぐに背筋を伸ばした。

「もちろんです。誰にも申しません」

「ありがとう」

「ですが、リオン様」

「うん?」

「危ない魔法ではないのですか?」

その心配は当然だった。

俺は頷く。

「何度か試している。普通の荷物を出し入れするだけなら、今のところ問題はない。

ただ、生き物を入れたり、無理に大きな物を入れたりはしない」

「それなら、少し安心しました」

「少し?」

「完全には安心できません。リオン様は、ときどき平気な顔でとんでもないことをなさいますから」

「そんなに?」

「はい」

ミアは真面目な顔で言った。

俺は苦笑するしかなかった。

「気をつけるよ」

「お願いいたします」

ミアはそう言ってから、小さな鞄を改めて見た。

先ほどとは違う目だ。

鞄の中に荷物が少ないのではない。

荷物のほとんどが、別の場所にある。

そう理解したのだろう。

「では、この鞄だけ馬車へ積めばよろしいのですね」

「うん。必要な物はちゃんとあるから」

「承知しました」

ミアは深く頷いた。

その口調には、秘密を守る覚悟のようなものがあった。

馬車へ戻ると、護衛の一人がこちらを見た。

「お荷物の確認はお済みですか?」

「ああ。大丈夫」

ミアも自然な表情で鞄を馬車へ積む。

護衛も御者も、それ以上は何も聞かなかった。

ただ、鞄が一つだけなのはやはり珍しいのだろう。

御者が少しだけ不思議そうに見たが、ミアが落ち着いているので、そのまま準備を進めた。

ミアは秘密を守るのがうまい。

そういうところも、信頼できる。

俺は馬車に乗り込む。

ミアも中へ入り、向かい側に座った。

護衛二人は馬車の前後につく。

御者が手綱を握る。

馬車がゆっくりと動き出した。

学院の建物が、少しずつ遠ざかっていく。

窓の外には、夏の王都が広がっていた。

学院の一学期が終わった。

思い返せば、かなり濃い数か月だった。

今回の帰省では、やるべきことがいくつもある。

まずはハル領の状況確認。

それから、転移魔法の実験だ。

学院寮の自室には、すでに目印を置いてある。

次はハル領の自室にも目印を置き、王都とハル領の間で転移魔法を使えるか確認するつもりだ。

これで安全に行き来できるようになれば、王都と領地の移動は圧倒的に楽になる。

安定して使えるなら、領地運営は大きく変わる。

「リオン様」

ミアが静かに声をかけてきた。

「ん?」

「学院で、本当にいろいろなことを学ばれたのですね」

「うん。勉強だけじゃなくて、いろいろあった」

「少し、たくましくなられました」

「そう見える?」

「はい」

ミアは穏やかに微笑んだ。

その言葉が、少しだけ胸に残った。

俺は窓の外へ視線を戻す。

馬車は王都を離れ、ハル領へ向かって進んでいく。