作品タイトル不明
第191話 ギルドへの報告
森を出た後、俺たちは王都へ戻る乗合馬車に乗った。
行きと違って、車内での会話は少なかった。
小型魔物の討伐は終わった。
ナディアの初めての冒険者活動も、十分すぎるほど落ち着いていた。
だが、依頼書にない中型魔物。
しかも、すでに死んでいるはずの魔物が動いていた。
俺は布に包んだ黒い魔石片を、鞄の中で軽く押さえた。
胸に埋め込まれていた魔石。
あれは、自然に起きたものではない。
誰かが、意図的にやった。
そう考えるしかなかった。
セレナも、いつもより少し表情が硬い。
ガイルは黙って外を見ている。
ナディアも落ち着いてはいたが、初めての依頼であんなものを見たのだ。
何も感じていないはずがない。
気分転換のつもりだった。
けれど、今日はそれだけでは終わらなかった。
◇
王都に着くと、俺たちはそのまま冒険者ギルドへ向かった。
夕方のギルドは、朝とはまた違う騒がしさがあった。
依頼を終えて戻ってきた冒険者たち。
報酬を受け取る者。
食堂へ向かう者。
酒を飲みながら笑っている者。
その中を抜け、俺たちは受付へ向かった。
「依頼の報告をお願いします」
俺が言うと、受付の女性が依頼書を確認する。
「王都西南の森、小型魔物の群れの確認と討伐ですね」
「はい。対象の小型魔物は討伐しました。証明部位もあります」
俺たちは討伐証明を提出した。
ここまでは、通常の依頼報告だ。
受付の女性も、慣れた手つきで確認していく。
「確認しました。依頼達成ですね」
そこで俺は、一度息を吸った。
「それと、依頼書にない中型魔物が出ました」
受付の女性の手が止まる。
「中型魔物ですか?」
「はい。森の手前です。小型魔物の討伐後に遭遇しました」
セレナが補足する。
「動きが明らかに不自然でした。痛みに反応せず、襲い掛かってきました」
ガイルも短く言う。
「手応えも普通じゃなかった」
受付の女性の表情が変わった。
俺は鞄から布包みを取り出し、受付台の上に置く。
「その中型魔物の胸に、これが埋め込まれていました」
布を開く。
黒い魔石片が姿を見せた。
受付の女性は、それを見た瞬間、すぐに奥へ視線を向けた。
「詳しい者を呼びます。少しお待ちください」
そう言って、彼女は奥の職員に声をかけた。
◇
しばらくして、ギルド職員の男性が出てきた。
年は四十代くらいだろうか。
落ち着いた雰囲気だが、目は鋭い。
「報告を聞きますのでこちらへ」
俺たちは受付横の小さな相談席へ案内された。
職員は黒い魔石片を布ごと机に置き、俺たちを見る。
「順に確認します。依頼対象は小型魔物でしたね」
「はい」
「それは討伐済み、ということですね」
「しました」
「その後、依頼書にない中型魔物に遭遇したということですね」
「はい。森の手前です」
「倒したのは君たちですか?」
「はい」
職員は頷き、黒い魔石片へ目を落とす。
「この欠片は、その中型魔物の体内から出たものということですね」
「胸に埋め込まれていました」
「胸、ですか」
職員の目が細くなる。
俺は、見たことをできるだけ整理して話した。
中型魔物の動きが鈍かったこと。
目に生気がなかったこと。
古い傷が多かったこと。
痛みに反応しなかったこと。
胸を破壊した瞬間に動きを止めたこと。
そして、胸部からこの黒い魔石片が出てきたこと。
綻びの目で見えた情報を、そのまま全部言うわけにはいかない。
だが、実際に起きたことだけでも十分に異常だった。
セレナが静かに続ける。
「魔法で足元を乱しても、反応が鈍すぎました。生きている魔物の動きには見えませんでした」
ナディアも言う。
「胸部を破壊した直後、急に力が抜けるように倒れました。まるで、支えていたものが切れたようでした」
ガイルは少しだけ考えてから言った。
「斬った感触も、普通の魔物とは違った。肉を斬ったというより、何か硬いものを壊した感じがあった」
職員は全員の話を聞き終えると、しばらく黙った。
それから、黒い魔石片を慎重に布で包み直す。
「この魔石の件は、ギルド側でも調査したいと思います」
「お願いします」
「依頼書にない中型魔物が森の手前に出たことだけでも問題です。
その個体にこのようなものが埋め込まれていたとなれば、通常の報告では済みません」
職員は受付の女性へ何か指示を出した。
彼女がすぐに記録用の紙を持ってくる。
