作品タイトル不明
第193話 三年Sクラス
春休みが終わり、今日から俺たちは三年生として学院に通うことになる。
寮を出て校舎の廊下を歩いていると、新学年らしい少し浮ついた声がある。
廊下の途中で、セレナたちと合流した。
セレナはいつも通り背筋を伸ばしている。
エドガーは静かに周囲を見ていた。
ナディアは少し緊張しているようだが、表情は落ち着いている。
ガイルは前を見ている。
ヴィクトルは少しだけ肩をすくめた。
「本当に三年生になっちゃったな」
「今さら戻れないだろ」
俺が言うと、ヴィクトルは苦笑する。
「戻りたいとは言ってないよ。ただ、気持ちが追いついてないだけ」
「それは少し分かるわ」
セレナが言った。
彼女がそう言うのは珍しい。
つまり、セレナも平気なわけではないのだろう。
エドガーが短く言う。
「行こう」
俺たちは三年Sクラスの教室へ向かった。
◇
三年Sクラスの教室の前に立つ。
一年Sクラスの教室とは、なんとなく空気が違う様に感じられた。
扉の向こうから聞こえる声は、思ったより静かだ。
入学したばかりの一年生のような騒がしさはない。
俺は一度だけ息を整えた。
そして、教室に入る。
その瞬間、視線が集まった。
教室にいた三年生たちが、ほぼ一斉にこちらを見る。
騒ぎはしない。
だが、その静けさが逆に重い。
俺たちより一年上の生徒たち。
たった一年。
そう思うかもしれないが、この年頃の一年は大きい。
背も、体つきも、顔つきも、一年生の時とは違う。
中学三年生の教室に、中学二年生が数人だけ混ざったような違和感があった。
もっとも、前世で四十五年生きていた俺からすれば、
目の前の三年生たちも十分子どもに見える。
だが、そんなことを考えたところで、今の俺はリオン・ハルだ。
この世界では、同じ学院に通う年下の飛び級生でしかない。
そして、この教室にいる三年生たちの視線は、明らかに俺たちを品定めしていた。
「あれが飛び級組か」
「アルスレイン殿下もいるのか」
「ヴァレスト公爵家に、ベイルン家の嫡男もいるな」
「ハル家のリオンって、あいつか」
小さな声が流れる。
露骨な敵意ではない。
だが、歓迎とも違う。
一年Sクラスでは、俺たちはいつの間にか中心にいた。
でも、ここでは違う。
俺たちは、後から入ってきた年下の六人だった。
◇
俺たちが空いている席の近くに立ったところで、教室の扉が開いた。
入ってきたのは、体格のいい男性教師だった。
年齢は四十前後だろうか。
背筋がまっすぐで、歩き方に無駄がない。
教師というより、訓練場で部隊を率いていた人間に見える。
「席につけ」
低い声だった。
大声ではない。
だが、その一言で教室が静まった。
三年生たちは慣れた様子で席につく。
この先生が、このクラスを長く見てきたのだと分かった。
男性教師は教壇に立ち、俺たち六人を見た。
「今日から、この六人が三年Sクラスに加わる」
教室の空気が少しだけ動く。
「私はベルンハルト・レイグ。このクラスの担任だ」
ベルンハルト先生。
元騎士団の人間だと聞いていた。
騎士団での出世より、教師になる道を選んだらしい。
この三年Sクラスの生徒たちは、一年の頃から彼に見られてきたという。
ベルンハルト先生は、俺たちを見ながら続けた。
「飛び級で来たからといって、特別扱いはしない」
声は淡々としている。
「逆に、年下だからといって見下すことも許さん」
教室の視線が少し変わる。
「この教室では、結果と姿勢で判断する」
その言葉は、俺たちだけでなく、元からいる三年生たちにも向けられていた。
厳しい。
でも、公平だ。
俺はそう感じた。
「では、六人。名乗れ。長い挨拶はいらん」
ベルンハルト先生に促され、最初に俺が立った。
「リオン・ハルです。よろしくお願いします」
教室の一部がわずかに反応した。
俺に関する情報は、すでに広まっているのだろうか。
続いてセレナが立つ。
「セレナ・ヴァレストです。三年生として学ばせていただきます。よろしくお願いいたします」
ヴァレスト公爵家の名前で、空気が少し締まる。
次にエドガー。
「エドガー・アルスレインです。よろしくお願いします」
王家の名が出ても、教室は騒がなかった。
ただ、視線の質が変わる。
さすが三年Sクラスというべきか、露骨に動揺する生徒はいない。
ガイルが立つ。
「ガイル・ベイルンだ。よろしく頼む」
その体格と家名に、実技系の生徒らしき何人かが反応した。
ナディアが続く。
「ナディア・セルヴァンです。よろしくお願いいたします」
静かで丁寧な挨拶だった。
ナディアは隣国セルヴァン王国の王女だ。
三年生たちの中でも緊張が走っている。
最後にヴィクトルが立つ。
「ヴィクトル・ローデンです。よろしくお願いします」
いつもの軽さは少し抑えていた。
初日から妙に浮くつもりはないらしい。
全員が名乗り終えると、教室の前方にいた男子生徒がこちらを見た。
背が高く、落ち着いた雰囲気の生徒だ。
彼はゆっくりと立ち上がった。
「クラウス・レインフォードだ」
教室の生徒たちの反応を見る限り、彼はこのクラスの中心に近い人物なのだろう。
クラウスは俺たちを見て言った。
「話は聞いている。飛び級で来た六人だろう」
声に嫌味はない。
ただ、甘さもない。
「三年の授業は、一年Sクラスの延長ではない。ついてこられるかは、これから分かる」
教室の空気が少し硬くなる。
敵意ではない。
だが、簡単に認めるつもりもない。
それが、この教室の最初の答えなのだと思った。
「レインフォード。挨拶はそれくらいでいい」
ベルンハルト先生が言う。
クラウスは素直に頷き、席に戻った。
そのやり取りだけで、彼がこの教室でどういう立場なのか少し分かった気がした。
◇
ベルンハルト先生は、改めて教室全体を見回した。
「今日から君たちは三年Sクラスの生徒だ」
今度は俺たち六人を含めた言葉だった。
先生の視線が俺たちに向く。
「授業も課題も、二年までの内容を理解している前提で進める。分からなければ、自分で埋めろ」
言い方は厳しい。
だが、春休みにその準備をしてきたからこそ、俺はまっすぐ受け止められた。
「ただし、聞くなとは言わん。分からないことを隠すな。遅れを放置するな。
このクラスで一番困るのは、できないことではなく、できないことをごまかすことだ」
その言葉に、少しだけ意外さを覚えた。
厳しいだけの教師ではない。
現場で人を見てきた人間の言葉だ。
「以上だ」
ベルンハルト先生は教卓に手を置いた。
「ついてこい」
短い一言。
それで教室の空気が決まった。
◇
俺は席に着きながら、教室を見回した。
三年Sクラス。
俺たちは飛び級してここに来た。
だが、それはこの教室に受け入れられたという意味ではない。
年上の生徒たちの視線。
新しい担任の言葉。
これから始まる三年の授業。
どういう一年になるのか、少し楽しみでもあった。