軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第195話 六人それぞれの判断

三年Sクラス最初の実戦演習が終わった後、訓練場の空気は少し変わっていた。

教室に入った時の視線とは違う。

ただの年下を見る目ではない。

俺たちが動けることは、少なくとも伝わったのだと思う。

「あの飛び級組、初回であれだけやるのか」

「クラウス班とは差があるけど、普通に速かったな」

「冒険者として森に出てるって話、本当だったんだな」

そんな声が、少し離れた場所から聞こえてくる。

完全に認められたわけではない。

だが、ただ珍しいものを見るような目ではなくなっていた。

それだけでも、最初の一歩としては悪くない。

ただ、俺の中には、ベルンハルト先生の言葉が残っていた。

判断の中心が、俺に寄りすぎている。

六人それぞれが判断できる班になれ。

重い言葉だった。

昼休み。

俺たちは食堂の一角に集まっていた。

いつもの六人。

ただ、さっきの演習の後だからか、全員が少し考え込んでいる。

最初に口を開いたのはヴィクトルだった。

「いやー、褒められたのか刺されたのか分からない授業だったな」

「両方だろ」

俺が言うと、ヴィクトルは肩をすくめた。

「だよな。初回としては十分。でも班としては粗い。なんか喜びづらい評価だよ」

「でも、正しい評価だと思うわ」

セレナが静かに言った。

「通用はした。でも、クラウス先輩たちには届いていない」

「速かったな」

ガイルが短く言う。

いつもより少し声が低い。

クラウス班の動きは、ガイルにもかなり響いたのだろう。

「速いだけではありませんでした」

ナディアが続ける。

「誰かが迷う前に、もう別の誰かが動いていました。指示が少ないのに、全体が止まらなかった」

エドガーが頷く。

「ベルンハルト先生の指摘が、ほとんど答えだと思う」

俺は水を一口飲んでから、口を開いた。

「俺が見てから動く形に寄りすぎてた」

全員の視線がこちらに向く。

「森では、それで回ってた。俺が判断する。皆が動く。

それで間に合う場面が多かった」

「実際、それで助かったことも多いわ」

セレナが言った。

「あなたの判断が速いから、私たちもつい待ってしまうのよ」

責めている口調ではなかった。

だからこそ、余計に納得できた。

俺の判断が遅いわけではない。

むしろ、それが強みだった。

でも、その強みに班全体が寄りすぎていた。

「今日みたいに同時に左右から来られると、俺が片方を見た瞬間、もう片方が遅れる」

「なら、判断を分けるべきだ」

エドガーがすぐに言った。

「リオンが全部を見る必要はない。

むしろ、全部を見ようとすると遅れる」

「だな」

俺は頷いた。

言われてみれば、当たり前のことだった。

だが、実際に演習で詰まるまで、自分では分かったつもりで分かっていなかった。

「俺は前と異常察知に集中した方がいいかもしれない」

「なら、後方と時間は僕が見る」

エドガーが言う。

「目的までの残り時間、負傷者役の位置、後ろから来る妨害。

そのあたりは僕が管理する」

「助かる」

「その方が、リオンも前を見やすいだろう」

エドガーは淡々としている。

だが、こういう時の判断は本当に速い。

セレナは少し考えてから言った。

「私は敵を倒すより、味方が動ける場所を作る方に意識を置くわ」

「進路制御か」

「ええ。今までもやっていたけれど、もっとはっきり役割として意識する。前に出る人、守る人、運ぶ人が動きやすい場所を作る」

セレナは騎士団長との実技試験の後から、魔法の使い方を少し変え始めていた。

相手を止めるだけではない。

自分たちの位置を変えるために使う。

今回の演習では、その考え方がかなり合っている。

ガイルは腕を組んだまま短く言った。

「俺は道を作る」

それだけだった。

ガイルが前に出てくれるから、俺たちは進める。

ただし、これからは突っ込むだけではない。

ナディアは丁寧に言った。

「私は保護対象と後方を見ます。崩れそうなところがあれば、先に動きます」

「ナディアがそこを見てくれるとかなり助かる」

俺が言うと、ナディアは少しだけ表情を緩めた。

「まだ森でも演習でも慣れていないことは多いですが、周囲を見ることならできると思います」

「十分だと思うわ」

セレナが言った。

最後に、ヴィクトルが自分を指差す。

「じゃあ俺は?」

「地形と道具」

俺が言うと、ヴィクトルは少し嫌そうな顔をした。

「やっぱりそうなるよな」

「今日、倒木の横を使う判断はかなり良かった」

「あれはたまたま見えただけだよ」

「たまたま見えるのが強いんだろ」

ヴィクトルは少しだけ黙った後、苦笑した。

「じゃあ、俺は面倒な隙間仕事担当ってことか」

「かなり重要だぞ」

「分かってるよ」

その言い方に、少しだけ空気が軽くなった。