「君たちの判断は正しかったです。奥へ追わず、証拠を持って戻ったのは良かったです」
その言葉で、少しだけ肩の力が抜けた。
ガイルが不満だったわけではない。
だが、俺の判断が本当に正しかったのか、少しだけ引っかかっていた。
ここでギルド側にそう言われたことで、ようやく一区切りついた気がした。
「中型魔物の討伐については、追加報酬の対象です」
職員が続けた。
「それと、この魔石片の提出も調査協力として扱います。大きな額ではないが、報酬に加算しておきます」
「分かりました」
「今後、同じような報告があれば、こちらからも情報を出します。
君たちも、もしまた森に入るなら無理はしないでください」
「はい」
俺たちは頷いた。
報告は終わった。
けれど、黒い魔石片のことが消えたわけではない。
ただ、今はギルドに渡すしかない。
俺たちだけで抱える話ではなかった。
◇
報告処理が終わると、受付で報酬を受け取った。
小型魔物討伐分。
依頼書にない中型魔物の討伐分。
さらに、魔石片の調査協力分。
思っていたよりも、袋は少し重かった。
「中型魔物の分が入ると、やっぱり違うな」
俺が呟くと、ガイルが報酬袋を見て短く言った。
「今日は食べて帰るか」
セレナが横を見る。
「朝もギルドで食べたのに?」
「たくさん動いたからな」
即答だった。
俺は少し笑った。
確かに、今日は朝から森へ入り、戦闘もあった。
しかも最後は依頼書にない中型魔物まで出た。
勉強疲れを抜くために来たはずなのに、別の疲れが増えた気もする。
それでも、図書室で机に向かい続けている時とは違う疲れだった。
ナディアがギルドの食堂の方を見た。
朝よりも人が増え、食堂はかなり賑わっている。
湯気の立つ料理を運ぶ店員。
大きな皿を囲む冒険者たち。
焼けた肉と香辛料の匂い。
ナディアの目が、少しだけ楽しそうに動いた。
「せっかくだし、食べていくか」
俺が言うと、セレナも小さく頷いた。
「そうね。今日はもう勉強する気分でもないわ」
「同感だ」
ガイルが言う。
こうして、俺たちはギルド内の食堂で夕食を取ることにした。
◇
夜のギルド食堂は、朝よりもずっと賑やかだった。
大きな鉄鍋では、肉と豆のシチューがぐつぐつと煮えている。
厚切りの肉は鉄板の上で焼かれ、脂が落ちるたびに香ばしい匂いが広がった。
皮がぱりっと焼けた腸詰め。
粗く切られた根菜のスープ。
焼きたての黒パン。
どの皿も、学院の食堂のように上品ではない。
だが、湯気と匂いだけで腹が減る。
俺たちは空いている席に座り、料理を頼んだ。
やがて運ばれてきた皿を見て、ガイルの表情が少しだけ満足そうになる。
「多いな」
「嬉しそうに言うのね」
セレナが言うと、ガイルは短く頷いた。
「ああ」
皿の上には、厚く切られた焼き肉が乗っていた。
表面は香ばしく焼かれ、中から肉汁がにじんでいる。
横には豆と根菜の煮込み。
黒パンは少し硬いが、シチューに浸せばちょうどいい。
俺も一口食べた。
塩気が強い。
香辛料も学院の食堂よりずっと効いている。
でも、森を歩いた後には、それがうまかった。
「朝も思いましたが、ギルドの食事は力が出そうですね」
ナディアがシチューを口にして言った。
「実際、出ると思う」
俺が答える。
ガイルは何も言わず、黙々と肉を食べていた。
セレナは最初、少し慎重に食べていたが、すぐに表情を少し緩めた。
「味は濃いけれど、悪くないわね」
「森の後だとちょうどいいな」
「ええ。それは分かるわ」
ナディアも、朝より少し慣れた様子で食事を楽しんでいた。
冒険者たちの笑い声。
皿が置かれる音。
煮込みの湯気。
焼けた肉の匂い。
図書室で参考書に囲まれていた時間とは、まるで違う。
同じ春休みなのに、まったく別の日のようだった。
食事をしながら、俺はふと今日一日のことを思い返した。
こうして外へ出て、体を動かし、仲間と食事をする。
それもまた、必要な時間なのだと思う。
「また、軽い依頼なら受けてもいいかもしれないな」
俺が言うと、セレナが頷いた。
「ええ。今日みたいなことがなければ、良い気分転換になると思うわ」
ナディアも静かに言った。
「私も、また参加できたら嬉しいです」
ガイルは肉を食べ終えてから、短く言う。
「次も行く」
その言葉に、少しだけ笑いが起きた。
ギルドの食堂は、夜になってさらに賑やかになっていく。
焼けた肉の匂いと、冒険者たちの笑い声。
春休みの勉強疲れは、少しだけ薄れていた。