作品タイトル不明
第196話 認めない者
三年Sクラスでの授業が始まって、少しずつ教室の空気も変わり始めていた。
最初に教室へ入った時ほど、刺さるような視線はない。
それでも、完全に馴染んだわけではない。
授業の合間、教室の空気を見ながら、俺はそう感じていた。
◇
休み時間。
次の授業の準備をしていると、一人の男子生徒がこちらへ歩いてきた。
背が高く、体つきもしっかりしている。
クラウス先輩のような静かな圧とは少し違う。
もっと真っ直ぐで、硬い雰囲気の人だった。
彼は俺たち六人の前で足を止める。
「ライオネル・グランツだ。少し話していいか」
声も硬い。
だが、敵意があるわけではなかった。
「はい」
俺が答えると、ライオネルは一度だけ頷いた。
「昨日の演習は見事だった。初回であれだけ動ける班は多くない」
まず出てきたのは、意外にも評価の言葉だった。
ヴィクトルが少しだけ目を動かす。
セレナも静かに聞いている。
ライオネルは続けた。
「君たちが優秀なのは分かった。実戦経験があることも、演習を見れば分かる」
そこで、声が少し低くなる。
「だが、俺はまだ、君たちを三年Sクラスの仲間として完全に認めたわけではない」
教室の空気が少しだけ固まった。
近くにいた三年生たちも、こちらを見る。
ヴィクトルが何か言いかける。
俺はそれを目で止めた。
「理由を聞かせてもらえますか」
ライオネル先輩は逃げなかった。
「俺たちは一年の頃から、ベルンハルト先生にしごかれてきた。
何度も失敗して、ようやく今の形になった」
その言葉には、怒りよりも重さがあった。
「君たちが飛び級でここへ来たことを否定するつもりはない。
実戦演習での動きも本物だった。だが、一度動けたからといって、同じ積み上げをしてきたとは思えない」
言っていることは、分かる。
彼らには彼らの二年間がある。
それを軽く扱われたくない。
ライオネルが言いたいのは、そういうことなのだろう。
「そう思われるのは当然だと思います」
俺は答えた。
「俺たちは、ここで二年間積み上げてきたわけではありません。
だから、言葉で認めてもらうつもりはありません」
ライオネルの目をまっすぐ見る。
「結果で示します」
少しだけ沈黙が落ちた。
セレナが続ける。
「私たちも、簡単に受け入れられるとは思っていません」
エドガーも静かに言った。
「同じ教室に入ったことと、信頼されることは別だと理解しています」
ナディアは丁寧に頭を下げる。
「私たちも学ばせていただく立場です。ですが、班として必要とされるよう努めます」
ガイルは短く言った。
「見ていればいい」
言葉は少ない。
だが、ガイルらしい。
ヴィクトルは少し肩をすくめる。
「まあ、こっちも口だけでどうにかなるとは思ってないですしね」
ライオネルは、俺たちを順に見た。
そして、少しだけ目を細める。
「なら、見せてくれ」
それだけだった。
認めたわけではない。
だが、少なくとも、こちらの言葉を聞く気はあるようだ。
◇
「グランツの言っていることは厳しいが、間違ってはいない」
声がして振り返ると、クラウスが近くに立っていた。
どうやら、今のやり取りを聞いていたらしい。
ライオネルはクラウスを見る。
「クラウス」
「止めるつもりはない。今のは必要な話だ」
クラウスはそう言ってから、俺たちを見る。
「ただ、昨日の演習で君たちが見せたものも本物だ」
その言葉で、少しだけ空気が和らいだ。
クラウスは続ける。
「だからこそ、次は同じ課題を越えた時にどう動くかだ。
実力を見せることと、信頼されることは同じではない」
リオンたちを認める。
だが、既存三年生側の思いも否定しない。
この人が三年Sクラスの中心にいる理由が、少し分かった気がした。
ライオネルも、それ以上は何も言わなかった。
◇
その時、教室の扉が開いた。
ベルンハルト先生が入ってくる。
教室の空気を一目見ただけで、何があったのか大体分かったのだろう。
だが、先生はすぐには何も言わなかった。
教壇に立ち、全員を見回す。
「三年Sクラスは、点数だけで成り立つ場所ではない」
低い声だった。
教室が静まる。
「同じ課題を越え、同じ失敗を背負い、互いの判断を預けられるようになって、初めて班になる」
その言葉は、俺たちに向けられているようでもあり、既存の三年生たちに向けられているようでもあった。
「飛び級組が優秀なのは、昨日見た。
だが、優秀であることと、班の一員として信頼されることは別だ」
ベルンハルト先生は、そこで一拍置いた。
「次回の演習では、班を組み替える」
教室の空気が動いた。
既存三年生たちの間にも、小さなざわめきが走る。
「既存生徒と飛び級組を混ぜる。互いを知れ」
ヴィクトルが小さく呟いた。
「うわ、いきなり来たな」
俺も同じことを思った。
今まで俺たちは六人で一班だった。
でも、次は違う。
三年Sクラスの既存生徒たちと混ざる。
実力を見せるだけでは足りない。
同じ班で動き、判断を合わせる必要がある。
ベルンハルト先生は淡々と続けた。
「組み合わせは改めて伝える。今日はここまでだ」
それだけ言うと、先生は次の授業の準備に入った。
◇
授業が終わった後も、教室には少し緊張が残っていた。
俺は荷物をまとめながら、ライオネルの方を見る。
彼もこちらを見ていた。
敵意ではない。
だが、まだ認めていない目だった。
認めるかどうかは、次で決まる。
そんな目だった。
ライオネル・グランツの言葉は、決して気持ちのいいものではなかった。
でも、間違っているとも思わなかった。
俺たちは飛び級でここに来た。
けれど、三年Sクラスの仲間として信頼されるには、まだ何も積み上げていない。
なら、積み上げるしかない。
言葉ではなく、行動で。