ただの反省会ではない。

少しずつ、次に何を変えるべきかが見えてきていた。

その時、近くに影が落ちた。

顔を上げると、クラウス先輩が立っていた。

「邪魔なら後にする」

クラウス先輩は淡々と言った。

俺はすぐに首を振る。

「いえ、大丈夫です」

「反省会か」

「はい。さっきの演習について話していました」

ヴィクトルが軽く手を上げる。

「痛いところを刺されたので」

クラウス先輩の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。

「ベルンハルト先生は、痛いところしか刺さない」

その言い方に、三年Sクラスの二年間が少し見えた気がした。

クラウス先輩は空いている席の横に立ったまま、俺たちを見た。

「ハルに判断が寄るのは、悪いことではない」

意外な言葉だった。

「そうなんですか?」

「ああ。判断の中心がある班は崩れにくい。

誰を見るべきかがはっきりしているからな」

クラウス先輩はそこで、少しだけ間を置いた。

「問題は、中心が一つしかないことだ」

その言葉は、さっき俺たちが話していたことと重なった。

「前を見る者。後ろを見る者。目的を見る者。最低でも三つの目が必要になる」

「三つの目……」

俺は思わず呟いた。

前を見る目。

後ろを見る目。

目的を見る目。

それは、綻びの目とは別の話だった。

班としての目だ。

「クラウス先輩たちも、最初からあんなふうに動けたんですか?」

俺が聞くと、クラウス先輩はすぐに首を振った。

「まさか。二年かかった」

短い答えだった。

だが、それだけで十分だった。

クラウス班の動きは、最初から完成していたわけではない。

二年間、何度も崩れて、直して、積み上げてきたものなのだ。

「俺も最初は、自分で全部見ようとして遅れた」

クラウス先輩は続けた。

「前に強い者ほど、そうなりやすい。自分が見れば何とかなると思ってしまう」

その言葉は、妙に刺さった。

俺は綻びの目がある。

だから、見える。

見えるから、判断できる。

判断できるから、周囲を動かそうとする。

でも、それだけでは届かない相手がいる。

「ただ、君たちは伸びるのが早そうだ」

セレナが少しだけ目を細めた。

「そう見えますか?」

「初回であれだけ動ける班は多くない。

特に、魔物相手の経験があるのは大きい」

クラウス先輩は俺たちを順に見る。

「だが、経験があるからこそ、今の形に寄っている。

そこを変えられるかどうかだ」

静かな声だった。

厳しいが、嫌味ではない。

壁の向こう側から、こちらを見ている人間の言葉だった。

ガイルが言う。

「次は遅れない」

クラウス先輩はガイルを見る。

「君の前への圧はかなり強い。だからこそ、周りがどこを通るかを意識すると、もっと厄介になる」

ガイルは少しだけ黙り、頷いた。

「分かった」

ナディアも静かに言った。

「私も、後ろを見るだけでなく、先に動けるようにします」

「それができる支援役は強い」

クラウス先輩はそう言った。

ナディアは少しだけ驚いたように見えたが、すぐに丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございます」

ヴィクトルが苦笑する。

「俺の面倒な隙間仕事は?」

「一番面倒だな」

クラウス先輩は即答した。

ヴィクトルが顔をしかめる。

「ですよね」

「だが、そういう役がいない班は詰まる」

その言葉に、ヴィクトルは少しだけ目を上げた。

「……なら、やるしかないか」

エドガーが静かに言った。

「クラウス先輩の班では、目的を見る役は誰が担っているのですか」

「俺と、もう一人だ。前を見る者だけでは目的を見失う。目的を見る者だけでは前が崩れる。だから二つに分けている」

「参考になります」

エドガーは短く頭を下げた。

クラウス先輩は頷き、最後に俺へ視線を戻した。

「次の演習では、俺たちの班と同じ条件で比べられるといいな」

挑発ではない。

ただ、基準を示している。

俺はまっすぐ答えた。

「その時は、今日より良い動きをします」

「期待している」

クラウス先輩はそれだけ言って、席へ戻っていった。

少しの間、誰も話さなかった。

最初に息を吐いたのはヴィクトルだった。

「いい先輩なんだろうけど、言ってることが重いな」

「でも、かなり参考になったわ」

セレナが言う。

「前を見る目、後ろを見る目、目的を見る目」

エドガーが静かに繰り返す。

「使える考え方だ」

俺も頷いた。

今まで、俺は見えるものを追ってきた。

綻びが見える。

だから、俺が判断する。

それは間違いではなかった。

でも、五年へ飛ぶつもりなら、それだけでは足りない。

俺だけが見る班ではなく、六人それぞれが判断する班へ。

「次の演習までに、少し動き方を変えよう」

俺が言うと、全員が頷いた。