作品タイトル不明
第203話 応用課題と実技試験
期末試験二日目。
午前は応用課題だった。
昨日の筆記試験とは、また違う重さがある。
筆記は、知識を使って判断する試験だった。
だが、応用課題はさらに厄介だ。
問題文を読んだ瞬間、俺はすぐに分かった。
一年の頃とは、段違いに難しい。
条件が多い。
関係者も多い。
最初から正解が一つに決まっている問題ではない。
何を優先するのか。
誰を動かすのか。
そして、失敗した場合に次に何をするのか。
そこまで考えなければならない。
ただ知っていることを書くだけでは足りない。
状況を整理し、判断の筋道を示す必要があった。
俺は問題文を何度か読み返した。
難しい。
だが、全く手が出ないわけではない。
三年Sクラスで何度も応用課題を解いてきた。
その一つ一つが、問題文の中の条件と少しずつつながっていく。
これまで学んだことを思い出しながら、俺は答案を書き進めた。
完璧かどうかは分からない。
◇
応用課題の時間が終わると、教室の空気が少しだけ緩んだ。
ヴィクトルが机に肘をつき、深く息を吐く。
「筆記より頭使った気がする」
「応用課題なのだから当然でしょう」
セレナが冷静に言った。
「正論が疲れた頭に刺さるね」
ヴィクトルは力なく笑う。
ガイルは答案を回収されるのを見ながら、短く言った。
「難しかった」
ナディアが隣で頷く。
「でも、昨日より言葉にできていたと思います」
「ならいい」
ガイルはそれ以上言わなかった。
だが、少なくとも手応えがなかったわけではなさそうだ。
エドガーは静かに資料を片づけながら言った。
「午後は実技だ。切り替えよう」
「早いな」
俺が言うと、エドガーは少しだけ目を細める。
「試験中だからね」
その通りだった。
午前の応用課題が終わっても、期末試験はまだ続く。
午後は実技試験。
三年Sクラスで上位に入るためには、ここでも結果を出さなければならない。
◇
昼休みを挟み、俺たちは訓練場へ向かった。
いつもの演習とは空気が違う。
訓練場には、試験用の区画がいくつか用意されていた。
木剣。
模擬用の防具。
魔法制御用の結界具。
そして、審判役の教師たち。
生徒たちは自然と口数が少なくなっていた。
ベルンハルト先生が前に立つ。
「午後は実技試験を行う」
先生の声が訓練場に響いた。
「今回は班演習ではない。生徒同士の一対一だ」
訓練場の空気が少し動く。
一対一。
班としての動きではなく、個人としてどこまで対応できるかを見られる。
「勝敗だけを見る試験ではない」
ベルンハルト先生は続けた。
「相手をどう見たか。崩れた時にどう立て直したか。自分の得意な形にどう持ち込んだか。そこを見る」
先生は一拍置いた。
「もちろん、勝てるなら勝て」
その一言で、何人かの表情が変わった。
評価は勝敗だけではない。
だが、勝つことに意味がないわけではない。
三年Sクラスらしい、嫌な緊張感だった。
◇
試合は順に行われた。
最初の数試合から、一年の頃とは明らかに違った。
動きが速い。
だが、それだけではない。
簡単に大振りしない。
相手の足元を見る。
魔法を撃つ時も、ただ当てるのではなく、相手の動く場所を削っている。
三年Sクラスの実技は、派手な一撃だけでは決まらない。
ガイルの番が来た。
相手は、体格のいい三年生だった。
開始の合図と同時に、二人がぶつかる。
重い音がした。
ガイルは押す。
だが、相手も簡単には崩れない。
力だけで受けるのではなく、半歩ずらして圧を逃がしている。
ガイルが一歩踏み込む。
相手は横へ流れる。
だが、ガイルはそれを追いすぎなかった。
正面から押し潰すのではなく、相手の逃げる先へ先に体を置く。
この二か月で、ガイルの前衛は変わっていた。
最後は、相手の足が止まった一瞬を逃さず、木剣の先を胸元へ届かせた。
「勝負あり」
ベルンハルト先生の声が響く。
ガイルは短く息を吐き、相手に軽く頭を下げた。
次にセレナの試合。
セレナは、最初から距離を支配していた。
魔法で相手を吹き飛ばすのではない。
進もうとする方向をずらす。
踏み込みたい場所を消す。
相手が攻めようとするたびに、ほんの少しだけ進路がずれる。
見ているだけなら地味だ。
だが、相手にとってはかなり嫌なはずだ。
最後は相手の体勢が崩れたところへ、セレナが静かに決定打を入れた。
ナディアの試合は、さらに静かだった。
大きく前に出ない。
相手の攻めを受け、流し、崩れたところだけを取る。
派手さはない。
けれど、危なげも少ない。
ナディアらしい試合だった。
ヴィクトルは苦戦していた。
真正面からの力勝負では分が悪い。
それでも、すぐには崩れない。
間合いを外し、立ち位置を変え、相手の踏み込みを少しずつずらす。
最後は押し込まれたが、ただ負けたわけではなかった。
ベルンハルト先生も、結果だけを見ているわけではなさそうだった。
エドガーは冷静だった。
相手の狙いを読んで、無理に受けず、少しずつ主導権を取る。
そして、相手が焦って大きく出た瞬間に、静かに勝負を決めた。
さすがだった。
◇
既存の三年生たちも、やはり強い。
ライオネルの試合は、見ていて分かりやすかった。
前へ出る。
ただ、それだけではない。
相手の逃げ道を先に潰している。
圧が強いのに、雑ではない。
相手は押されているようで、実際には逃げる場所を一つずつ消されていた。
最後は、ほとんど正面から押し切られる形になった。
だが、あれは力だけではない。
動かされて、追い込まれて、最後に受けるしかなくなったのだ。
リオンたちが頭角を現し始めた。
それは確かだ。
だが、上位陣はやはり違う。
追いついてきたと思っても、まだ先がある。
そのことを、試合を見るだけで思い知らされる。
クラウスは、まだ呼ばれていなかった。
訓練場の端で、静かに試合を見ている。
焦る様子はない。
勝った者にも、負けた者にも、同じように視線を向けている。
その落ち着きが、逆に目立っていた。
◇
何組目かの試合が終わった後、ベルンハルト先生が名簿に目を落とした。
そして、顔を上げる。
「次」
訓練場の空気が、少しだけ変わった。
「リオン・ハル」
俺は一歩前に出た。
「はい」
先生の視線が、もう一人へ向く。
「クラウス・レインフォード」
その名前が呼ばれた瞬間、周囲の視線が集まった。
クラウスが静かに立ち上がる。
俺は、静かに息を整え、木剣を手に取り、試験区画の中央へ向かった。
クラウスも向かい側に立つ。
「よろしくお願いします、クラウスさん」
俺が言うと、クラウスは静かに頷いた。
「こちらこそ、リオン」
短い言葉。
だが、そこに甘さはない。
ベルンハルト先生が俺たちを見た。
「構え」
俺は木剣を構える。
クラウスも剣を構えた。
その構えを見ただけで、分かる。
隙が少ない。
無理に攻めてくる感じはない。
だが、こちらが少しでも崩れれば、すぐに入ってくる。
訓練場が静かになる。
セレナたちの視線も感じる。
ライオネルもこちらを見ていた。
俺は息を細く吐いた。
ベルンハルト先生の声が落ちる。
「始め」
次の瞬間、クラウスが一歩踏み込んだ。
速い。
だが、それ以上に、無駄がない。
俺はその一歩だけで分かった。
クラウスは、今まで戦った学生とは違う。