作品タイトル不明
第202話 3年Sクラス一学期期末試験初日
期末試験初日の朝。
三年Sクラスの教室は、いつもより静かだった。
試験前特有の、浮つきと緊張が混ざった空気だ。
俺たち六人も、それぞれ席に着いていた。
セレナはいつも通り落ち着いている。
エドガーも静かに資料を閉じ、筆記用具を整えていた。
ナディアは最後に一度だけ要点を確認し、ゆっくり息を吐く。
ヴィクトルは眠そうな顔をしていたが、机の上の紙にはびっしりと要点が書き込まれている。
ガイルは無言だった。
ただ、参考書を閉じる時の目は、昨日より少しだけはっきりしていた。
「ガイルさん」
ナディアが小さく声をかける。
「実戦に置き換えれば大丈夫です」
ガイルは短く頷いた。
「分かっている」
その一言に、昨日までの勉強の跡が見えた気がした。
◇
教室の扉が開き、ベルンハルト先生が入ってきた。
その瞬間、教室の空気がさらに締まる。
先生は教卓に試験用紙の束を置き、教室全体を見回した。
「今日から一学期期末試験に入る」
低い声だった。
「初日は筆記だ。暗記だけでは点は取れんぞ」
誰も口を開かない。
「学んだ知識を使って判断しろ」
それだけ言うと、先生は試験用紙を配り始めた。
紙が机の上に置かれる音が、やけに大きく聞こえる。
俺は問題用紙を裏返したまま、開始の合図を待った。
心臓が速いわけではない。
だが、軽くもない。
三年Sクラスで頭角を現し始めた。
それは確かだ。
だが、試験は別だ。
ここで結果を出せなければ、五年への飛び級など口にできない。
「始め」
ベルンハルト先生の声が落ちた。
俺は問題用紙を表に返した。
◇
最初に全体を眺めた瞬間、思った。
難しい。
一年の頃の試験とは、明らかに違う。
単純に用語を書かせる問題は少ない。
制度。
魔法理論。
戦術論。
それらが一つの状況の中に混ぜ込まれている。
覚えているかどうかだけではなく、どの知識をどの場面で使うかまで問われている。
だが、全く解けないわけではない。
そこが、春休みの頃とは違っていた。
最初に三年の教科書を開いた時は、知らない言葉が多すぎた。
二年の内容を飛ばしている分、穴も多かった。
けれど、春休みに詰め込んだ。
三年Sクラスで応用課題を解いた。
訓練場で失敗した。
その一つ一つが、問題文の中の言葉と少しずつつながっていく。
俺はペンを持ち、最初の問題に取りかかった。
◇
制度の問題は、少し迷った。
領主、ギルド、騎士団。
どこが先に動き、どこで報告が必要になるのか。
文字だけで追うと、少しややこしい。
だが、森沿いの村を思い浮かべると、流れが見えた。
小型魔物が出た。
まず村と領主側が状況を確認する。
必要ならギルドへ依頼を出す。
被害が広がれば騎士団へ報告する。
昨日、ナディアがガイルに説明していた内容が頭に浮かんだ。
誰が一番強いかではない。
誰がどの段階で動くか。
そう考えると、問題文の見え方が変わる。
俺は答えを書き込んだ。
魔法理論の問題では、セレナとの勉強を思い出した。
魔法は、敵を倒すためだけのものではない。
味方の進路を作る。
相手の動きをずらす。
消耗を抑える。
そういう使い方もある。
戦術論では、ベルンハルト先生の演習が頭に浮かんだ。
敵を倒すことだけが目的ではない。
指定地点へ到達する。
守るべきものを守る。
時間内に戻る。
目的を見失えば、どれだけ戦えても評価は落ちる。
難しい。
だが、手は止まらない。
分からない問題もある。
言葉に詰まるところもある。
それでも、白紙で固まる感じではなかった。
◇
視界の端で、仲間たちの様子が少しだけ見えた。
セレナは落ち着いていた。
最初から最後まで、ほとんどペースが変わらない。
エドガーも淡々と問題を処理している。
何度か問題用紙全体を見直し、時間配分を調整しているようだった。
ナディアは、一問ごとに丁寧に読んでいる。
急いではいない。
だが、止まってもいない。
ヴィクトルは途中で少し顔をしかめた。
しかし、商人や物流に関わる問題に入ったのだろう。
急にペンの動きが速くなる。
分かりやすい。
そして、ガイル。
最初の数分は、やはり止まっていた。
だが、昨日とは違った。
問題文を睨んだまま固まるのではなく、一度目を閉じる。
それから、ゆっくりとペンを動かし始めた。
実戦に置き換えているのだろう。
言葉はまだ遅い。
たぶん、答え方も固い。
それでも書いている。
その姿を見て、少しだけ安心した。
もちろん、人の心配をしている余裕があるわけではない。
俺はすぐに自分の問題へ視線を戻した。
◇
時間は思ったより速く過ぎていった。
簡単な問題は少ない。
だが、全部が難問というわけでもない。
確実に取れるところを落とさない。
迷う問題は、問題文を状況に置き換える。
細かい用語で詰まったところは、前後の流れから筋を作る。
完璧ではない。
だが、戦えている。
そう感じた。
春休みに机に向かい続けた日々。
三年Sクラスで何度も食らいついた課題。
休日に森へ出て、現場を見た時間。
図書室で弱点を潰した夜。
それらが、今、答案の上に少しずつ形になっている。
ベルンハルト先生が言っていた。
知識を使って判断しろ。
今なら、その意味が少し分かる。
知識だけでは足りない。
感覚だけでも足りない。
覚えたものを、状況の中で使う。
三年Sクラスの筆記は、そういう試験だった。
◇
「そこまで」
ベルンハルト先生の声が響いた。
教室の空気が一気に緩む。
ペンを置く音。
息を吐く音。
椅子にもたれる音。
試験用紙が回収されていく。
俺もペンを置き、軽く指を開いた。
思った以上に力が入っていたらしい。
問題用紙が回収された後、ヴィクトルが机に突っ伏した。
「終わった……いや、まだ初日か」
「まだ初日ね」
セレナが冷静に言う。
「今それ言う?」
「事実でしょう」
「そうだけどさ」
ヴィクトルが顔を上げずに答えた。
ナディアはガイルの方を見る。
「ガイルさん、どうでしたか?」
ガイルは少し考えた。
「前より書けた」
「それなら良かったです」
「まだ遅い」
「それでも、白紙ではなかったのでしょう?」
「ああ」
ナディアは柔らかく微笑んだ。
ガイルはそれ以上何も言わなかったが、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
エドガーが静かに言う。
「筆記は終わった。次は応用課題だ」
「分かってるけど、少し休ませてくれ」
ヴィクトルがぼやく。
その言葉に、少しだけ笑いが起きた。
◇
教室を出る頃、三年Sクラスの生徒たちもそれぞれ表情が違っていた。
手応えがあった者。
難しかったと呟く者。
もう次の応用課題へ意識を向けている者。
クラウスはいつも通り落ち着いている。
ライオネルも、特に崩れた様子はない。
この人たちは、やはり簡単には揺れない。
◇
筆記試験は終わった。
一年の頃より、ずっと難しかった。
だが、全く歯が立たない試験ではなかった。
期末試験はまだ始まったばかりだ。
応用課題。
実戦演習。
三年Sクラスで上位に入るためには、ここからが本番だった。